(2020年・アメリカ/イギリス)
〈ジャンル〉アクション/SF
~オススメ値~
★★★★☆
・ノーラン作品史上、最難関。考察するほど魅力に気づく。
・時間を逆行する新たな取り組みに驚愕。
・運命は決められていても、人は選択肢を自由に選べる。
(オススメ値の基準)
★1つ…一度は見たい
★2つ…良作だと思う
★3つ…ぜひ人にオススメしたい
★4つ…かなりオススメ!
★5つ…人生の一本、殿堂入り
〜オススメ対象外は月毎の「ざっと書き」にて紹介
〈〈以下、ネタバレ注意!!〉〉
《あらすじ》
『キエフのオペラハウスで起きたテロ事件で活躍したCIAエージェントの名もなき男は、謎の組織テネットへの加入を認められる。組織が言うには、未来からの現在に対する攻撃から世界を守ることが彼らの使命であった。未来から送られた武器を手にした名もなき男は、銃弾が時間を逆行して銃口に収まる瞬間を目撃する。銃弾の成分を分析した名もなき男は、相棒としてニールと出会い、インドの武器商人を訪れる。やがて二人は未来と現在の仲介役を担っている武器商人、セイターの存在を知ることになる。』
〜ミッション 〈時間〉から脱出せよ。〜
《監督》クリストファー・ノーラン
(「ダークナイト」「インターステラー」「インセプション」)
《脚本》クリストファー・ノーラン
《出演》ジョン・デヴィッド・ワシントン、ロバート・パティンソン、エリザベス・デビッキ、ケネス・ブラナー、ほか
【ノーラン作品史上、最難関!!】
クリストファー・ノーラン最新作にして、圧倒的に最難解。初めて解説を求めてパンフレットを買いました。
『インセプション』では夢の中の時間幅の違いで楽しませ、『インターステラー』では宇宙空間での時間の長さの違いで楽しませてくれたノーラン監督が、今回は遂に時間の不可逆性に挑んだ。
かといって、過去にタイムスリップする『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のような描かれ方とは全く違う。
前に進んでいく時間軸の流れの中で、一人だけ過去に遡っていくのである。この言い方も合っているのだろうか。タイムトラベルやタイムスリップとはまた違う時間の遡り方だ。
パンフレットでSF翻訳家の大森望さんが説明する言葉を借りるなら、「作中に出てくる〈回転ドア〉は、一見、よくあるタイムトンネルやタイムゲートに似ているが、その役割は別の時代に行くことではなく、時間の矢の向きを逆転させること。」
すなわち、時間の流れに逆行するのである。
1日前に戻るためには、1日分時間をかけて逆行する。体験者からすれば元の時間に戻るまでに合計2日分かかるわけだ。
これが本作で描かれる時間の流れへの抵抗である。こんなSF全開の設定も、最新の量子物理学等の研究を踏まえて専門家の監修の元で考察。
映像としてはただ映像を逆回しするだけで再現できるのに、激しい格闘戦や戦場シーンを加えてCGを使わずにこんなにも圧巻のエンターテイメントに仕上げるのだから、やっぱりノーラン監督はすごい。
時を操る、映像の魔術師だ。
まずノーラン作品最新作として最大の衝撃は、ハンス・ジマーの音楽じゃないことか。
驚くべきその理由は「スケジュールの都合」。ハリウッド大作の仕事を立て続けに抱えている最中だったようだ。残念。
とは言え、今回、音楽を担当したルートヴィッヒ・ゴランソンの実力も確かなものだった。『ブラックパンサー』の楽曲を手掛けた彼はその作品でアカデミー作曲賞を受賞している。
本作では繰り返す奇妙な電子音を取り入れて、まるで逆再生のような不思議な音楽がテネットの世界観を盛り上げている。
さて、肝心の本編だが時間を逆行するという設定も、ストーリー自体もよくよく考えたらそれほど難しい話ではない。
しかし、それらをリアルに追求して複雑に組み合わせることで映画自体は非常に難解になってしまう。
主人公でCIAエージェントの“名もなき男”はキエフの国立オペラ劇場テロ事件に出動する。
男の目的はスパイが奪った「プルトニウム241」を回収することだった。
だが、敵に捕まってしまった男は拷問を受け、目が覚めると謎の男からテストに合格したと認定された。
謎の組織「テネット」が言うには、近い将来に起こる第三次世界大戦を食い止めるため、未来からの攻撃から現代を守らなければならないのだという。
