世界中で「凄い展示会」をプロデュースする会社社長のブログ

「凄い展示会」をプロデュースする株式会社ゼンシン
ゼンシン代表 前田 雄一が夢、目標、日々の出来事を綴っていきます。
展示会を通じて世界を変えていきます。


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仲間と供に 


最高のチームワークで進んで行きたい。



圧倒的に勝てる要素が溢れんばかりにあることにワクワクする毎日





中途半端では駄目なんです、想いや情熱は・・


一人では何もできない。


だからチームで同じ方向に進んでいく。




そんなことを考える秋の夜長


といいつつ 時間が足りないので夜長を感じることもないことに反省。



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京都と東京で働くイベント・展示会プロデュース会社社長のブログ

この二ヶ月で


台湾→ドイツ→東京→大阪の展示会を巡った「凄いブース」 MIYATA JAPONプロモーションブース


写真の様なブースが30分で組み立て!ゴルフバック3コ分のキャ
スター付きバックに全て収まります。
↑ブース55万円で販売!!

二回目からブース代は無料になる
つまり
年間8回使えば、一回あたり7万円ですね。



http://www.youtube.com/watch?v=2Hdk8ZbO2eM&feature=share&list=UUNf6-kKDWQKJ-AUmtA06EhQ


では~ 本日は宣伝ブログでした。

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過去にあったこと(商売に関して)を少しづつ書いていこうと思い立ちました。




今日はあらすじをまとめます。 で後に中身を少しづつ






*******マイカルサティ破たんの章**********




28歳のこと・・・




2000年




「前田くんえらいことしたな」




と一本での電話




私:「はっ?」




「マイカルサティと直接取引を始めたらしいね」




「うちの会社はゼンシンとは全国取引禁止になりました」




「ナショナルチェーンにはいったらあかんよ」




と・・・



そして次々、マネキン業界から切られ、売り上げは激減し、廃業の危機。

その分をマイカルさんで埋めて行こう!と自分を奮い立たせながら頑張っていた矢先

マイカルサティ 破綻のニュース・・・

もの凄くきつかった時代です。



しかし、これが展示会業界にはいるきっかけになる。

東京での初めての仕事の章につながる。


*********シガディスプレイ発足の章********



 私の出発点は、滋賀県長浜市で、両親が営んでいた鉄工所「前田製作所」でした。
幼少の頃から、仕事の手伝い、思い返すと小学校の頃、夏休みにもなると朝から晩まで、毎日仕事に追われていましたね(笑)
 出荷の日になると学校を休んで出荷の手伝いなんかは当たり前でした。
「あ~ 遊びたいっ 友達は遊んでいるのに」なんて

子供の頃から、寝ずに働く親の姿、資金繰りが原因での喧嘩、台所のすみで泣いている母親の姿などの商売をしていたが為の苦労をみて育ちました。

中学2年に家に帰ったときのことが、(内容は伏せます)
小学生の頃から、何となくの想いが、その時、はっきり決意に変わった瞬間でした。

 「家業を変える!!」

変えるといっても、その頃具体的なものはありませんでした。

しかし「やるっ」と本気で決めた時から、考え方や行動が変わるのを今になって感じています。

本から得られる知識 や、流行っている店に行くと何故流行っているのか?、流行っていない店は何故?と自分なりに考える癖がつきました。

 そして高校を卒業して、すぐ「家業を変える」という想いで、家業に入りました。


両親・じいちゃん・ばあちゃん・近所のパートさん3人 

仕事内容は、デパート・スーパーに出入りしているディスプレイ会社のレンタル什器を鉄で作る鉄工所。
「メーカーになる」なんて言い出して、椅子や家具 今でも実家にありますが、今見れば、笑える商品が転がってますが、懐かしくいい思い出です。
そして、営業も自分なりにやりました。
 「家業を変える」の第一歩として、新規飛び込み営業にて、内装会社などからたくさんの仕事も頂いたが、「根本の部分では何も変ってない」と気づきながらの日々 孫受けで、お金を稼ぐだけで価値を見いだせない仕事、やっても儲からない仕事。
 (世間はバブル末期ではあったが好景気、しかしそれは他の世界の出来事のよう・・・)

そこで、単純に考えたことは

「脱下請け」今考えると何も下地もないままの思いつきだったが

21歳の時 シガディスプレイ発足  
手書きのチラシをもって、商店街を1件1件まわりました。

⬇当時のパンフレット
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ご想像の通り、商店街にはニーズ自体小さなものでした。しかし、そこには多くの気づきがありました。

