愛弟子のXに異変を感じ、気になって連絡をした。
残念だが嫌な予感は的中していた。
そして、陣中見舞いを兼ねて訪問し、わかり得る状況を聞いた。
私の知識の範囲でも厳しいのはわかり、覚悟は決まった。
そしてBarで飲んでいる時に聞いた訃報。
覚悟は決まっていたため、この数日で心の整理はつけていた。
その後家に帰り、惜別の酒としてこのモンローズを選んだ。
ヴィンテージは2012、一番よくJ's Barに通っていた頃のブドウでつくられた酒だ。
本格的にウイスキーを飲み始めて約2年、初出場したウイスキーのブラインドコンテストで私が優勝した年でもある。
もちろん、蓮村さんとこのワインを飲んだことはない。
そもそも師匠はワインはそんなに飲まなかったのではないか。
どちらかというまでもなく、日本酒党だったと思う。
ただ、このワインは私にとってJ's Barにイメージが重なる。
栓を抜くとJ's Barの香りがした。
サン・テステフにある二級シャトー、モンローズ。
バラ色の山を意味し、『サン・テステフのラトゥール』とも呼ばれる。
超二級(スーパーセカンド)との評価を受ける、押しも押されぬ実力と人気を兼ね備えたシャトーだ。
クラシカルなボルドーで、特に英国での人気が高いと聞く。
グレイトブリテンは、ワイン評価における超先進国で、さまざまな銘ワインを見出だしている。
このワインも英国のワイン商、ベリー・ブラザーズ&ラッド(BBR)が入れた英国経由品だ。
BBRはウイスキーのインディペンデント・ボトラーとしても知られ、ボトラーとして世界最古の歴史を誇る。
栓を抜き大きめのグラスに注いで少し置き、このワインを飲んだ。
タバコの葉、湿ったウッディネス、カシスやブラックベリー、ヨードっぽいニュアンス。
きめ細やかで炭っぽいタンニン、焼いた黒土、ローズヒップティー、ブルーベリー。
鞣したレザー、針葉樹の森林、ウェアハウスの苔むした香り、焼いた樽のウッディネス。
クローブやブラックペッパー様のスパイス、インク、ダークチョコレート、梅肉エキス。
ボディはフル・ミディアム、しっかりした骨格で男性的なサン・テステフらしい味わい。
時間と共に果実は開き、得も言われぬクラシカルなフレーバーが口腔を満たす。
やはり、この酒はJ's Barの香りがする。
味もエチケットもJ's Barのイメージに重なる。
エチケットは華美すぎず簡素でクラシカル。
ポイヤックやマルゴーではないし、一級でもない。
ただ、独自の世界観は他を寄せ付けないし、熟成してはじめて良さが分かる。
武骨で男性的、でもたしかな果実が存在し柔らかい。
タバコや古びた木、スパイスやヨードの香りがする。
この先この香りがするあの空間は、二人目のJによって引き継がれていくという。
10年後、40周年を迎える年の節分にまたこのワインを開けよう。
その頃には店もワインも、さらに熟成していることだろう。
その日が迎えられるよう、身体には気を付けねば。
しかし、今日くらいは深酒は許されるだろう。
染み渡る惜別のモンローズだ。