字数の関係なのかサラリと書かれているが、「幻のノーベル賞」研究だったという記事をむかしどこかで読んだ。今年もノーベル賞発表が近づいての道新のチョイスだろうか。

 

 記事にある「山極勝三郎ら」の“ら”は、「市川厚一」という獣医学者で、茨城県出身だが現北海道大学・獣医学部の前身、東北帝国大学農科大学(札幌農学校から昇格)畜産学科を卒業し大学院に進んだ、いわば北大OBである。1925年(大正14年)には母校で教授になっている。

 

 「市川厚一先生とタール癌」北大獣医の活躍|北海道大学 大学院獣医学研究院・獣医学部 (hokudai.ac.jp)によれば、大学院進学後すぐに東京帝国大学の山極先生の下に特別研究生として師事し、発癌刺激説のもと、来る日も来る日もウサギの耳にタールを塗り続けました、とある。別な記述では「塗擦(塗布ではない)」とあるから、擦り込んだらしい。ウサギたちには気の毒な研究だった。

 

 この研究で、二人は世界初の人工癌発生に成功し、ノーベル賞候補といわれた。湯川博士が日本人初のノーベル賞を受賞した1949年(昭和24年)より20年以上も前のことだが、結局、デンマークの研究に賞が与えられた。後にその研究に間違いがあったことがわかったが、残念ながら山極先生らがその後受賞することはなく、「幻のノーベル賞」となってしまった。

             

 

 もし山極先生にノーベル賞が与えられたとしても、3年以上もタールを塗り続けた市川研究員は対象者にはならなかったかも知れないが、「癌に関する欧米の教科書にはYamagiwa and Ichikawaのタール癌は必ず記載されている」という解説を見ると、たら・ればの想像を掻き立てられる。鈴木章先生受賞(2010年)の80年以上も前に、北大院生がノーベル賞のすぐそばにいたというエピソードは、道民にとっても価値がある逸話だと思う。

 

 さて、ことしのノーベル賞の発表は、来月7日の生理学・医学賞から始まる。先週は、イギリスの学術情報サービス会社が今後、受賞が有力視される研究者を発表したというニュースがあった。日本人受賞者が出るだろうか、今年も期待がふくらむ。