そのひとつ、1件1件まわるのは大変だから、タウンページに掲載してみよう! 3000円/月 の有料広告に掲載することに真剣に悩みました(笑)

結果、以外に多くの反応がありました。

その中で、
「今度、子供服のお店を出すので内装家具を製作してもらえますか」と注文を頂きました。

 80万円くらいの仕事だったと思います。
自分が一からお客さまと打ち合わせして「お店を創る」
もちろん、やったことの無い仕事。もちろん図面を引いたことさえありません。

試行錯誤の結果 、無事納品

その時のお客様からの「お陰様でいい店ができました。ありがとうございます」と頂いた言葉

『自分が生きる道はこれだっ」と人生が輝いた瞬間でした。ほんとうに心底嬉しかったんです。
今思えば、この先の道が見えた瞬間だったんですね。
これは生涯忘れることのない思い出となっています。

その後も、受ける仕事一つ一つから頂く感謝の言葉からこの仕事をする意義を見い出してきたんだと思います。

また
 もうひとつシガディスプレイでやりたかったこと、前田鉄工所のお客様がされていた”レンタル什器会社” これを自社でやろうと
自分なりの営業をしたんですが、やったことのない仕事なので、もちろん簡単にはいきません。

しかし、チャンスは突然訪れました。

地元の結婚式場がやっていたブライダルフェアでのウェディングドレス衣装展示会

その会場をみた瞬間「これだっ」と思いました。
ノウハウも知識も無い状態でしたが、すぐ猛烈な営業開始
もちろんその仕事をする為のノウハウも機材も何もありませんでした。

しかし、
子供の頃から知っている、前田製作所のお客様、サガマネキン常務寺島さんに相談に行きました。

「滋賀県のブライダルフェアの仕事を必ずとるから、協力してほしい」と

すると寺島さんから返ってきた言葉

「ゆういち(私)がやるんならとことん協力する。うちにあるレンタル商品好きなだけもって行け ハイエース1杯 1万円でいいから」
ここから、快進撃がはじまりました。

知らない仕事なので、多くの障害はありましたが、狙っていたブライダルフェアの仕事は無事受注

そして、Tさんのところから、2-3万で借りた商品と、人件費は友達にごはんをおごる。
そして家族・鉄工所のパートさん
5万ほどの原価で80万ほどの仕事になりました。

1年ほどで滋賀県の主要なホテルのブライダルフェアは、ほとんどシガディスプレイがやるようになってました。

しかし、以上の快進撃には、理由がありました。そしてその理由が今の原点にもなっています。

それはハードのシステム化です。

当時ブライダルフェアをつくる常識的な工法は、職人たちが作る木工法

例えば、試着ステージ

http://zensin.jp/pht/04/040.jpg


当時の競合会社は、これをつくるのに職人が木工で作っていました。

それは、職人の技術もそうですが、使い捨て、なにより工程の複雑さからコストも膨大な時間もかかる

しかし、弊社がTさんからお借りしていたのは、本来デパート、スーパーで使用するディスプレイレンタル資材 買い物のお客様がいる開店中に施工することも多いので、音が出ないこと、スピーディーに設置、解体回収ができることなどが要求されます。

それを、ブライダルフェアづくりに使った結果。

静か、早い、ローコストということが圧倒的なメリットになりました。

特に早いことは、お客さまに絶賛の声を頂きました。宴会が終わって夜10時くらいから施工して、施工後ドレスの展示、そして翌日本番

 今までは、ほとんど寝る時間がなくの本番だったのが、22時から施工して24時には、お客さまは商品展示に取り掛かれる。

 それは、感動していただけるサービスでした。

そこで生まれた意識と仕組みが、空間をつくるハードのシステム化 もちろん感動価値もそこにはありましたね。

後にたくさんの弊社独自の革新的システムが生まれつづけているのは以上が原点になっています。
ECOPAシステム、フラットウォールシステム、フラットフロアシステム、Wデッキシステム、ガラスウォールシステム、ファブリックシステム、グラフィックウォールシステムなど他多数
http://www.e-tenjikai.jp/index.html

 





