「島よ」 詩:伊藤海彦

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一,

島よ
碧(あお)い日々に 取り巻かれているものよ
時の波に 洗われているものよ
翼もなく 鰭(ひれ)もなく
涯てしなさに うづくまるもの
距(へだ)てられ ただひとり 耐えているもの
憧れと虚しさ あまたの眼に 見つめられているものよ
島よ




二,

まぶしさに 吹かれながら 島は夢見る
波の言葉に誘われて いつか漂うことを
見捨てられた沈黙 その悲しみを断ち切って
ある日 ふと 魚のように漂うことを

かすかに煙る明日(あした)
沖の彼方の煙る明日
ああ だが どこに行けるというのだろう
遠い昔からそうだったように
島は 定められた孤(ひと)りを生きる

なぜ なぜ なぜ
その孤独から空に向かって 問いかける 樹々の緑
なぜ なぜ なぜ
白く泡だつ声をめぐらし 島はひっそりと重くなる
忘れられた果実(このみ)のように





三,
降りしきる雨の中で 島よ おまえは傷ついた獣(けもの)
はてしない 波だつ荒野(こうや)の
罠(わな)に落ちた 小さなけもの
枝をしなわせ 葉むらを打ち
泥をこね 突き崩し 押し流す 雨 雨 雨
ああ 空と海との 混ざり合うこの狂気
とめどなく 島を噛み 島を裂く 暗い力

そしてまた 島は失う 数知れぬ昼と夜
そがれ 削られ いくたびも失い続けたものを
岩と土 夢と砂とを

雨は降り 風まじり 雨はつのり
島は確かめる ひと時ごとに 失われる自分を
島は濡れ 島は沈む 島であることのいらだち
島でしかないことの 悲しみのなかに





四,
波の果て 陽が落ちるとき 赤々と身を染めて
島は思う 遠い昔 炎だったことを
熱く溶けた 叫びだったことを
落日を身に浴びて 島は聞く
沸き立つ海の その底を揺るがす響き
島は聞く 忘れていた はるかな生命(いのち)
母なるマグマの一つの声を

ああ 溢れ こみ上げ ほとばしるマグマ
焼けただれ 飛び散る溶岩
灰と煙と 煮えたぎる海
駆け登り 走り 空を引き裂き
限りなく 落ちて 落ちて 落ち続ける灼熱の雪崩

菫(すみれ) 紫 薄墨色
空は変わり 風はひそみ 夜へ傾くときのなかで
島は新しくなる
呼び覚まされた声を孕(はら)み
島は鮮やかに生きはじめる





五,
島は感じる 深い夜の向こうから やってくるものの気配を
長い旅から 帰ってくる風を
絶えずあの青空の告げていたもの
怖ろしいまでの優しさ
解き明かせぬ 大気の微笑を

島は感じる やってくるものの気配を
見知らぬ一日が 吐息のように広がるのを




六,

島よ
逃れようもなく 孤(ひと)りでいるものよ
心のなか 虚(うつ)ろな海に 浮かんでいるものよ
日ごと 夜ごと その身を削がれ
なお遠い 火の刻印(しるし)を 守り続けるものよ
 

島よ
おまえは私ではないのか
散りぢりの 人という名の儚い島
私ではないのか 島よ