カノン | 『幸せの種』           

『幸せの種』           

このブログは「続・幸せの処方箋」です。
  ~幸せの処方箋でみんなからもらった「幸せの種」を蒔き、大きな花を咲かせて実った果実を大好きなみんなにお返しできますように~

私は、心の中を文章にすることで
整理ができて前に進めるようなので
今の私が触れられることから、少しずつ文章にしていこうと思います。

*母の死に対しての内容なので嫌な方はスルーしてくださいね



私のHNの由来はパッヘルベルのカノン

何かで聴いて依頼ずっと好きだった曲。



楽器店の店員さんに鼻歌を歌って曲名を教えてもらい
譜面を買ったのが、私とカノンの始まりです。

26歳で初めての体外受精。

採卵をして、リカバリールームで休んでいる間にもカノンが流れていました。

私はこの時できた受精卵を かのんと名づけました。
かのんちゃんはお空に戻ってしまったけど
私たち夫婦の間にできた、初めての小さな命。
ずっと忘れないように、HNに決めました。


それ以来、不思議と私の人生の重要な場面で
このパッヘルベルのカノンが流れるのです。



そして、数年前に
母も好きだということが分かるのです。

「私の葬儀には カノンを流してね」
「ありゃありゃ、なんだお母さんもか~。お父さんもカノンで音楽葬がいいな~」

そして3年ちょっと前にお墓を立てると
そこにもカノンの譜面を彫ったのです。


転移をしてからは
「私の葬儀は、本当に親しい親族のみで カノンを流して」と言われていました。

もともと派手なことは好まず
人に迷惑をかけることを極端に嫌い

闘病した姿を大勢に見られたくないという思いから家族葬。

自宅に戻ると多くの人に知られるから・・・
本当ならば病院から火葬場まで直接向かう直葬でいいと言っていたくらいでした。


私が逝ったあと、家族だけで葬儀してね。仲のよかったお友達には葬儀が済んでから知らせてね。

7月8日、入院した日、
二人きっりで話したあと、帰り際に言われました。



時間の都合で直葬はできなかったけど
母の希望どおり、本当に近い親族のみの家族葬を行うことになりました。



お通夜の日 母に言われたとおり
パッヘルベルのカノンのCDを用意しました。

思ったようなイメージのアレンジではなかったので
結局3枚も買いました。

葬儀場に向かう車の中で、母の希望どおりに進めているのに
それが母の葬儀だということに
とっても違和感を感じました。

とっても悲しいやら、腹ただしいやら

なんで、お母さんの葬儀なんか 今しなきゃいけないのよ

昨日のお昼だってまだ、退院するつもりだったのに。
あっくんのお家行かせてねって、お願いねって言ってたのに。
退院後は、介護保険を使ってベッドと車いすを借りてねって言ってたのに。





葬儀は

母の希望以上のお通夜、告別式ができました。

偶然にも業界初、ペットも一緒にお通夜と告別式に参列できる葬儀場だったので
愛犬の小春と我が家の癒し系アロマも一緒に
最期のお別れができました。

犬たちを抱き上げ、母にあわせると、匂いをクンクン嗅いで
久しぶりにあった母を恋しそうにキュンキュン鳴いていたのに、
死を理解したのか、全く泣かなくなり、
ゲージの中でうずくまったまま元気がなくなりました。



母の葬儀後、カノンを聴くのは辛いかと思ったら
逆にカノン以外は聴く気にならず
毎日、車の中でカノンを聴いています。

カノンの優しい旋律で心が癒されていくようです。

母の葬儀後、最初にカノンを流した時
息子のギャングが「これ、あーちゃんの おんがっく?」と気が付きました。

「そうだよ、あーちゃんの大好きな曲。 とっても優しい気持ちになれるよね」
「うん♪ あーちゃん だいすき」

「あーちゃんね~ お空!」
「あっくんには あーちゃん、見えるの? 今お空にいるの?」
「あーちゃん、えーん、えーんないよ!」
「そっか、あーちゃん、痛い痛いなくなって もう泣いてないんだね!」
「うん!」






実家に行くと、ピアノで遊ぶことが多く
最近はピアノがとってもお気に入りになったギャング。

いつか、パッヘルベルのカノン あーちゃんのために弾いてあげようか。



youtubeで カノンを探していたら音はあまりよくないけど
映像と音楽がとっても神秘的で素敵な カノンを見付けました。



なんだか、魂が今生の旅を終えて、空に戻っていくような・・・
よかったら観てください。