友人の幸せを祝えない人なんて
友達じゃない?
心が狭い?





私はそんなこと思わない。





何もかも自分のものさしで
測っちゃいけないと思うし、
自分の楽しいことや嬉しいことが
友人の楽しいことや嬉しいことと
必ずしも一致はしないから。





そんなの当たり前
みんなバラバラですから。





自分もソコソコ幸せで
天気で言えば
曇りとか小雨くらいであれば
普通にお祝いできるでしょう。





だけど、そうじゃない時。
天気で言えば豪雨で
しかも土砂崩れが発生して
途方にくれている時くらいなると、
…難しい。
そこでお祝いできる人は
女神かなんかでしょう。





友人の幸せをお祝いしたいけど
お祝いできない自分がいて、
自分って心が狭いなぁ。
とは、思っていても
口を開けば
トゲトゲしい言葉が出てきてしまうから
自分から疎遠になる。
その真意は、
友人を傷つけたくないし、
自分も傷つきたくないから。





友人がそんな行動をとったら
ちゃんと察して
そっとしておいてあげるのが
一番だと思う。





ドン底にいて生きているのが辛いけど、
友人の幸せをお祝いしたいと
無理をして付き合っていたら
知らぬ間に
トゲトゲした言葉を言ってしまって
不本意に傷つき
傷つけてしまった人もいると思う。





友人とそうなってしまったら、
…難しいですね。
これはケースバイケースかな。





例えば、
自分の望んでいた場所に
友人がいったら…。
「私、昇進したの。」
「私、結婚したの。」
「私、赤ちゃんが出来たの。」





素直におめでとう!
と言える人や
先越された!悔しい!
と思って更に頑張る人、
羨ましがるだけで何もしない人もいるし、
自分はダメだなんて蔑む人もいる。





かといって、
端からみたら幸せそうなことも
ストレスになる場合があって、
昇進や結婚・妊娠でうつになった。
なんて人だってたくさんいる。





人のこころは難しい。





だからこそ、
他人の心を推し量り、
一呼吸置いて自分を客観的にみる事
を忘れちゃいけない。
それが人間だもの。byみつお(笑)





お互いに何でわかってくれないの?
なんて言ってみても仕方がない。
私はあなたじゃないし、
あなたは私じゃない。
でも、
その痛みや喜びを
想像することはできる。
そうやって、
人はコミュニケーションをとっている。





幸せを報告して
誰もが祝ってくれると思ったら大間違い。
誰かの幸せは
時に
誰かの不幸となっている場合があることに
気づかなくちゃいけない。





そんなことに改めて
気づかせてくれた「MY LONELY TOWN」
が大好きです。
稲葉さんも
私たちと同じ人間なんだと
思わせてくれる。

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明かりの下に集まったなら
笑い語り合う仲間
でもきっと 誰も互いのことを
わかりあうのは不可能

人はバラバラな生き物
それを忘れちゃいけない

微妙な情に気づかない人を
雑なやつだと 思っちゃう
でもきっと 相手も 同じ気持ち
隠しながら 笑ってるよ

誰かとわずかに共鳴できることを
なんとか見つけだして
かろうじて繋がる

by 「MY LONELY TOWN」抜粋

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私がドン底にいた時、
人に会いたくなくて
ケンカはしてないけど
疎遠になった時、
そっとしておいてくれた友人たちは、
私が普通に人と接することが
出来る心になった時、
何も言わず、何も聞かず、
何もなかったように
接してくれました。





私にとっての真の友人たちです。





ダルマ