********京都進出の章*********


1997年

シガディスプレイも軌道にのり、2001年 6月 有限会社ゼンシン設立

私も29歳になってました。その頃も、多くの経験を積ませてもらいました。

泣いて、叫んで、泣いて、悩んでいるうちに、笑わなくなった時期がありました。

「何の為に仕事をしているの?」とさえも思わなくなるくらい、忙殺される日々


理不尽なこと

積み上げてきた事がひとつの失敗で全て無くなる恐怖感。


そんな中だけど、

それなりに売上、利益をだしていきました。

下請けながら、京都、滋賀のスーパーやデパートどこへいってもZENSINのシールをはったレンタル什器がありました。

それを彼女なんかに「ほらっ ZENSINの什器」なんて自慢してましたね。



その時の振り返り⬇

Yマネキンさんに営業に行った時のこと、




「今度 滋賀県の草津に近鉄百貨店ができるし、その什器の仕事をあげるわ」




中身は↓




毎週催事で使うシングルハンガー 400本 ・姿見100枚 ・卓上ミラー100枚 用意してください。とのこと




その場でOK  毎月60-100万のレンタル料をいただける試算で すぐOK




OPEN日まで1カ月 仕入金額に500万円足りない・・・




徹夜徹夜で家族みんなで作りました。




またまたSマネキンの寺島常務個人のお金を貸してもらいました。
寺島常務の「自信はあるのか?」にたいして「はいっ あります」

そして、この時父親も頭を下げてくれました。

そしてお金を貸して頂きました。感謝です!




後に詳しく書きますが


下請けで売上比率50%を超すお客さまからの理不尽な声(後に自分が悪かったんだと気付きました)、NOと言えない自分 理不尽でも笑顔でこたえないとダメな環境・積み上げてきたものが一瞬でなくなる恐怖


くやしくて、お風呂にもぐって泣きながら叫んでいた日々



友達から「ゆう、笑わなくなったな」と、、、





京都赤池に12坪の倉庫にて京都ゼンシンスタート




2年間その倉庫で暮らしました。 




その当時を知っている方は”何故か”「シングルハンガーの上で寝てたなー(暮らしてたなー)と言います」




しかし


実際は中に小屋を作って寝泊まりしてました(笑) 




引っ越しの際

壁をめくった時、マジックで柱に夢を綴った落書きが出てきて、感動。

当時支えてくれた彼女(今の嫁さん)の落書きもあり更に感動。。 その柱をしばらくとっていたのですが、いつの間にか紛失・・・




*******************マイカルサティ破たんの章**********に戻ります。




Yマネキンさんから頂いた草津近鉄百貨店のお仕事




 毎週お仕事を頂いておりました。



しかし、憧れもあった百貨店のお仕事、思っていたのとは全然違ってました。


百貨店さんからマネキン屋(ディスプレイ)はお仕事を頂くのですが、これまた理不尽、業者としての仕事全開


憧れていた大手マネキン会社さん 担当者は名前でさえよんでもらえず、言いたい放題いわれ、いいなりになり頭をさげる。




そのしわ寄せがうちに来ていたと後に理解




家に帰ったころに、確かに納めたはずの什器がなくなり、




お客様:「すぐ持ってこい!」


私:「納めましたよね。どこかにありませんか?」


お客様:「お前が見に来い」


私:「・・・・・・はいっ」




ことあるごとに業者はいくらでもある。切ってもいいんだよ。と




今に思えば仕事がなくなる恐怖感からの被害妄想が多々あるんかなっと。人として扱われてないとの思い込みから自らその関係性を築かなかったのかも・・


しかしキツかったですね。




さて、戻ります




毎週什器を入れたり、引いたりお仕事を頂いておりました。


草津近鉄百貨店さんに什器納入 4-5カ月した頃から毎週撤去・撤去・撤去 その替わりにYマネキンさんのシールがはった什器が変わりに入っていきました。




私「最近撤去で納品がないんですが・・」 


お客さま「什器が余ったから今後はうちの什器を入れるわ」




あっさり切られました。




毎週撤去・・・撤去・・・(撤去はもちろん請求はできません)



もの凄く悔しい思いをしました。




しかし捨てる神あれば拾う神があるとはよくいったもんで




T工芸さんが、「什器かりてあげるよ」と




頂いたお仕事はサティさんへのレンタル什器のお仕事





当時は一人と都度のレギュラーバイトさんでやっていたんですが、




毎月 レンタル料で400万円そのうち7割は継続請求(什器が入りぱなしで毎月請求書をおこすだけ)




順調に伸び、儲かりましたね。。




儲かったといっても入ってきたお金は全て次の什器仕入(投資)に全てつかってました。



持っている什器の数=売り上げだったんです。

しかし、それも長くは続きませんでした。

今に思えばそれがレンタルの特性、自社でもってしまえばレンタルする必要がない。

しかし、当時は急にたくさんの什器が帰ってきて、什器を保管する場所がない。 そして何より売り上げが急になくなることがつらかったです。

そこである時

「マネキン屋さんの下請けはやめよう」

そして、マイカルさんに直接営業にいきました。➡これがマイカル破綻の章につづく


番外編

あっ


Sマネキン当時T常務からもらったお下がりの2tトラック ぼろ過ぎて業界名物だったのを思い出しました。


ちょっと特徴を書きます***


○ゼンシン号が走った後ろの車は真っ黒の有毒ガス地獄 前も見えません。


忍者かっと突っ込みがはいるほどの黒煙と 謎のススが舞う




○憧れのパワーゲート ここうまく書きたいんですが 分かる人だけ想像してください


開け閉めが手動なのですが、ボルトナットでキコキコ(当時を知っている人は笑います)




