還暦を過ぎたトリトンのブログ

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団塊世代よりも年下で、
でも新人類より年上で…
昭和30年代生まれの価値観にこだはります


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 私が高校生の頃(昭和40年後半)、浪曲師の双葉百合子さんの「岸壁の母」といふ歌謡浪曲が大ヒットしました。映画やテレビの連ドラにもなりました。私が一時期通ふてゐた詩吟にもございました。

 

 

 先の大戦でシベリア等ソ連領に抑留された方々の帰還が昭和25年に始まります。命からがら引き揚げて来られる人々を満載した帰還船が舞鶴港に入港する日には、我が夫や息子ら、帰還兵を探しに訪れる妻、母親たちがつめかけます。かたや愛する人との再会を果たして喜ぶ人もあれば、こなた会へづに肩を落として涙に暮れる人々あり、悲喜交々の光景が展開されるのでした。

 「岸壁の母」の実在モデルは端野いせといふ女性です。息子の新二さんは満州国に渡つて関東軍の学校に入学後、ソ連軍の攻撃を受けて戦死…といふ厚生省、東京都の告知を受けます。それでも母親いせさんは我が子の生存を信じて、引揚船の初入港から6年間、ソ連ナホトカ港からの船が着くたびに舞鶴の岸壁へ通はれるのでした。

 昭和56年(1981)いせさんは息子さんに会へぬまま失意の裡に亡くなるのですが、話はこれで終はりませんでした。

 

 

 私も目を疑ひましたが、平成12年(2000)年の新聞報道で、新二さんが中国で生存されてをり、しかも母親が岸壁へ迎へに来てゐるのを知つてゐたにも拘はらづ、帰ることも連絡することも無かつたといふのでした。

 新二さんはシベリア抑留後、中共八路軍に従軍し、後、レントゲン技師として上海に住み妻子も居ります。

 何といふ親不孝者!といふ報道はされませんでしたが、読む者は百人中百人がさう思つたことでせう。勿論、私も最初はさう思ひました。

 

 さてイタリア、フランス、ソ連の合作映画「ひまわり」をご存知の方は多いでせう。

 題名の「ひまわり」とは、ウクライナでイタリア軍がソ連軍と血で血を洗う戦闘をした跡地に群生する向日葵(ひまはり)の花を指してをります。

 戦地から還らぬ夫を必死の思ひで探し訪ねて来たイタリア女性(ソフィア・ローレン)が見つけたのは、此処で地元のロシア女性(リュドミラ・サベリーエワ)に助けられた夫(マルチェロ・マストロヤンニ)の姿でした。彼は戦闘で我が名も忘れるほどの精神的痛手を受け、そのロシア女性に助けられて結婚し子供も居りました。映画の内容は此処で語れるほど簡単ではございませんので、是非ビデオ等でご覧下さい。前半はコメディタッチなので、後半の重さが引き立ちます。主題曲も素晴らしく、八月に最適の名画です。

 

 

 単純な性格の私は、この映画を見た後、戦後の平和に馴れきつた私どもが、新二さんに対して親不孝を責めることが、だうして出来やうかと思ひました。

 

 新二さんは戦争で一命を取り留めて虜囚となり、収容されて人間性を一切捨て去つたことでせう。その後、命永らへて妻子を持ち、如何なる人生観を持つことになつたのか。或いは棄て去つたのか。母は恋しいが、今は名告り出ぬ方が良い… さう思はれたのやも知れません。私の想像に過ぎませんが、余程の事情が有つたに違ひありません。

 

 シベリア抑留は、鉄道建設のための強制労働と同時に、日本人相手のソ連共産主義の学校といふ側面がありました。兵の間に内通者を拵へて相互監視の体制を布く徹底した洗脳工作です。戦後日本へ引き揚げた将兵の一部が徒党を組んで、ソ連は祖国、スターリン同志万歳を唱えたといふ事実は有名です。ちなみに後年NHKの寵児となる三波春夫さんもその一人でした。そのソ連も今は無く、大量の人命の浪費と底知れぬ空虚さが残るばかりです。

 

 

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