神様と暮らす家そだて

家族の健康をまもり、言霊の幸わう家づくり。
家族と日本と地球の”健やか”をはぐくむ
うやまう暮し。


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水主神を祀り、それは水主直であり、ホノアカリの後裔だとしています。

後々島崎藤村の父が宮司をしていたようです。

奥宮位山は神代の昔より表日本と裏日本の分水嶺にあり、水分を司っている。

位山(1529)の頂上からは白山(2702)、御嶽山(3067)などが望める。

 

位山を守護する大龍神が「山を拓け」と神託を下したのが峰仙という彫刻家でした。1954年8月未明、巨石の間から巨大な火柱が立ち「日の大神様が太陽巨石の扉を開けて世に出られた」ことを知ったという。火柱は白山の方向に流れ、その6年後1960年、神道家南龍が白山神界の封印を解いた。

 

磐座の一つ一つが他の星々へのヘリポートだという人もいます。

 

ホツマツタヱに登場するクライノヤマ 4アヤ

はつひほのほの いつるとき   初日の出の時

ともにあれます みかたちの   同時にこの世に現れたその姿は

まとかのたまこ いぶかしや   丸い玉子のよう。いったいどういうことか。 

うをやをきなの やますみが   年取ったヤマスミが

ことほぎうたふ むへなるや   祝って歌う「なるほどな、

ゆきのよろしも みよつきも    吉兆も、世継ぎも現れ

よよのさいわひ ひらけりと    代々の幸が開けたぞ。」

おほよすからに ことふくも    朗らかに祝うも  

みたびにおよぶ ゆきよろし   三度も語る「ゆきよろし」とはと

ひとのとわしに こたゑにも    人が問うのに応えるには
とよけのかみの をしえあり   トヨケの神のヲシエに、
さわるいそらの みそぎにて   順調な生育の障りになる悪想念をそぎ落とす 

ゑなのかこみは おのころの  胞衣の包みは 世の中をまとまるための

たまことならば ゆきよろし   玉子である証、先行きよろし。未来は明るい。

たまのいわとお ひらけとて  魂の封印を開くために

いちいのはなの さくもちて  イチイの木の笏をもって

いまこそひらく あまのとや   今こそ開く 天の戸から

いずるわかひの かがやきて 出る若日が輝いて

しらやまひめは うふゆなす  白山姫は産湯を沸かす

あかひこくわに ひくいとお   赤日子が絹糸をつくり

なつめがおりて うふきぬの  ナツメが織って産着の 

みはたてまつる たらちめの  御衣を奉る 母親のイサナミは

つかれにちしる ほそけれは  気力が枯れて乳が細いので

ほいゐのかみの みちつひめ ホイヰの守のミチツ姫が

ちちたてまつり ひたすれど  乳を奉り育てるが、

ひとみおとじて つきひなや  瞳を閉じたまま 月日は流れた

ややはつあきの もちのひに 初秋の満月に

ひらくひとみの しおのめは  開く瞳の しおのめは

たみのてふちの よろこびに 民は喜び

つかれもきゆる みめくみや 疲れも消える恵みである

あめにたなひく しらくもの   天にたなびく白雲が 

かかるやみねの ふるあられ 架かる八峰に霰が降り 

やすみにこたま このみつお 八方にこの恵みを伝える

ぬのもてつくる やとよはた  布で作った八十四旗を

やすみにたてて きみとなる  八隅に立てて君となる。

くらいのやまの いちいさく  位山のイチイ笏

よになからえて さくもつは  世に永らえて 笏をもつのは

かみのほすえそ         神の後裔

 

アマテルカミ誕生の折に突如としてイチイの笏やクライノヤマが登場しています。

イチイの笏を持つものは神の現れであるという重要な現れ方をして。

ただ、そのいわれについては語られていません。

 

その意味で、ホツマツタヱでも解読できない古い由緒がまだまだあるということです。

 