彼らが使う未知の技術が、時間の逆行であった。撃ち込まれた銃弾が銃口に戻る現象を目の当たりにした男は、テネットの指示に従って相棒になるニールと出会い、まずは銃弾の生産されたインドの武器商人に会いにいく。銃弾を流通させていたのは武器商人の妻プリヤだった。
プリヤからの話を聞いた名もなき男は未来と現在の仲介役を担っている武器商人セイターの存在を知るのだった。
名もなき男はセイターに近づくため、彼の妻であるキャットに近付く。しかし、キャットはセイターに贋作の美術品を売ったことを脅されて、その自由を完全に奪われた支配状態におり、セイターへの激しい恨みを抱いていた。
やがてセイターが未来から送られてきている部品を集めてアルゴリズムを完成させようとしていること。
末期ガンのセイターはそのアルゴリズムを完成させて、世界の時間を完全に逆行させて全人類を道連れにしようとしていることが判明。
名もなき男やニール、テネットの組織はセイターが部品を集めることがないよう、現在と未来の「挟撃作戦」で阻止する作戦に出る。
予想されるアルゴリズムの起動時間はセイターが逆行し続けて2週間前のスタルスク12。
ちょうど名もなき男がキエフのテロの鎮圧を行なっている日であった。
【絶対的な運命と選択肢のある人生】
とてもシンプルに話せばこういうことになる。
エンターテイメントとして上手いのは、ノーラン監督ならではの人間ドラマがしっかり盛り込まれていることだ。ただのSFアクションでは終わらせない。
支配欲の強いセイターを恨みながらも息子のために離れられないキャット。
そして、名もなき男を守るために未来から訪れていたニールという相棒。
設定の難解さに付いていけずとも、そういった人間ドラマも作り込まれていて決して飽きさせない。
一見すると分かりやすいストーリーである。
だが、何が難しいのかと言えば、普通の時間軸に沿って動く人々(順行)と、時間軸に反対方向へ進んでいく人々(逆行)が入り混じるから分からなくなる。
例えば、時間を逆行させる機械はタイムマシンのようなものではなく、まるで回転ドアのような形をしている。
そこに入ると、順行する時間の流れの中で自分だけが逆行していくのだ。
この流れを傍から見る第三者がいたならば、回転ドアに入った人間はそこから先の未来には存在しないことになる。この感覚が今までのタイムトラベル系映画にはない描写で掴みづらいかもしれない。
回転ドアに入る人間の反対側で、逆行する人間が回転ドアに吸い込まれていくのだから。
この現象を世界規模にしたのがアルゴリズムの完成後の世界だ。世界中の人々が未来軸から消滅するのだ。
未来人は環境破壊による地球存続が不可能と判断し、世界規模のリターンを考えたのである。
また反対に、逆行状態から回転ドアに入った場合も先ほどとは反対の現象が起こる。すなわち、"順行から逆行”の回転ドアが「存在から消滅」なら、「無から出現」になるのだ。
順行世界にいる第三者の視点で見てみると、回転ドアから二人の人物が飛び出してくるように見える。二人は同一人物である。
回転ドアに向かって逆向きに歩く人間(逆行)がいて、反対側から回転ドアを背にして正面に向かって歩く人間(順行)が出てくるのだ。
これがオスロ空港のトリックである。
逆行のドアから飛び出してきたのも、順行のドアから飛び出してきたのも名もなき男本人だった。
逆行しながら過去の自分と遭遇してしまった名もなき男は、自分自身と格闘。それを逃れるように急いで回転ドアに飛び込んで順行時間に戻せば、今度はニールと鉢合わせするのである。
過去の名もなき男とニールの視点で見ると、二人の男が回転ドアから同時に飛び出してきたように見えるから不思議だ。
意味が分かるとその奥深さに驚く。
順行と逆行を分かりやすくするためからか様々な工夫がなされている。
赤と青の使い分けで、それらを見た目で判別できるようにしたりもしている。とりわけ特徴的だったのが、酸素マスクだろう。
逆行する人間は順行世界の酸素で呼吸することができない。そこで酸素マスクを付けなければならないのだ。
酸素マスクを付けている人は逆行している。ここで差別化を図っており、それがとても見分けやすかった。
順行者と逆行者が入り乱れれば、どちらがどちらか分からなくなるが、マスクを付けていることが目印になるのだ。