○ゲートを開けると本来 水平のはずのゲートが 20度傾いている。


 什器にはキャスター(車輪)がついているのですが、ゲートに載せた時点で転げ落ちないように必死




○上下するパワーゲートのスピードが日によって違う


 めっちゃ遅くて正直 パワーゲートを使わずに手おろしの方が早い。




○アルミの箱がボコボコ そしてぼろ隠しの銀色のシートが浮いてポコポコ




○車サイドの車幅灯から謎のひげのような配線・・・・ ウィンカーの点滅スピードが車の機嫌によって変化


基本点滅せずに ウィンカーをつけると点灯しぱなしで、車内ではピピピプーと謎のウィンカーチェック音




○エンジンをかける前にKEYのONのところで5秒待ってからエンジンキーを回すというルール




○夏でもスタットレスタイヤ しかもつるつる




と突っ込みどころ満載のゼンシン1号車






当時のシガディスプレイの看板がそのまま残っていたのをパチり⬇ 懐かしかったです。
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******************中国仕入の章*****************






*******************始めての東京ビックサイトの章********




****************始めての従業員の章************






****************仲間との出会い・別れの章*******






*****************目指すものがはっきりした時の章*********






******************ゼンシンホームページスタートの章*************




******************育ってきた環境の章***********************





******************東日本大震災 感動価値創造へのきづき**********************


http://ameblo.jp/zensin/entry-11570419235.html

******************あらたなる旅立ちの章 そして未来への章*********






とつづきます




さてちょってづつまとめていこう




ではでは。































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こんばんは。


最近はFACEBOOKの方にリソースを割いていてAMEBLOの更新頻度が・・・・


 と言い訳です。。


ところで


今 ZENSINインターンシップとの取り込みは意義あることだと感じれることに感謝!


TEAM じょいくる


TAME ONE 


総勢11名のみんなから刺激をもらっている。


成長を強く望む 彼ら彼女らは輝いている。



人を動かすのは「情熱」だ


と改めて感じる。 



やるからには大きなものを生み出すことを約束したい。


一緒に決めた戦略的フォーカス と共に「感動価値」を生み出す 必ず!


ただこなすだけの毎日じゃつまらない


たった一度の人生、 毎日、毎日、毎日 価値あるものを生み出していく。





日々 「こんなもんじゃない」 とうフラストレーション






根拠のない自信を


ひとつづつ形にしていこう。



私たちは


「感動価値」創造することができる。

素晴らしいことだ。 ここに生きる意味のひとつがあると強く感じる。



こうやって書くなかにはストーリがある。

すばらしいみんなと仕事をしていることは幸せです。


ありがとう!



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滋賀 中央信用金庫ビジネスマッチングフェアの施工をさせていただいた。




田中印刷所様プロデュースの”意味のあるビジネスマッチグフェア”




「意味がある」




ここが大切なんです。




この展示会では多くを学びと気づきがありました。




http://www.shigachushin-shoubayhanjyou.jp/




今回 事前告知から 当日の仕掛け 、展示会後のフォロー 出展者セミナーやパッケージングにて用意されています!




マッチングサイトの立ち上げ から FACEBOOKページの立ち上げ、 YOUTUBE2分間自社紹介動画 この展示会をつうじて販促手法を皆様に実践していただく。




田中社長 最高です!




マッチングフェア他の銀行さんが明日は観にこられるそう。


この取り組みが拡がっていくことは間違いない。




○○銀行さん、 ○○信用金庫さんのビジネスマッチングフェア2行様が決まりそうな雰囲気です。




ほんと有難い。




”意味がある展示会” 




私たちがいう”感動価値”がある展示会




「成長・幸せ・感動」をつくりだせることを軸に仕事ができることは幸せなことだと思う。






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有難いことに、弊社にも事前予約システムにて商談が入っています。




弊社は買い取る展示会システム ZYMA LIGHT(ジーマライト)




と新規に始めた、日本一安いのぼり製作販売




を展示発表させていただきます。




どうぞよろしくお願いいたします。






9/13,14 滋賀県近江八幡市 ホテルニュー近江にて開催


 

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