カネよりモノがある日本に | ずるずると道・郷・話を愛でる

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房総半島から栃木県北部を中心として、
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カネはうなるほどある。

いまだ、安倍晋三はデフレは貨幣現象だとか言っているようだが、需要がないところで生産を縮小していう流れにおいて、カネを生み出したところでどうにもならなかったのは、金融緩和だけでデフレ脱却できると信じていた現実を見たことがない経済学者の言っていたことがたわごとだったということである。

 

もちろん、金は使いどころのあるところでしっかり使えば役に立つ。

ただ生み出して、金融世界に放置していても全く役立たないどころか、実態に使わなければならないカネまで吸い寄せて、余計に実体経済の規模を縮小しているのである。

 

それだけに、このデフレは貨幣現象という世迷言は、国境や国籍にこだわらないで、日本を金融資本のカネもうけのダシにするという気違いを6年間も首相の座にいただき続けている日本国民にも大いに責任がある。

 

責任はとらされるものである。

しかも、分かっていればそんな無駄な責任を負わなくて済むことを、へらへら笑って見過ごしてきて、優先順位の低いことをさも意味があるかのように大切にしてきた結果である。

 

国内をないがしろにして、アジアに、世界に打って出るという。

輸出一企業だけが調子がいいことにそれに合わせて、低賃金の地獄に国民を叩き落す。

普通に仕事をすることで家庭を持つことが許されない国内経済環境を無視し、経営者の金もうけのわがままだけを一方的に聞き続ける。

 

これでは、カネがあるところにあっても、ものを作る人や企業が国内になくなってくる。

それどころか、そのスキルやノウハウを中国だけでなく東南アジアに平気で売り渡す行動を続ける。

 

これでは日本が衰退し続け、それに拍車をかけることはあっても、弱まることはない。

衰退の坂の勾配は年々きつくなってきて、そのうち、坂を転がっているどころか崖から自由落下するようなどうしようもない状況がもう目の前にある。

 

諦めたらそこで試合終了というセリフもあるが、あきらめまくりのそれが普通の日常になっているのが日本である。これまでの蓄積を外国から奪われるどころか、自ら差し出しているという「マゾ」ともいえる行動をとり続けている。それは、その辺にいる国民の日々の生活の行動として根付いてしまっているという危機感を持たなければならないのである。どんなに危険なことが起こっていてもそれを危険と認識する能力がなければスルーしてしまうものなのである。