中国•法王寺から発見された即身仏 | 周来友 オフィシャルブログ

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中国出身のジャーナリスト、タレント。
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古来より日本と中国の間では宗教・文化・人的交流が行われ、それは現在の日本の茶文化・禅文化・絵画芸術・宗教観にも大きな影響を与えてきました。特に、日本からは多くの僧が命を懸け海を渡り中国に留学し仏教を学んできたのです。

こうした痕跡は書物の他、中国の寺からも見ることが出来ます。中国河南省鄭州市には西暦71年、後漢時代に建立された法王寺と呼ばれる寺があり、日本からやってきた僧の即身仏が発見されています。








2001年、中国の考古学の専門家たちがこの法王寺の修繕・調査を行っていたところ、仏塔の下に地下室のようなものを発見しました。この地下室からは、20以上の唐時代の経典や仏具、陶器などが発見され当時、中国では国宝級の発見と大きく報じられたのです。日本ではあまり報じられなかったのですが、実はこの地下室からは日本人僧侶のものと見られる即身仏も発見されています。




この即身仏ですが、中国では一部メディアが、天台宗山門派の慈覚大師である円仁(えんにん)であったと報じましたが、文献から円仁は838年、中国に留学後、日本に帰国していたことが分かっており、天如という僧侶のものである可能性が指摘されています。ではなぜ、日本の僧侶が中国で即身仏になっていたのでしょうか。

実はこの当時、唐朝18代皇帝・武宗は、道教を重視するあまり廃仏令、つまり仏教弾圧を行っていました。この廃仏令は当時、中国に留学していた円仁や天如にも影響を与え、所持していた仏物を守るため、法王寺に庇護を求め、法王寺の地下室にこの仏物を安置したのです。地下室からは石碑も発見されており、石碑にはこの2人の僧侶の名前が刻まれ、天如は仏物を守るため、即身仏となって仏物と共にこの地に安置されていたのです。

即身仏の発見後、日本の一部学者からは即身仏の日本への引き渡しを求める動きも見られ、法王寺への金銭寄付なども行われましたが、法王寺側はこれを受け入れず、即身仏は今も中国の地に安置されています。今後、日本と中国の間で共同研究などが進み、当時の日本人僧侶たちの軌跡が分かる日が来ることを願うばかりです。