古い由緒を見せているのが「竹内文書」になります。

ずばり、最初に地球をおさめた君が降り立ったのは位山、と言っているのです。

船山に天から降り立ち、宮があったのが位山と。

 

そこから富山に宮を移して世界統治時代が始まり、五色人の代表が毎年あつまったと。

この言い伝えを残したのが武内宿祢。

その名はホツマツタヱにも残っています。景行天皇の御代のこと。

 

ホツマツタヱ38アヤ

きのくにに かみまつらんと 

うらなえば ゆくはよからず

みゆきやめ おしまことのこ

うましたけ ゐこころやりて  

まつらしむ あひかしはらに

ことせすむ きのうちまろが

やまとかげ めとりてうむこ

たけうちそ             

 

タケウチは「ゐこころ」の現れと相当に期待されている様子がうかがえます。

 

たかよりは ひのまえもうで

うちまろか たちてまごうむ

ゐこころか いむなおこえば

たかよりか いむなたかよし

なはうちそ たけうちまろそ 

 

「ゐこころ」の現れのタケウチマロと名づけられました。

 

たけうちに ほつましるへの

みことのり きたよりつかる

ひたかみや かくのやかたに

みちおきく

 

タケウチは「国の創成・真実(みち)編纂者」に任命され津軽からヒタカミ、富士の秘儀(みち)をくまなく調べました。景行天皇による任命です。

 

もとひこいわく くにしるの

みちはいにしへ

 

みおしるわざの いくさわに

としなからへて よろひとの

みちのしるへと あるふみお

よよにつたふる たけうちは

ついになからふ みちとなるかな

 

あるべき道しるべとしての「あるふみ」を世々に伝えるタケウチは終始朝廷の信頼を勝ち取り中心人物となる人物になろう、と言っています。

ある文とは、竹内文書の事かと思われるのです。

 

ホツマツタヱの時代の人にとって、竹内文書は「ツガル・ヒタカミ・カクノヤカタ」に伝わる秘儀秘伝(みち)をまとめ上げた「ほつま」だったことがわかります。ホツマツタヱを書いたのは初代大物主から数えて12世孫ヲヲタタネコで、若きタケウチスクネとは同時代の人ですから、政治の中心となる才気煥発なタケウチを同じように「右大臣家に伝わる国史編纂」に携わる学者として内心複雑な思いで見ていたでしょう。

 

タケウチが編纂したものはそれぞれの家に伝わった秘儀秘伝でしょう。

その後、ヤマトタケが東征により、ツガルのシマツウシ、ヒタカミ、ホツマに使節をおくり、忠誠を質します。先にタケウチをそれらの地域に送り込んで、力の柱、軸になる部分を押さえます。これは古代の「菊と刀」かもしれません。己を知り敵を知らば百戦危うからず、です。その精神の次元をよくよく調べ、学べるものは学ばせて、その後政治的脅威を示したわけです。景行天皇の政治能力の高さが見て取れます。

 

一方、タケウチにとっては目の前の敵というよりは1億年先の日本を見ていました。1億年先まで伝えるべきものが彼らの「みち」にはあったのです。

 

 

さて、古代の王がはじめて地球に降り立った地位山の麓を預かるのが飛騨国一宮水無神社です。

位山の歴史とご神威に圧倒されてあまり語られることがない、ご祭神についてみてみます。

 

主祭神 御歳大神 ワカヒメと思われる

配信 

大己貴命 おそらくは大国主命との混同

三穗津姫命 オオナムチのムスコ(大国主)の妻

少彦名命

 

応神天皇

 

高降姫命(たかみねひめのみこと)正体不明

神武天皇

須沼比命(うぬまいのみこと)正体不明

 

天火明命 宮司の祖であるという(ニギハヤヒ系か高倉下系か?)

