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zootie styling lab - Hello, new me!! -

ズーティースタイリングラボは、世の女性達の「ちょっとテンションが上がる瞬間を増やしていきたい。」という目的のもと設立したlabです。

 

 

 

47つの都道府県

1741つの市区町村

4917つの有人無人あわせた大小様々な島々

1億2679万人が暮らす我が国。

※参照資料:総務省ホームページ

 

 

どこにいっても共通するのは

食べること

飲むこと

住むこと

そして

着ること

 
 
 

 

青空zootie計画

 

これは、一通のお葉書から始まったとてもとても壮大な、私たちの夢がたくさん詰まったちょっと無謀なチャレンジのおはなし

 
 
 
前回までのお話はこちらから
 
 

テンション高めの女子を作るということ

※ここから先は震災のことが出てきます。
 
 
 
 
zootieができる4年ほど前のこと。
阪神淡路大震災が起こった。
浅野は自宅のお風呂にいるときに地震にあったという。
 
一瞬にして一面が瓦礫と化し昨日までの街ではなくなってしまった神戸の街。
そして同時に浅野は被災者になった。
 
半年も経つとちょっとずつ落ち着いてくる毎日。
勿論元には戻らないけれど平常を取り戻して行こうとする街。落ち着くというよりは、その状況を「受け入れる」とか「慣れた」とかいうものかもしれない。
そこは経験していない私にはわからないし、想像をしてもそれに足りるものではなかったとは思う。
 
そして、復興へと向かっていく最中でいろんな違和感がおこったそう。
目に見えるものも、目に見えないものも。
 
そのひとつが「空気」
 
---
突然不可抗力の天災がおこった。
でも、もし震災が起こらずに
普通の毎日を過ごしていたとしたら
私は
ピアスもしているし
赤い口紅もぬっていたし
派手なネイルだってしていたし
オシャレももちろん楽しんでいた
「はず」だった。
---
 
この間飲んでいる時にそう浅野は言っていた。
そして、それはそうに違いないと私も思ったし、なんだかとてもやるせない気持ちになった。
 
別に誰かに言われたわけではないし
そういう目で見られたこともなかったかもしれない。
ただ、『オシャレをしてはいけない』『不謹慎』そんな空気感がそこにはあったようだ。
 
街は焼け野原になってそして、その天災によって亡くなった人たちが大勢いた。
そして、赤い口紅をしばらくぬることはなくなったし、おしゃれを楽しみたい気持ちも封印した。
 
急速に復興に向かって走り出した街。
ちょっとずつ普段の生活を取り戻したときそんな空気が震災前のそれとはちょっと違ったものになっていたんだろうと思う。
だからきっとそれゆえの小さな違和感をいくつも感じたんだろうと思う。
 
 
もちろん当時は通販なんて今のように浸透しておらず、買いたいものも買えず、もちろん、着たいものも着てはいけないような空気で・・・
たぶん
息がつまるような感じだったんではないだろうか。
 
 
 
そして
きっと
その時に
浅野は「オシャレをする」ということを
そのパワーを
改めて、そして、明確に
感じたんじゃないだろうか。
 
まぁすべては私の想像だけれども。
 
 
 
そして
2011年3月11日
東日本大震災がおこった。
 
 
大きな揺れ
津波
火災
甚大な被害を大規模な範囲にもたらした。
 
 
私のいた東京にも少なからず被害があった。
しばらくの間ではあったが、
街には人がいなくなり
コンビニやスーパーからはものがなくなり
そして
私も浅野が感じたであろう空気を少なからず感じた。
もちろん震源地や被害が多く出た地域に比べると、ごく微量なものであるのは間違いないが。
 
 そんな、「空気」がまだまだ漂っていたであろう、震災がおこってからしばらく経ったある日のこと。
イーザッカマニアストアーズへの注文の中に震源地から程近い方からの注文があった。
 
水道や電気などのライフラインの復旧もまだまだ完全ではなかったような状態のころだった。
 
備考欄にはこんなコメントがついていたという。
 
『こんなときなんだけど、ちょっと落ち着いてきたので、新しいバッグを気分転換に注文しました!送ってもらうことはできますか?』
 
 
かつて被災地だった神戸にあるわが社。
被災者だった浅野にはそのお客様の気持ちがきっと痛いほどわかったんだろうと私は思う。
 
躊躇するスタッフもいたのは事実だったが、もちろんすぐに、各所に確認を行ってお客様のもとに商品をお届けした。
 
 
うちにインターネットのお店があってよかった。
髪型、お化粧含めてやっぱり自分が身にまとうものってすごいパワーを持っているんだ。
この話を聞いて私が真っ先に思ったのはこの2点だった。
 
