上海の街の中にいると、一つのことを気がします、
それは日本とぜんぜん違います。

人々使っている携帯電話は殆どiphone5のような端末機、
もちろんりんご社の正式版の物もありますが、
偽物も横行しています。

今日バスを乗りました、その時の話です。

ベビーカーをたたまず、
1歳半ぐらいの男の子を乗せってまま父親と乗車、
すでに違和感がします(狭い車内ベビーカーのまま)
さらに凄いのはそのあとこと、1歳半の子に父親が
ipon5のような携帯電話をあたえました、この子は
すぐに慣れた手付きでゲームをやり始めました、
感心以外言葉はありません。

時代は変わりました、上海は豊か?不思議?すごい?
久しぶりに更新、今は上海にいます。
お茶の資格を取ると仕入れために暫く中国にいます。
ちょっとだけ上海のことを話す。
先日、上海の地下鉄を乗った時の話、車内放送など一切なしで
停車、スタッフらしい一人の男の人突然現れ、大きくない声で
「降りろう、降りろう、全員降りろう!!」訳もわからず全員降り
ました。次の地下鉄を待ち、乗りました。
一体これは何んでしょか?
こんなこと日本では考えられません、さすが我が上海!

簡単に言うと西双版纳の山々はメコン川の流れにより森は二つを分けられました、メコン川の西側は今の新六大茶山になります。決して新たにお茶作りを始める訳ではありません、それは中華民国以前ずっとプーアル茶の生産、販売する中心地になって来た古六大茶山が衰退してしまい、そして茶馬古道時代からの家族経営で手作業でお茶の作り方も時代に合わなくなり、新たなプーアル茶を生産する中心地が必要になります、1938年にプーアル茶の研究センターは思茅茶葉試験所として南糯山に設立されます(後に今現在プーアル茶を生産するトップメーカ勐海茶厰となりました)、これらの新たに成長して来た山々がいつしか新六大茶山と呼ばれるようになりました。


南糯山(孔明山とも呼ばれ、茶祖孔明はここでお茶作りしたと言い伝    えがある、樹齢800年の茶樹王も生息しています)


布朗山(少数民族プラン族の居住地、彼らは一番最初にプーアル茶の原型になったお茶を作ったとも言われています、班章古茶園、老曼娥古茶園作った物は名が高い)


南峤山(勐遮とも呼ばれ、生産量はあまり多くありません)


勐宋山(中葉樹の灌木が多い茶区です)


巴达山(樹齢1700年の茶樹王があることでも知られる、賀松古茶園が有名です)


景迈山(この山だけがほかの山と違う場所にある。動脈硬化に有効という螃蟹脚が寄生した茶樹でも有名)


布朗山に所属している班章古茶園と老曼娥古茶園、そして巴达山に所属している賀松古茶園など作ったプーアル茶の値段が高いです。