 

高照光姫命 オオナムチの娘でワカヒメによるおくり名 御歳・大歳・高照三神は葛木御歳神社のご祭神

大歳神 オオナムチの兄弟でヤマサ神の一柱

 

天熊人命(あめくまどのみこと)ウケモチに遣わした二番目の使者

 

天照皇大神、豊受姫大神

 

大八椅命(おおやはしのみこと)甲斐国造り

 

 

まったく由緒のわからない神がいますね。
水無神社の境内社がまたすごいことになっています。

元伊勢皇大神社のように、ずらっと立ち並んでいるのです。

他の一宮とは一線を画すほど。

神明社   天照皇大神
天神社   菅原道真公
中島社   天之水分神・国之水分神

稲荷社   宇迦之御魂神

白川神社  菊理姫命

八幡社   気長足姫命、誉田別尊、大鶴尊
春日社   天児屋根命
諏訪社   健御名方富命
藤森社   崇道盡敬皇帝(舎人親王)
五條社   少名彦命
蛭児社   蛭児神
槻本社   槻本神   式内8社 高山市丹生川町山口字月本鎮座
荏名社   荏名神   式内8社 高山市江名子町字塩屋鎮座
大津社   大津神   式内8社 飛騨市神岡町大字船津字寺之上鎮座
荒城社   荒城神   式内8社 高山市国府町大字宮地宮垣内鎮座
高田社   高田神   式内8社 飛騨市古川町大字太江字神垣内鎮座
阿多由太社 阿多由太神 式内8社 高山市国府町大字木曾垣字牧戸鎮座
栗原社   栗原神   式内8社 高山市上宝町大字宮原字栗原鎮座
愛宕社   軻遇突智神
白山社   白山比咩神
子安社   木花咲夜比売神
厳島社   湍津姫命・市杆嶋姫命・田心姫命
族結社   泉津事解之男神・速玉之男神
天満社   菅原道真公
麻績社   天衣織女
小島郷鎮護社   小島郷鎮護神  旧細江村の全部、旧宮川村川東
小鷹利郷鎮護社  小鷹利郷鎮護神 旧小鷹利村の高野を除く全部、旧河合村全部、旧宮川村の川西全部
高原郷鎮護社   高原郷鎮護神  神岡町、旧上宝村
阿多野郷鎮護社  阿多野郷鎮護神 旧高根村、旧朝日村の全部、久々野町の内小屋名、辻、大西、柳島、久須母
小坂郷鎮護社   小坂郷鎮護神  小坂町(門坂、岩崎、無数河、大島、小坂、坂下、長瀬、赤沼田、落合、湯屋、大洞)
上呂郷鎮護社   上呂郷鎮護神  萩原町(上呂、宮田、大ヶ洞、奥田洞、尾崎、四美)
萩原郷鎮護社   萩原郷鎮護神  萩原町(萩原、桜洞、上村、花池、中呂、西上田)、下呂町東上田
中呂郷鎮護社   中呂郷鎮護神  萩原町(跡津、羽根、古関、野上)
下呂郷鎮護社   下呂郷鎮護神  下呂町の内東上田を除く全部・門原
竹原郷鎮護社   竹原郷鎮護神  下呂町竹原
下原郷鎮護社   下原郷鎮護神  金山町下原、下呂町上原、中原、門原を除く全部
馬瀬郷鎮護社   馬瀬郷鎮護神  旧馬瀬村全部