そして、そんな状況下でも「気持ちをちょこっと変えられるモノ」を売っているという事実がとてもうれしかったのを覚えている。
 
 
 
「テンション高めの女子を作る」
 
 
 
わが社の企業理念が作られたのは震災から1年ほどたったころだった。
 
別に(という言い方はおかしいかもしれないけれども)震災があったから作ったというわけではないし、「震災が起こったから、そもそも考えが変わった」というわけでもない。
もともと私たちの中にある思いを明文化したときにこの理念ができたのだ。
 
でも、私の中で震災が改めていろいろな事を考え、感じる「きっかけ」になったのは確かなこと。
 
そして、未曾有の災害から復興した街「神戸」に私たちの会社があり、神戸にこだわって発信を続けているということも
確かなこと。
 
もちろんそればかりが
神戸にこだわる理由ではないのだが。
 
 
 
 
そしてなにより
私たちは
洋服が秘めているパワーをしっている。
洋服は決して主役にはなれない。
なぜなら
主役は着る人だから。
 
ただ、そのパワーは地味だけれどもすごい。
 
お気に入りのものを着たときの「安心感」や
新しいものに袖を通すときの「ワクワク」や
かわいい靴下を履いたときの「ソワソワ」や
 
誰もが感じたことがあるだろう
その小さな感情たちが集まって
鏡の前で「うん」と小さくうなづけた朝
その日1日はいつもと違う1日になる。
いつもよりも
ちょっとだけ「シャン」とするし
ちょっとだけ自信がでるし
 
いつもよりもちょっとだけ『機嫌がいい』自分がいる。
 
そんなパワーを洋服は持っている。
主役にはなれないけど背中をぽーんと押してくれる、かっこつけて言えばそんな存在なのかもしれない。
 
 
私たちが作る
商品で
コンテンツで
コミュニケーションで
世の中の女子のテンションをいつもよりもちょっとあげる。
 
それは、『イェーーーイ!』というような感情の高揚ではなく、『ふぁっ』という、いわゆるちょっとした「高まり」。
例えるならば、なんか水いっぱいのコップに意図せず一滴水が落ちたとき、表面張力でコップの水がこぼれないような、溢れそうで溢れないあの感じ。
あの、ちょっとコップから盛り上がってしまったけどこぼれない部分のあの感じ。
なんか今はそんな感じがする。
(毎日毎日考えてはいるもののまったく上手に伝えられない自分を呪うのだが。)
 
そしてそれは、今石と浅野が企業したころから大事にしていたこと。
そしてぼやっとながらも私たちが大事にしていたもの。
 
それを明文化したときに、私たちの会社としての方向が定まった。
目指すところがはっきりと見えた。といえばいいのだろうか。
 
 
加えて、そのころから、自分たちがやりたいことを口に出してみる、書き出してみる、ということが始まった。
 
私が今スタイリストを勤めるstylingLABもそのころにみんなで「やりたい」を口にだし、書き出したことのひとつを形にしたものだ。
 
 
そして、
「いつか移動販売がしたい」
 
 
そんな話題が社内で出てきたのもこのころだった。
 
 
リアルとweb両方の店舗を通じてテンション高めの女子を作っていく為に。
リアルの店舗がない場所には私たちが行ってお店を開けばいいじゃないか。
webでのお買い物のやり方がわからないような方がいらっしゃったら、それを実際に伝えにいったらいいじゃないか。
webでお買い物する楽しさもリアルでお買い物する楽しさも私たちが直接いって伝えたらどんなに素敵だろう。
 バスとかを改造したりして、商品と想いを沢山詰め込んで、お客さまの所に行ってお店を開く。
広がる妄想と、膨らむ気持ちに比例して「現実」というものが私の中で同時に膨らんだ。
でも、そうできたら楽しいなって思ってはいたものの「いつか」という枕詞がついたまま。
 
この先できたらいいな。
そのうちLABみたいに形にしていこう。
ケツの重い私の中ではそんな感覚のことだった。
 
要するに私たちの「やりたいこと」のひとつ。
私の「これからやっていけたらいいな~」のひとつ。
 
そう、私たちの夢のひとつのこと。
 
それが「移動販売がしたい」ということだった。
 
 
 
 
 
 
 
なんかお堅い?
こまけぇこたぁいいんだよ。
次から軽くなる・・・予定!
 
引き続きどうぞヨロシクオネガイシマス。