目を開けるとそこは、
辺り一面の紺世界だった。

敷き詰められたサンゴの道路に
色とりどりのイソギンチャクの家。

色々な形の貝やウニの自転車、
アジやカサゴが定期的に止まりながら
海遊する様はまるで車のようだ。

ボクはそれを上から見下ろしていた。

太陽は登っていないようだが、
色彩鮮やかな生物達によって、
海中は明るく照らされていた。


ボクが深く潜ろうと手を伸ばすと、

それに賛同するように
たくさんのイソギンチャクが細長い手を
大きく叩いて
スタンディングオベーションで歓迎してくれた。
とても気分が良い。


スイー。スイー。
ラジオ体操第一。
深呼吸の動きを繰り返して深く深く潜っていく。

なぜだか呼吸は苦しくなる事はなく、
ボクは別のラジオ体操の動きをやってみせ、
海を、この街を、縦横無尽に泳ぎだした。

ボクの後ろから、
イワシの大群が
鍛えらた兵士のパレードのように
整列して追い越していった。

ボクは潜るのをやめ、
前方にいたマンボウのヒレに捕まって
傘のようにして宙に浮いてみた。

辺りを注意深く見渡してみる。

クマノミの親子が手を繋いで
お出かけをしている。
タコとウツボの井戸端会議や、
タチウオたちの剣道の練習。
たくさんのエビが学校に集まり
テスト勉強をしている。
カニが3匹、
終わらないジャンケンを繰り返し、
ヒラメとカレイのシャルウィーダンス。
会社帰りのイカたちが飲み屋を探して
ふらふらと彷徨っている。

左側からウミガメが、
学校に遅れる中学生のように、
海藻を咥えて忙しく泳いでいった。
見たことない色の海藻。

前方遠くにクラゲの雨が降っているのが見える。
すごい大雨。

雨から逃げるように
大きなジンベエザメの電車が
コバンザメの車輪をコロコロと動かし、
こちらへやってくる。

良い街だ。
感心している最中に、
辺りが急に暗くなった。
見上げると、
そこには見たこともない大きさのクジラがいた。


ボクは怖くなってマンボウの傘を
強く握り締めた。
感情が伝わったのか、
マンボウはボクの手を振り払い、
慌てて逃げていった。


ボクは結婚式を無茶苦茶にされた新郎のように
その場で立ち竦み、
ただ茫然とクジラを見上げた。

クジラは頭上で大きな打ち上げ花火の様な
潮吹きを放ち、こちらへ向かって潜り出した。

あまりの体格差にボクは驚いた。
山だ。山が動いている。
ネズミがボクらの事を、見ている時は
こんな感覚なのだろうか。。。

クジラはボクの目の前で潜るのを止めた。
顔が、わかる。
クジラは泣いているようにも
笑っているようにも見て取れた。

涙は流れていないが、
その虚ろな目からは
生涯孤独に暮らす事を決めた決意が読み取れる。
しかしながらその目は、
ボクを、この弱い華奢なこのボクの身体を蔑み、
嘲笑っているようにも見て取れた。

ボクは初めての光景を目の当たりにして、
怯えていたが、
同時になぜか懐かしさを感じていた。


クジラの涙のせいで
海が塩水になっているのではないか。
馬鹿げた禅問答を考えていた矢先、
クジラが大きな口を開けた。

ボクは抗えない引力に引き込まれ、
海水と一緒にクジラの口内へ
吸い込まれていった。

途中、水中を切り裂くような轟音と共に
誰かの声が聞こえた。
ゲル。。。。。ゼド。。。。。




ゲル・ゼド。。。?
よくわからないその言葉に戸惑いつつ、
地球上のどこの夜よりも暗い、
クジラの口内へどんどん
引きずりこまれていく。


不思議と焦りはなく、
その抗えない水流に従って、
ボクはまたラジオ体操の動きで
奥へ奥へと泳ぎだした。

光を失って右も左もわからないまま、
ただ流れに沿って体を動かす。
この暗闇はどこまで続くのだろうか。
だんだん高鳴る鼓動とは裏腹に
だんだん意識は遠のいていった。


ミーンミーンミン。
ミーンミーンミーンミンミンミン
ミンミーーーーーーーーーン。。。。


目を覚ますとそこはいつもの部屋だった。
なんだ。また夢か。。。
ボクはこの夢を何度も見た事がある。
幼少期から見ている
慣れないこの夢の終わりはいつも同じで、
大きなクジラに飲み込まれて終わりを告げる。

まただ。。。

夢のせいにしたくはないが、
この夢を見るとボクはいつも
おねしょをしてしまう。

ベッドがビショビショに濡れている。
額にかいた汗をおそらく全身の汗を
吸ったであろう
冷たく重くなったパジャマの袖で拭った。

付けっ放しで寝ていたのか、
テレビのニュース番組が朝の訪れを
告げる。

『速報です。大量のセミの幼虫が巨大化し、
羽化すること無く街を襲って暴れ回っています。
警視庁は自宅から
外出しないように呼びかけており、
在宅中も窓を閉めるように呼びかけております。
また、この事件による被害者の数は
特定出来ておらず、
警視庁は特別対策本部を設置するとともに、
自衛隊と協力して、
巨大ゼミの幼虫の駆除作戦を遂行すると
ともに・・・』




なんだ。また夢か。


ふらつく頭を抑えながら、
ベッドから立ち上がった。
背中に違和感を感じたので
パジャマを脱ぎ捨て、
首を回して見てみると、
背中には大きな透明の羽が2つ生えていた。



ゲル・ゼド。



そう口ずさむと、
背中の羽がバタバタ動き出し、
部屋のカーテンや本を揺らした。
13往復した後、両羽の動きが揃い出して
綺麗に風を仰ぎ出した。


ゲル・ゼド。
もう一度そう呟くと、
ボクは2階の部屋の窓を開けて
そのまま高く飛び立った。

どこまで飛べるかわからないが
雲を目掛けて高く高く飛び続ける。

下を見下ろすと
見慣れた街がいつも通りに広がっていた。
ボクはなんだか可笑しくなって
知らない家の屋根に向かって唾を吐いた。


ズィーヤ★🤞🏻