多賀・熊野・月夜見 社   伊邪那伎命・伊邪那美命・月夜見命
津島社           素佐鳴命・稲田宮主命・奇稲田姫命
事勝国勝・天穂日・祓戸 社 猿田彦命・天穂日命・祓戸四柱命
五行五徳・八州守護 社   久々能智神・迦具土神・埴安神・金山彦神・水波能売神・神衹官八神
龍田・広瀬・貴船・加茂 社 志那津彦神・志那津姫神・宇迦能比売神・高竃神・加茂御祖神
香取・鹿島・稲荷 社    経津主神・武甕槌神・宇迦之御魂神
大歳・走淵 社       大歳神 式外10神 古川町大字杉崎大歳鎮座
              走淵神 式外10神 神岡町大字数河灘見鎮座
四天王・遊幡石 社     四天王神 式外10神 高山市漆垣内東ヶ洞鎮座
              遊幡石神 式外10神 神岡町大字麻生野字石神鎮座
度瀬・道後 社       度瀬神 式外10神 国府町大字広瀬コウ平鎮座
              道後神 式外10神 高根村上ヶ洞鎮座
気多若宮・本母国津 社   気多若宮神 式外10神 古川町上気多鎮座
              本母国津神 式外10神 高山市本母町中長鎮座
剣緒・加茂若宮 社     剣緒神 式外10神 国府町大字三川寿平鎮座
              加茂若宮神 式外10神 神岡町大字殿オカモ鎮座
大山衹・綿津見・水戸・木工・金工 社  大山衹神・綿津見神・速秋津比売神・手置帆負神・彦比狭知神・天目一箇神
酒解・染殿・天神地衹 社  酒弥豆男神・酒弥豆女神・酒解子神・竜田比女神・天神地衹
 
久々野郷鎮護社  久々野郷鎮護神
宮村全部、久々野町(山梨、久々野、無数河)萩原町山之口
 
灘郷鎮護社    灘郷鎮護神
高山市(片野、石浦、千島、花里、西之一色、上岡本、下岡本、七日町、桐生、本母、冬頭、松本、江名子、一之町、二之町、三之町、川西全、春国)
 
河内郷鎮護社   河内郷鎮護神
久々野町(引下、小坊、木賊洞、長淀、渚、有道、阿多粕)
 
大八賀郷鎮護社  大八賀郷鎮護神
高山市(旧大八賀村全部)
小八賀郷鎮護社  小八賀郷鎮護神 
丹生川村(山口、町方、坊方、北方、大谷、瓜田、法力、殿垣内、小木曾、大萱、下坪、下保、細越、桐山、新張、小野、根方、白井、芦谷、板殿、日面、日影、塩屋、駄吉、旗鉾、久手、岩井谷、池之俣)
 
三枝郷鎮護社   三枝郷鎮護神  高山市(前平、赤保木、上切、中切、下切)
川上郷鎮護社   川上郷鎮護神  
高山市(下林、山田、下之切、新宮、八日町)・清見村(三日町、 牧ヶ洞、藤瀬、福寄、三ツ谷、下本、坂下、有巣、二俣、中野、楢谷、大原)
 
白川郷鎮護社   白川郷鎮護神  
荘川村、白川村の全部
 
小鳥郷鎮護社   小鳥郷鎮護神
清見村(上小鳥、夏厩、二本木、池本、江黒、大谷)
 
広瀬郷鎮護社   広瀬郷鎮護神
国府町(三川、上広瀬、広瀬町、村山、金桶、糠塚、名張、瓜巣)
 
荒城郷鎮護社   荒城郷鎮護神
国府

 

町(山本、鶴巣、三日町、桐谷、木曾垣内、半田、八日町、漆垣内、蓑輪、今、西門前、東門前、宮地)丹生川村(柏原、三之瀬、森部、大沼、折敷地)
 
古川郷鎮護社   古川郷鎮護神
古川町(是重、町方、上北、中北、下北、高野、畦畑)国府町(宇津江)

 

村々の鎮護神が「神集めに集め、神図りに図り」状態です。こんなの初めてです。尋常ではないですね。ここに祭神としてワカヒメがいる理由は?

 

ワカヒメ、というよりトシノリタマメです。

 

ホツマツタヱ21あや

とこたちの このとしのりの

たまめかみ ゐくらむわたお

うみあける あめよりくたす

ひよみかみ ふたかみこれに

やまさなす 

 

としのりかみ―きつをさね+あみやしなう=11神 ゐくら むわた

 

トシノリ神はクニトコタチの分身?

