問題は、東か西ではない。 | ずるずると道・郷・話を愛でる

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クルパー電波でも出ているのだろうか

 

こういう記事が読売新聞が書くのはある意味、当然の流れなのかもしれないが、何かおかしい。

それは、別に東と西の地区を一緒にしたことで東西という名前を付けたそのセンスのことを言っているわけではない。

どこかの消費税増税のように状況的にまだ確定的でないはずのものをさも確定的なものかのように言ってしまって、核心部分の議論をなかったものにしようとしている姿である。

 

【大阪】 「東西区」案に批判多数「東か西かわからない」[04/07]

2018年4月7日 09時48分 
 大阪市を廃止して4特別区に分割する「大阪都構想」の制度案をつくる法定協議会が6日、市役所で開かれ、4特別区の名称を「北区」「中央区」「南区」「東西区」とする案が提示された。 

 「東西区」については「わかりにくい」との批判が多いため、「淀川区」とする案も併せて検討する。 

 4特別区の名称案は、大阪城からみた方角を参考に決められたが、「東西区」については、 
「位置するのが東か西かわからない」などの批判が議員や住民から出ていることを踏まえ、現在の行政区の名称を継承した「淀川区」とする案も提示された。 

 松井一郎知事(大阪維新の会代表)と吉村洋文市長(同政調会長)は法定協終了後、「東西区」と「淀川区」のどちらを選ぶかの判断材料とするため、 
住民の意識調査を維新として実施する方針を表明。4月中にも区名案を法定協に提示する。 

http://www.yomiuri.co.jp/national/20180407-OYT1T50032.html

 

大阪市の自治権放棄と、疲弊した経済のところに、自由主義を持ち込んでもっとひどいことにしようとしているだけの改革バカ政党維新に支配された大阪らしいといえば大阪らしいものである。天下の台所とか、関東大震災で棚ぼたで、日本一の年になった大阪の見る影もなく、浸透した信じ烏有主義や、ただの大衆先導政治におかげで、自治体主体でされるべき公共政策もなされず、ただただ、大輸出業者の集まりである愛知県にその都道府県別GDP2位の座を明け渡したのもこの間とはいえ、日本が2013年ごろに中国に世界GDP第2位の座を明け渡してからのその凋落ぶりを思い出さずにおれない、大阪の凋落ぶりは、情けないものがある。

 

 

 

 

そんな中で、ただでさえ制度の立て直しが必要なところを、維新ごっこともいえる何のビジョンもない、あるとすれば、「東京都」と同じ仕組みにすれば、なんだかかっこいいから、経済成長でもとるでしょ?という全く根拠のないデマのもと、大阪を立て直すのに必要な強力な自治権である政令指定都市の権限をはじめとする必要な制度さえ壊されて行くことに、まったく危機感がない状況をこのマスコミ報道は表しているのだろう。経済がもりたたないとどうしようもないはずの関西経済団体も特にそれに反対しているわけではない。自分自身の在り方を、新自由主義という宗教のもとはっきりと認知すらできなくなってしまっているのである。

 

あの「池乃めだか」氏が来た!堺市長選: (維新)永藤 ひでき 街頭演説会

 

 

ちっちゃいおっさんこと池乃めだかも、堺市も破壊して、特別区に仕立て上げるという方針の維新の応援に行ったという話もあるぐらいに、吉本の芸人も維新の勢力を応援するなど、本気で大阪を立ち直らせたいのか、ちゃんとその行く末を考えているのか、というところでは大いに疑問が立ち起こるわけである。

 

ただ、その流れ、空気は、大阪全体を包んで、とどめようもなく進んでいることも事実であり、大阪市大と府大の合併の話などを進んでいるようだ。こうなると、大阪市の解体話は止められず、後戻りなどそうそう容易にできないことは、東京都の特別区の例でも明らかなようにわかっているはずである。大阪市としてはまとまった行政が行いにくいということは、地方自治の権限が少なくなってしまうことからわかり切ったことであり、しかも、経済が衰退する中、国として大阪をどうするのかという話も進めなければどうしようもない状況で、大阪府の権限を大きくして、独立的な活動をしようとし、それこそ「大阪民国」でも作るかのような、独立行政を行うのは、衰退の関西経済に対して、国からの支援を大きく遮断することにつながり、負のインパクトを与え、衰退に拍車をかけていくことだろう。

 

そうなった場合に、だれが責任をとるのか。だれが責任を取って、元に戻そうとするのか。

デマゴーグで破壊されたものを元に戻すのは、デマゴーグではできないものだ。破壊するまではその権限を持ち合わせていても、再び戻すための権限は分散してそれを組み立てることから仕立て上げないといけない。破壊して制度を変えるだけでも大きな力とコストが必要なのに、また元に戻すのもそれ以上の力とコストが必要となってくる。そんなことをさせるような民衆の結束ができれば、そもそも、こんな制度の破壊を改革と称して、維新ごっこをせずとも、関西経済は復興しているはずであろう。

 

本気で復興させることをまじめに考えなくなっているのは、別に大阪に限らないことで、国レベルの、国家戦略特区を代表とする、ただの政商たちの利権を合法的に通すための制度(既存の制度の破壊の一種だろう)が作られて、国会議員の議論をまともにさせない、首相直轄の政商たちの宴である各種諮問会議の制度も同様だ。公共のための議論というよりは、政権に食い込んだ安倍トモの利権を国民の公共利益を無視して推進するための制度であり、おだてれば木に登る程度の首相の幼稚さに乗っかって、悪い大人たちが、日本の公共資産を食い物にするだけの政治となっている。それを批判するまともな野党もほぼ壊滅してしまっている状況で、これを止められない状況が進んでいるのだ。

 

ひどいけど、野党よりまし…。というのは、事実かもしれないが、強力に破壊し続けている政治に批判を加えない言い訳になっているとすれば、それは、不幸以外の何物でもないだろう。やってはいけないことを止めるのがまずやるべきことであり、その意味ではより良い政治は、停滞させることである。

 

空気というものは恐ろしいもので、動いているものをそのままの方向で動かすことが絶対善と思ってしまうところがある。そして、上のような言い訳を持つと、まともな批判をするために現状を見ることすらさぼるようになってしまうのだ。このような状況での破壊は、止められないと嘆いていても、不可逆な方向として容赦なく進行していくのだ。

 

 

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