【産経抄】6月19日 | 皇国ノ興廃此一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ 








ベトナム日本センターの所長をつとめた故堀添勝身さんの『ベトナムで生きてみた』によれば、この国を「アメリカに勝った」と称(たた)える日本人は多い。だが聞いたベトナムの人は平然とこう答えるそうだ。「負けなかっただけだ。われわれが米国を攻めたわけじゃない」。

 ▼地政学的に重要な位置にあるベトナムは常に外国勢力の攻勢にさらされてきた。相手は米国だけでなく、隣国中国やフランスだった。だがその都度、巧みに、あるいは勇敢にこれと戦ってきた。その経験からくる「自信」のように受け取れた。

 ▼特に中国との抗争の歴史は長い。13世紀末には日本への元寇のように、元の大軍が海から押し寄せた。このときは干潮時、海辺に杭(くい)を打つなどで元の船をうち破った。1979年の中越戦争では陸の国境での必死の戦いで中国軍をはねつけている。

 ▼そのベトナムと中国との間がまた、きな臭くなってきた。中国が南シナ海での覇権拡大に動く中、資源調査を行っていたベトナム探査船のケーブルを中国監視船が切断した。ベトナムの漁船に対し中国艦船が自動小銃で威嚇発砲する事件もあったという。

 ▼むろんベトナムのことだから、黙ってはいない。海軍が自国沖で実弾演習を行ったほか、衝突にそなえて32年ぶりの徴兵令も公布した。中国の動きに対してはフィリピンも反発しており、資源豊かな南シナ海はまさに一触即発の海と化している。

 ▼それにしても、他国のケーブルを文字通り「一刀両断」というのは大国の態度とは言えまい。日本にとっても人ごとではない。だが、ベトナム戦争で米国をあれほど非難した日本の文化人や大方のマスコミが、中国へは一言も文句を言わないのである。