この世のカタチを創造するという意味では、物質化する匠、ソフィアの働きか。

 

そうか。

地球に初めて出現した神は位山に降り立った。ご祭神の中にクニトコタチも坐します。

その麓で人が人として暮らしやすくインフラ整備するのがトシノリタマメ。

だから里に居て生活密着している。

 

いやいや、ちょっと待て。

水無神社の社殿は、実は位山ではなく御嶽山方向を向いています。

そして御嶽山の守はクニトコタチなのですよ。

 

同じように考えた方がいるようです。

http://mysteryspot.main.jp/mysteryspot/hida/hida.htm

こちらでは水無神社の遥拝方向が御嶽山とぴったり合うと計測されています。

つまり、水無神社の奥宮は御嶽山であるということ!?

 

 

御嶽山と位山。

どういう関係なんでしょうか。

位山とはどんな意味がある場所なんでしょうか。

 

ところで、水無神社が遥拝し鎮火していると思われる御嶽山の噴火では神々の怒りともいわれているわけですが、そもそもお山は神聖な場であり汚してはならないところであるにもかかわらず、筋違いのご神託や人間心で神々の領域を侵しているということにも一理はあるんでしょう。

ただ、一つのお山への冒涜というよりは、人心が神々を冒涜することがあれば、直ちに荒業をしめして新たな創造をはじめる意志の表れだとも思えます。

 

<天神七代> 宇宙天地万物創造の時代
天神第1代 元無極躰主王(もとふみくらいぬしのお)大御神
天神第6代 国万造主(くによろずつくりぬし)大神
天神第7代 天照日大神
<上古二十五代 >「天浮舟」で世界をかけめぐったスメラミコト時代
皇統第 1代 天日豊本葦牙気皇主天皇 16方位を定め、16綺形の紋章を天皇の紋章とする。
皇統第 2代 造化気万男天皇  『日の丸』を『日の神赤玉の旗』と名付け天皇の旗とした。日本の国旗の始め。
皇統第 3代 天日豊本黄人皇主天皇の時代(第1回大天変地異)
皇統第 4代 天之御中主天皇の時代(第2回大天変地異 ムー大陸最初の陥没)
皇統第14代 国常立天皇の時代(第3回大天変地異)
皇統第21代 伊邪那岐天皇の時代(第4回大天変地異)
皇統第22代 天疎日向津比売天皇(天照皇大神)の時代(第5回大天変地異 20万年前?)
<不合朝七十三代>  スメラミコトの世界統治が揺らぐ時代
皇統26代(不合初代)武鵜草葦不合(たけうがやうきあえず)天皇 16綺形の紋章を『16菊花紋』に改め、天皇の紋章とする。
不合69代 神足別豊耡天皇の時代(第6回大天変地異・前1500年頃ノアの洪水)
<神倭朝>  日本の天皇の時代
不合73代(神倭初代)神日本磐余彦天皇(神武天皇)

 

竹内文書によれば、天神7代までは地球の地形や自然のあり様を定めていた時代になります。地球自然の法則を作った中心が位山とされているということです。とはいえ、その後も天変地異は続きます。世界統治をはじめて3代目のときに。4代目がアメノミナカヌシとされ、ムー大陸の沈没があったと。14代目にやっとクニトコタチが現れます。クニトコタチから7代目がイサナキ。と。

 

ホツマツタヱではクニトコタチが初代とされているのですね。世界統治が始まり、アトランティスやムー大陸が沈没して、現文明を創出し新たな地球創生を始めたのが「クニトコタチ」という神様だったということなんでしょうね。それ以前に、レムリア文明―ガーナ文明―ミュートラム文明があったとされていますが、天神時代のことになりますでしょうか。天の浮舟で世界を掛け巡ったころはアトランティスやムー大陸があって高度な文明を築いていた頃かと思われます。アトランティスの気球、オリハルコン、モアイなど、世界は今と同じ、あるいはもっと高度につながっていたということです。

