海部俊樹元首相の訃報 中国メディアも大きく報じる | 周来友 オフィシャルブログ

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中国出身のジャーナリスト、タレント。
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平成元年から2年の間、内閣総理大臣を勤めた海部俊樹元首相が9日、亡くなっていたことが分かりました。海部元首相の逝去は中国でも国営メディアなどが大きく報じ、哀悼の言葉が添えられています。中国の外務省にあたる外交部の報道官は、本日行われた定例記者会見の場で海部元首相の逝去について、「海部元首相は、中日関係の友好に関心を持ち多大な貢献をしてくださいました。海部先生のご家族にお悔やみ申し上げます」とコメントをし、海部元首相の生前の業績に言及したのです。




中国にとって海部元首相の存在はどのように映っていたのでしょうか。海部元首相が内閣総理大臣に就任する直前、中国では「天安門事件」が発生。民主化を求める若者たちを軍部が制圧し、中国では今も動乱として評価されています。

欧米諸国は中国で起こったこの「天安門事件」について、軍事的に制圧した中国に対し、政治的・経済的制裁を検討する中、海部元首相は日本としての立場を表明し、欧米諸国を歴訪し、中国の国際社会からの孤立を回避するため、働きかけを行っていたことが分かっています。欧米諸国は、天安門事件が中国民主化のきっかけになると判断し、制裁を行うことで中国へのメッセージを送ろうとしていたのです。一方、海部元首相は対中制裁が中国の民主化を導く結果とはならないと判断し、各国に対し中国への融和的な対応を求めていたのです。

日本の働きかけもあり、中国はこの天安門事件後、改革開放路線を推し進めることが出来たことで経済成長を続け、結果的に現在の経済大国への道を歩むことになるのです。経済停滞に直面していた当時の中国政府にとって、海部元首相の存在は大きかったに違いありません。




中国人民にとっても海部元首相は印象に深く残る人物です。海部元首相は2010年4月、中国南京市に赴き、桜鑑賞の活動に参加した際、かつて戦時中の南京で起こった悲劇について、「日本は過去に南京市民に許されない過ちを犯した。一人の政治家として謝罪したい」と表明していたのです。首相としての在職期間はわずか200日あまりでしたが、現在まで続く日中関係に大きな影響を与えた首相であったことは明らかです。ご冥福をお祈りいたします。