まだ初夏と呼べるでしょうか。


この生暖かい夕風が吹く季節になると、そこここの茂みや物陰から妖怪がそろそろと這い出てきそうで、毎年わくわくします。


何やら怪しい季節、怪しい時刻

現実と非現実の境が曖昧になりそうな、時空が歪になりそうな空気を味わっていたら


昔の不思議な体験をちらほらと思い出しました。






私の実家は、元々地主さんが住んでいた土地を祖父が家ごと買い取ったものです。


300坪の土地に建坪100坪の家屋が建っており、そこに少しずつ手を入れたことで、昔と今がごちゃ混ぜになった、和洋折衷ならぬ今昔折衷のような家でした。


仏壇のある座敷の横には同じ広さの和室が並び、戸を全て外してしまえば、親族20数名が一堂に会する事ができる、そこそこ広いお座敷がありました。


ただ、普段は戸で仕切られていて、主に使うのは仏間。

その仏間の床の間には、姉の節句で揃えられた羽子板や日本人形、鞠などが飾られており、その中に背丈が50〜60センチほどの埴輪も居座っていました。


他にも、子どもが怖がりそうなものがあったかも知れませんが、覚えていません。



埴輪は本来、重鎮のお墓に魔除けなどの意味で置かれるものでしょうが、昔ながらの家には飾りとして置かれていたのでしょうか?


物心ついた頃からあったので、特段不思議に思ったことはなかったのですが

可愛らしいようでそうでもない、笑っているようでそうでもない、という掴みどころのない顔は、なんとも言えない不気味さがありました。



戸で仕切られた仏間は開放感がなく、床の間のあれこれと共に閉じ込められたような緊張感があり

特に怖がりだった(今でもです)私には、肝試しのコースかお化け屋敷か、くらいの絶対に一人では行きたくない場所でした。

でも、そのあれこれが動くとかなんとかという、所謂オカルト的な現象には出くわしたことがなかったのです。


なのに…
ある日突然、父が『あいつは喋っている』と言い出したのです。


我が家で霊感があったのは、祖母と私たち三姉妹。(昨年になって、実は母がとんでもない霊感の持主だったことが分かりましたが、当時は知らされていませんでした)


祖母も私たち姉妹も何も感じない(薄気味悪いだけ)のに、霊感のない父がそんな事を言うなんて、子ども心にも気が触れたのかと思うほど、突拍子もない発言でした。

祖母は笑って相手にせず、祖父は気のせいだろうと言い、私たち姉妹は悪い冗談はやめてと本気で思いました。


誰も相手にしない中、父はそれでも埴輪が喋っていると言い張り、数日の後にはとうとう怒り出し、祖母が止めるのも聞かずにそれを庭に出して、金槌で叩き割ってしまったのです。

欠片になったものを更に粉々に砕き、もとが埴輪だったかどうかも分からない焼き物の屑の山が出来上がったところまでは覚えているのですが、その後の経緯は全く記憶にありません。


自分が何歳の頃の出来事か正確には分かりませんが、おそらく父は30代だったろうと思います。

子どもが3人もいる、そんないい歳をした大人が本気で埴輪を怖がるなんて、よほど切羽詰まるものがあったのでしょうね。


ただ、この出来事に関して、母が登場した記憶が一切ないのです。
私の両親は良く会話をする夫婦でしたが、亭主関白でもあったため、母は何も口出しが出来なかったのか


それとも…
埴輪の声を聞いていたのは実は母だったのか…。


父は母の霊感のことを昔から知っていたそうですから、本当のところは母が恐怖におののき、父に訴えたと考えてもおかしくありませんね。


埴輪が壊されたあと暫くは、祟りを恐れてびくびくしていた私ですが、特に恐ろしいことは起こりませんでした。


この一件は家族の中でタブー視されている出来事なので、当時のことを改めて両親に聞くことは出来ませんが


祖父が買い取る前の地主さんの時代から(それがどれくらい昔からなのかは分からないのですけど)、そこには何かが棲んでいた…のかも知れませんね。