 

位山に降り立ったのは「天照日の大神」ということです。位山のご祭神です。そして世界統治が始まった皇統初代は富山を世界の中心にしていました。世界統治の準備を着々と進めたのが位山時代ということになります。バブルの時の日本のような勢いと経済的繁栄と社会的な成熟がそこにあったに違いありません。バブルは日本人の贖罪意識からつぶれましたが、神代の当時は自信満々だったことでしょう。

 

もともと富山には、地球創生時代の宇宙と地球との行き来をした歴史がありました。世界統治のインフラが整っていたのです。位山で世界のひな型としての日本の統治を完成させて、そこで官位も与えられました。だから位山なのでしょう。位山で譲位をうけて、富山に世界統治の新たな宮を建てたのです。アマテルカミのころまでクライノヤマのイチイ笏が使われているとことを見ると世継ぎを制定する役割を位山はもっていたのではないでしょうか。奥宮的な。世界統治者を決めた位山の宮。それは今になって表舞台に現れた真実なのでしょう。

 

世界統治時代の終焉は世界中が飲み込まれるような天変地異によりやってきました。ノアの箱舟、富士山の噴火などの起きた頃、日本は世界を統治する力を喪失していきます。ウガヤフキアワセズの時代です。そして、日本が小さくまとまる、現代につながる初代天皇神武が大和王朝を樹立します。

そうなったからには是が非でも元々の王者である日本を封印しておかなくてはならないと躍起になる勢力もあるのでしょう。国史をいうものに日本を封じ込まなければと。そんな勢力に対抗した時代も経ていることは確かです。だからこそ秘密が明かされるという今があるわけです。矢面に立たない場所に秘められていた。

 

水無神社の向き、位山と船山、富山の皇祖皇大神宮が、物語るものは。

http://kotora888.art-studio.cc/kouso.html

 

四拝8拍1拝 組手

 

 

 

ところで、地球の現文明を始めたクニトコタチはどこを拠点にしたのでしょうか。

分け魂であるトシノリタマメは?

 

そう考えたときに、この位山、御嶽山である可能性が高いと思えます。

それほど多くないとしてもクニトコタチの名は九州から関東まで見られますが、相方であるトシノリ神(御歳神)と近くで、しかも古い由緒となるとあまり他に考えられません。

 

位山に祀られている神さまは「天照日の大神」「天常立大神」「国常立大神」なんだそうです。

が、やはり中心は天照日の大神。

そして、地殻変動などで隆起した御嶽山をクニトコタチが依り代にしたのでは。

 

ちなみに火山としての噴火史を調べてみました。御嶽山が現在の標高を形成したのは約6万年以上前だとされています。少なくとも2万年前から噴火をしていない火山だったのです。富士山の場合、現在のような形が形成されたのは紀元前3600年~紀元前1500年ぐらいとされています。クニトコタチの時代おそらくは御嶽山の方が安定していたのかもしれません。

 

というわけで、日本の真ん中にある御嶽山を依代にしていたクニトコタチの「言霊」を伺うご神事をトシノリタマメの坐す水無神社にて行ったのではないでしょうか。だから御嶽山を遥拝しているのでは。と。

 

 

 

アメノトコタチからクニトコタチが現れ、ワケミタマとしてトシノリ神がこのようの行政を預かり物事を創造していくのです。

 

その意味で水無神社(水主)は地球文明の濫觴。根源のソフィアの場所。

やっぱりそうか。トシノリタマメ=ソフィア=ワカヒメだ。

 

当地に飛騨王国があったという伝承は正しいのだと思います。

けれどもそれはアマテルカミの時代ではなく、もっともっと昔のクニトコタチの時代なのでは?と思うのです。

 

 

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