旅日記の続き。
美しい朝日。
と、言いたいところですが
私は寝てた(笑)(;^ω^)
一緒に行った人が早起きして
撮ってきてくれた写真
を、見せてもらいました。
綺麗ですね。
”ねえ、
海に向かってなにか叫んでみて。
言えるか恥ずかしい。”
というのは
ドラマ「女神の恋」の中での、吉子(松本明子さん)と龍之介(山口祐一郎さん)の やりとり。ロケ地は宮崎の海。
この旅で行ったのは熊本の海だけど
海繋がりということで。
目覚めの時。
ぼちぼち日が上がり始め
町が光に照らしだされる
穏やかな朝です。
旅は最終日・3日目
民宿の朝食
一つ一つお料理が美味しくて
ご飯おかわりしちゃいました(笑)
なかなか食べごたえあり
飲み代もお手頃価格だったのが
ありがたかった。
帰りの飛行機は午後便。時間はまだあるがノープラン。これからどうしよう。民宿にあった観光マップなどを参考に見ていたら、近くに、天草四郎のミュージアムがあるのを発見。行ってみることに。
車でミュージアムに向かう途中、ふと、目をやると崖に上がる小さな階段脇の道案内に”隠れキリシタン”の文字を見つけました。もしかしたら、隠れキリシタンの足跡を辿る聖地が点在しているのかなと感じながら、ようやく到着。
学校の歴史の授業で習った
あの島原の乱の天草四郎です。(島原の乱の原城は長崎県ですが、天草四郎は肥後(熊本県宇土市付近)の出身で、その後、この天草の地に移り、カリスマ的人気から一揆の総大将になり、島原天草一揆として大きな流れになっていった。)
「天草四郎ミュージアム」
なかなか独特の雰囲気が
漂っておりました。
建物前の十字架に注目
江戸時代末期に 上津浦の ある少女が老岳の山麓で遊んでいたら足場が崩れ そこに現れた洞窟の中で十字架を見つけた。
少女は大人になったのちも手放さず、嫁いだ後も隠し持っていたが、亡くなる寸前に十字架の存在を告白。その十字架に刻印された謎の文字「さんしゃる二 こんたろす五 くさぐさのでうすのたからしづめしづむる」が、もしや天草四郎が隠した財宝の在り処を示すものではと話題になり、昭和初期、十字架を買い取った商人が実際に捜索するも宝を見つけることは出来なかった。
実は、これはキリシタンが祈りをささげるオラショの一部で、「さんしやる」はキリスト教の聖人の遺品「聖遺物」を指し、「こんたろす」はロザリオを意味するポルトガル語。それらの意味を知らなかったために世間が大騒ぎになってしまったらしい。
「さんしゃる二 こんたろす五
くさぐさのでうすのたからしづめしづむる」
「聖遺物2個、ロザリオ5個
種々のデウスの宝をここに沈めた」
という意味だそうで
財宝との関連は薄い。というのが
現在の解釈となっています。
愛の鐘に立ち寄り、お庭を歩いたり
近くの景色を眺めたあと
いざ、ミュージアムの中へ。
オープンと同時に入ったこともあり、まだ人が少なくて。ほぼ私たちだけ。しかも民宿でもらったパンフレットのおかげで半額で入れてしまった。
1階は展示室
2階は瞑想空間
1階は信仰の歴史が時代を追って紹介され、隠れキリシタンが使っていたロザリオや祈りを捧げたマリア像など、レプリカを含め展示されていました。
そして、天草四郎についての映像コーナーでは、四郎が生まれ 天草の地に現れ 一揆の総大将として亡くなるまで、歴史背景とともに そのカリスマ的人生の謎が10分ほどのアニメにまとめられていました。
で、2階
瞑想空間とはなんだろうちょっと不安もあったけど、せっかくきたからという気持ちに押し切られ入ってしまいました。
高い天井、すっぽり大きな屋根裏部屋とでもいおうか、うす暗い 広い空間には大きめのクッションが間をとって たくさん置いてあり、壁際の段や床など、それぞれ好きな場所で くつろぐ…。
瞑想空間のなか どう過ごせばと、クッションに腰をおろし座っていると。突然のキラキラ。目の前の壁がスクリーンになって始まりました、もう一つの天草四郎物語。
1階の映像コーナーが歴史的側面から描かれた四郎の物語だとすると、2階の映像はよりスピリチュアルな要素かと思いきや、最後の最後で「天草四郎のことだと伝わる数々の伝説が実際にあったかは分かりません」的な現実を語られ、「なぜなら、歴史は勝者が書き残したものだから。」ということで、例えば 幕府・藩主への訴えを宗教的なテロとみなして弾圧されたのではないかという側面やら。キリシタンの歴史説明など。あれこれ聞いているうちに ”えっ、じゃあ天草四郎は幻の人?”と思いかけていた矢先に、「だけど、天草四郎という人物がいたことは事実です。」という締めくくりに”どっちやねん”とツッコミそうになったなんだかんだと真剣に見てた。
天草四郎の人生を思うと悲しい余韻ですが、四郎が掲げた平和への祈りは途絶えることなく、次の世代に受け継がれその魂は消えはしない。ということでしょうかね。
そして、さすが瞑想空間。クッションの中で体育座りのように固まってた私の緊張はいつの間にやら解け、気が付いたら、寝転び気味に体をあずけリラックスしちゃってる自分にビックリ
なかなかの不思議エリアでした。
2階から1階に降りてきて、出口付近まで来た時に、ある人物のパネルが貼られており、その見覚えのない人物の解説を読むうちに”えっ、もしや、この人が島原の乱に至る一揆の黒幕”とか思ってしまい、その名前を検索して調べたりしたのに、今はそれが誰だったか、名前を忘れてしまったというまさかのオチ。
わずか16歳だった少年の天草四郎が時代を経てもなお語り継がれて、立派なミュージアムまで建っている。当時から謎多き人物なのに、この現代にも伝わる存在の大きさ。
その事実が凄いと思った。
地元の野菜や海産物など
近くに住んでいたら
買いたかったと思える品揃え。
ソフトクリームを食べた
上天草を離れる時がきました。
海沿いの道を進んでいきます。