樋口新葉、東京選手権優勝も『今がピークじゃない』 競技から離れた時間がもたらした余裕

体の状態は北京の時よりもいい

  2022年北京五輪・団体の銀メダルをようやく手にした樋口新葉が、ブロック大会・東京選手権(9月21~23日、三井不動産アイスパーク船橋)を制した

 

  北京五輪・団体のメダル授与式は、カミラ・ワリエワ(ロシアオリンピック委員会)のドーピング違反により延期され、メダルはなかなか選手たちの手元に届かなかった。しかしパリ五輪中の8月7日、パリ・トロカデロ広場でメダル授与式が行われ、遂に日本の団体メンバーの首に銀メダルがかけられた

 

  樋口は『一言で言い表せないぐらいぐらい、すごかった』とメダル授与式を振り返る

『北京の時は無観客だったし、親とかも見られなかったと思うので、こういうふうにメダルをもらえたのはすごく嬉しかったです』

 

 『嬉しい気持ちが一番大きい』としながらも、樋口はすでに前を向いていた

『もうシーズンにも入っているので、しっかり切り替えて。いったんちょっと置いておく、じゃないですけど、試合に集中したいなと思います』

 

  北京五輪の翌季・2022-23シーズンの樋口は、9月のロンバルディア杯(イタリア)出場後、右腓骨疲労骨折の影響で以降は試合に出ないことを発表。試合に戻ってきた昨季は楽しむことを重視していたが、今季は結果を求める姿勢で臨んでいる

 

  ショートプログラムの6分間練習、緑を基調とする衣装を身に着けた樋口がリンクに入ると、風格が漂った。ジェフリー・バトル氏振付のショートでは、映画『DUNE/デューン  砂の惑星』の音楽を使い、壮大な世界を氷上に描き出す。静かな前半から後半にかけて激しくなっていく変化が印象的なプログラム

 

  このショートでは『未知の世界』を表現していると樋口は説明する

『強い中にも、ちょっと柔らかい動きが入ってくるので。自分は強い動きは得意なんですけど、柔らかく動く部分が「ちょっと難しいな」と』

  ソフトな表現が印象的な今季のショートで、樋口は新境地を開きそうだ

 

  樋口は3つのジャンプを大きなミスなく跳んでショートを終えた。3回転ルッツ-3回転トウループのセカンドジャンプが軽度の回転不足、また3回転フリップが軽度のエッジエラーと判定されたものの、シーズン序盤としては上々の演技を見せ、67.07という得点でトップに立った

 

  ショート後、樋口は『体の状態は北京の時よりもいいんじゃないかなって思うくらい、練習もできている』と充実感をにじませた

 

『(北京)オリンピックまでの自分の今までの練習、やり方・考え方を、オリンピックが終わって一回休んでから、客観的に見られるようになって。練習も(以前なら)焦ってやってしまっていた部分も「今できないことがあっても、他にできることがある」と思えて、今は本当に落ち着いて練習できている感じがする』

 

『特にショートで大きなミスをしていないというのが、自分の中ではすごく自信につながっていて。昨季はちょっと不安がある中でショートを滑っていたので。フリーは割と自信があったのですが、(ショートの)少ないエレメンツを完璧にこなすというのが、すごく気持ち的にも難しい部分が昨季はあった。そこを「自信と余裕を持って滑れるように」という練習をずっとしてきているので、それが今日も少し出せたのかなと思います』

 

全日本選手権を見据えて挑む今季

  最終滑走者として迎えたフリー、樋口は『Nature Boy』『Running Up That Hillを使うプログラム(シェイ=リーン・ボーン氏振付)を滑った。紫のグラデーションに染められた衣装をまとった樋口が、スタート位置につく

 

  樋口がボーン氏から聞かされたフリーのストーリーは、『前半は、自分と何者か分からないものが通じ合って、そこに向かってついていくようなイメージ。後半は、自分がその何者かに伝えられたものを感じて、上に進んでいく』というものだという

 

『(ショート・フリーの)両方とも、本当に表現が難しいプログラムなんですけど』と樋口は語る

『「自分が思い切り、プログラム自体を最初から最後まで力強く滑れるように」というモチベーションの意味でこの曲を選んだので、力強く滑れるといいなと思います』

 

  神秘的な雰囲気も漂うフリーで、樋口は冒頭3つのジャンプを成功させた。しかし4つ目のジャンプである3回転サルコウで転倒すると、その後3回転ルッツーダブルアクセルの着氷も少し乱れる。だが、指先の妖しい動きが印象的な最後のステップシークエンスは圧倒的で、シーズンを通してこのフリーがどう仕上がっていくのか、楽しみになる出来栄えだった

 

  樋口のフリーの得点は125.26。フリーだけの順位は3位だったが、合計192.33では1位で、優勝を果たした

 

  表彰式後、メディア応対した樋口は『めっちゃ嬉しかったです』と笑顔をみせた

 

『ジャンプでシングルにならずに全部締め切ったのと、最初から最後まで練習通り120%の力で滑り切れたと思うので、そこがすごく自信につながりました』

『ショートもフリーも、本当に自信を持って滑れたので。多少不安もあったんですけど、練習してきた分の自信は、ちゃんと持って滑れたかなと思います』

 

  次戦は、グランプリシリーズ第1戦・スケートアメリカになる

 

『「今がピークじゃない」というのを、自分でも感じているので。これからどんどんどんどん上げていける。しんどいのは見えているんですけど、こうして結果に残ったのですごく楽しみだなという部分と、海外試合は日本の試合とはちょっと雰囲気が違うので、そこむ含めていろいろ想定しながら、練習していきたいです』

 

  樋口が照準を合わせているのは、12月の全日本選手権だ

『ショート・フリーを全日本でそろえられたことがないので、それをまず目標にします』

 

  武器としていたトリプルアクセルについても、考えが変わったという

 

『(トリプルアクセルを)練習しているんですけど、まだ試合に入れるのには…「アクセル入れると、多分他が崩れちゃうのかな」と思うのと、あとは「そこまでアクセルにこだわる必要があるのかな」とも、最近思い始めているので。スピンやステップなど、点数をとれる部分はまだあるので、アクセルを練習しつつ、自分の元々できる部分の質を上げていくのも練習しています』

 

  2026年・ミラノ・コルティナダンペッツォ五輪への思いを聞かれると、『うーん、まだそこまでは』と慎重な口ぶりになった

 

『オリンピックに向けて何かを調整というよりは…本当に一つのシーズンで、いろいろなことが大きく変わっちゃうので。それは平昌のシーズンでも経験したことだったので、「オリンピックに絶対行きたい」という気持ちを持って臨むというよりは、自分のできることを全部、毎試合出し尽くすのが一番大事かなと思います』

 

 2018年平昌五輪代表選考ではあと一歩のところで及ばなかった樋口は、代表入りを果たした2022年北京五輪で、トリプルアクセルを成功させた。失意を味わった4年前から積んできた努力の結果だったが、だからこそ北京五輪後は、達成感とともに虚脱感も大きかったであろうことは想像に難くない

 

  北京五輪後に競技から離れた時間は、懸命に突っ走ってきた過去にはなかった余裕を、樋口にもたらした。先を急ぐことなく一歩一歩を大切に歩む樋口にしかできない演技を、今季はしっかりと見届けたい