しかも、酸素ボンベは覆面的要素も果たせるため、それを使って相手の正体を隠すというラッキーな副次的な効果も生み出す。
しかし、それでも状況判断に頭を使うのは、逆行者も順行者と同じ世界で共存できるからだろう。
例えば、順行者と逆行者が最も入り乱れる最初のシーンが高速道路のカーチェイスだ。このシーンには、味方の順行者(主人公やニール)と逆行者(主人公)、敵の順行者(敵部下)と逆行者(セイター)が存在している。
詳しく流れを見てみよう。
順行主人公がプルトニウム241を奪取。そこに逆行するセイターが現れ、キャットに銃を突きつけて脅迫するのだが、ここで脅されているキャットは酸素マスクをつけていない。つまり、順行であることに注意である。
名もなき男は仕方なく、241を逆行セイターに手渡すものの渡したのはケースのみ。実は中身は直前に横転した状態から復活して逆行し始めた見ず知らずの車に投げ入れていたのだ。
その後、241を奪還したつもりの逆行セイターはそのままいなくなるも、順行キャットは車に取り残される。名もなき男がキャットを救出した矢先、後から追いかけてきていた順行の敵部下たちの銃撃戦に遭い、フリーポートへ連れて行かれるのである。
そこで名もなき男が見た光景は、逆行セイターが順行キャットを逆行弾で撃ち抜くシーンだった。
ここで混乱しがちなのだが、この高速チェイスにおいて逆行セイターの始点はここからである。つまり、逆行セイターの目線に立てば負傷した順行キャットを逆撃ちして傷を治し、そのまま拉致して高速道路へ。そして順行する名もなき男を脅迫して241を奪い去ったのである。
一方、名もなき男は逆行セイターを追うため、そしてキャットの傷を治すために全員で逆行世界に入る。
逆行する名もなき男は逆行セイターを追いかけて車を走らせるが、先ほどの順行する自分が逆行セイターに241(のケース)を手渡す時、241は自分の車に投げ込まれた。
つまり、先ほど順行世界で見た横転していた車は自分自身だったのだ。
直後、クラッシュして横転した逆行の名もなき男。
241の在り処に気付いた逆行セイターは横転する車に戻ってきて241を奪い、車に火をつけてそのまま時を逆行し続けるのだった。
高速チェイスの時点で名もなき男が逆行世界を体験したことはない。イコール、見ている私たちもその仕組みを完全には理解していない。
詳しい説明もなく、このような複雑なカーチェイスを見せられても一見しただけで完全に理解できるわけがない。一般人は置いてけぼり、ノーラン監督の頭の中を見せつけられるばかりである。
さて、逆行セイターはそのまま時間を遡り続け、アルゴリズム起動時間として考えていた2週間前に辿り着いた。それはキエフのオペラハウステロの日である。
ここで一つの事実が分かる。スタルスク12が過去の出来事なのであれば、その後の時間軸にある高速道路のカーチェイスもオスロの空港も存在している以上、スタルスク12でアルゴリズムが起動することは有り得ないということになる。スタルスク12の戦闘で、テネットチームの勝利は確定しているのだ。
そう、本作では運命は決定されているのだ。
そうでなければ、ニールが最後に自分の命を投げ出して名もなき男を庇うという運命を辿る必要はない。未来は決定されているからこそ、ニールはその運命を守るために働いたのである。
セイターが自分の作戦を確信していたように、テネットのメンバーも未来は存在していることを知っていた。
彼らは「親殺しのパラドクス」が生じるか否かに関わらず、自分たちの行動や選択が未来に繋がると信じて、いや、確信している。時間の流れに矛盾が生じないように、運命に導かれて確信的に皆がその方向性に動いている。
逆行したところで、人類は未来に向かって時間を辿っているのだ。
時間の運命には逆らえない。時間の束縛は絶対である。
一方で、キャットがセイターを撃ち殺したように、選択肢は絶対ではない。人の束縛などいくらでも変えることができるのだ。
人は自分の選択肢を選んで、自由に生きることができる。海に飛び込む憧れの女性が本当は未来の自分自身だったように、自由に好きな生き方を選ぶことができるのだ。
もちろん、それも運命的には決められていた道なのだが。
(151分)




