天空街道到達!塩那道路・板室側 2019/10/05(2) 正午からの出発なのだが・・
よりの続き
那須見台
那須見台の標識は笹の藪に隠れて見落としかねない状態であった。
現に帰りにはこの標識を確認し損ねた。あたりが暗いとなかなか確認しにくいのである。
那須見台の先には、大きな道路通行障害が発生していた。
道路の法面にあった、中ぐらいの木々の集まりが土壌丸ごと崩れ落ちて道路の進行を防いでしてしまっているのである。これは、笹の沢の手前のツルが絡まった木が単独で道路の進行を防いでいるのとはレベルが違う。複数の木々が幅20メートルにわたって崩れているのである。
息は、覆いかぶさった木々の間を縫って進んでみた。しかし、これは周りが明るかったことで実施ができたものであり、帰りはだいぶ薄暗いか、すっかり暗くなっている可能性もあるので、通り抜けるのに少し難儀しそうな予感があった。
県道沿いのキロポストの残骸・・
キロポストは2キロに1つずつ設置されている。塩那道路にはこのプラスチックの杭より立派なキロ標識がある。ただ、土砂崩れや雪崩で朽ち落ちるのである。キロ標識で確認されているのは、16.8キロ標識であり、
この直前にあった塩那標識は「那須見台」であり、
を参照すれば
18.8 , 20.8 キロ標識ということになるだろう。18.8キロ標識は数年前には確認できた。位置的には18.8キロと思われる。18.8キロ標識は今回は見逃してしまったが、存在の有無は不明である。。
那須見台をこえて、例の20メートル法面木々の崩落を越えてしまえば比較的道は安定する。しかし、落石は相変わらずあるためうっかりすると足がとられるのは同じではある。ただ、笹やススキが邪魔になって足元が見えにくいことは少ないため、だいぶ歩きやすいことには違いない。
逆に言えば、帰り道、駐車場に近づくにつれて笹や草で足元が見えない分落石に足をとられないように慎重に歩かなければならないこと示すことにもなる。帰り道は、途中で確実に日が落ちて懐中電灯のお世話になるので、なおさら視認しにくいことが予想された・・。それは結果としては当たった。
この直角の左カーブしたところから木々の高さが低くなり森林限界を超えている標高であると示唆するのだ。
地図で言えば、那須見台から左に進んだ先の大きく左カーブしているところだろうか。
ちょっとわかりにくいが、道が大きく左カーブしているところに、工事用車両が注射したり資材を置いておけるようなスペースが道路から見て右側にある。ここで道が直角に左に曲がっていく。
男鹿峠(支柱のみ)
男鹿峠の標識は現存しない。支柱のみである
失われる前の標識の写真は、
を参照されたい。
懐かしの靴
ここを初めて通ったときに発見していた靴は今でも健在であった。
因みに、帰り道では、またしばらく見られない可能性もあるので、なんとなく、靴をそろいておいた。(写真は帰りの節にある)
ひょうたん峠
ここの標識も支柱のみとなってしまっている。
横にある一面がさびで読めなくなっている看板は、周辺の道の案内図であった。ひょうたん峠は塩那道路と直交する形で谷を経て対岸の大佐飛山へ進む道があるようなので、その案内も書かれていたのではないだろうか。
ひょうたん峠の法面の八角形ブロックはいつ見てもなんかいい感じに思える。ついついじっと眺めてしまうのだ(上)。
工事用分岐地点旧標識
記念碑の数十メートル先にある、工事用道路の合流地点にある旧標識である。工事用道路は⑩数メートルを残して、坂の部分は植物を受けられ自然にかえる措置がなされてしまっている。
この標識は特に地点名が書かれているわけではなく、左の矢印板室20キロと書かれているのだろうか。
記念碑・スペースハウス
記念碑は2年ぶりに見ただろうか。
隣にある簡易小屋は「スペースハウス」という商品名のものである。スペースハウスの屋根が強風のせいかはばれ落ちていた。ほかのブログなどで書かれていたが、屋根はあっても雨漏りしてしまう状態らしい。
ドアの上あたりにうっすらと「スペースハウス」というロゴが読み取れる。
大蛇尾展望台
この標識は、記念碑から5分程度でついてしまう。
支柱はどこにあるかわからないが、標識の看板部分だけ地面においてある。
大蛇尾展望台の標識は前回訪れた時には見つけられなかったが、今回は見つけられた。
ここまで来られたのかと感慨無量であったが、先を急ぐ必要があったのでほとんど立ち止まらずに先に進む。
22.8キロ標識
前回初めて見た時も相当くたびれていたが、「22.8」の文字もだいぶかすれてしまっていた。
ここは、だいぶ体が疲弊しているところで見る結構急な上り坂なので、だいぶ気力を削られるところでもある。内心引き返そうかとも思ったが、30分程度歩けば、塩那道路最大の見せ場である「天空駐車場」(24.8キロ標識付近)に至ることがわかっているため先を進む気力を保つことができるのである。
栃木県鳥獣保護区の赤い看板も、雪や風にさらされて左の支柱(角柱)から取れて地面に落ちてしまっている。
植生回復経過観察小屋(24.8キロ付近)
天空駐車場の手前にある観察小屋である。
24.8キロ標識(塩原から26キロ)
今回の最終目的地は、ここに定めた。
最初は、もう少し先の山の裏側にある立岩(25.8キロ)まで行きたかったが、往復で30分は要する位置になるため、帰りの時間と体力気力を考慮して断念することとした。見晴らしがよいので、日留賀岳とりつきのカーブまでよく見える。鹿の又坂の標識の支柱もよく見える。行ってみたい気もしたが気力がわかなかった。。
この青緑の物体は、筆者の足(雨合羽のズボン部分)である。
霧がなければ、前回見たようなふもとの横川放牧場も、もっと先の山々も見渡せる素晴らしい見晴らし台なのだが今回は残念ながらかなわなかった。
帰るのは新しい発見はないが同じ時間かかる
今回はこれまでに啼く気力が失われている気がする。
帰りだけでも6回ぐらいは座って休憩を入れた。
いつもであれば、帰りは下り主体なので、早く帰還することを優先するのであるが、結果として行きと帰りの時間差は30分にも満たないぐらいになってしまった。
飲み物は、1リットルの麦茶と500ミリのポカリスエットであったが、甘くない麦茶の方がおいしい。
休みのたびに麦茶を飲んでのどの渇きをいやす。深山園地内に入ったところにある木のベンチで残りのポカリスエットを飲み干した。のどの渇きを無視すれば甘い味の飲み物も結構うまいのである。
ちゃんとそろえておいた。たしか、前回訪問時に似たようなことをした覚えもあるが、やはり自然に動かされるのである。因みに、うちでも靴が変な方向を向いていることもあるが、それは猫の仕業である。
ここでようやく深山園地内に帰還した。写真では真っ暗で見えないが人間の目にはうっすらと周りは見える。
ようやく駐車場である。時間は21時を少し回ってしまっていた。
出発はほぼ12時だったので、ちょうど9時間の歩行であった。
翌日は、久々の足の筋肉痛に襲われた。なれないとそういうことになるのである。ただ、その翌日にはだいぶ収まって、月曜日には少し痛みは残るが普通に歩けるようになったので助かった。
ここから、千葉県の家までが遠い・・。休憩をあまりとらない形で移動して、自宅への帰還は翌日の午前1時半ぐらいになってしまった。翌日が日曜日で助かったところである。。