田んぼアート事業は土地購入・土地整備まで進んだところで事業ストップとなった。S市長による財政再建・事業見直しの対象となったのだ。
その用地は市有地となった。事業ストップとなった段階で、その土地をどうするかは決まっていない。
この土地が注目を集めたのは、「認定こども園の移転」が提案された時である。A町の保育所は老朽化し防災上の問題も抱えていた。そこで、田んぼアート事業用に取得・整備した土地にA町の認定こども園を移転・新築するという提案が執行部から出たのだ。
A町の保育所の老朽化と建て替えは、前々市長の時代からの課題であった。
それがなぜ進まなかったのか。市長と市議会とが他の事業を優先したからだ。いわゆる「市民会館・温泉付き宿泊施設・道の駅」である。また、子供のための事業は「票につながらない」という側面もある。総合的に見て「議員のエゴ」と言ってよい。
S市長と執行部とは、無印良品の出店が市議会で否決されたころから、A町保育所の移転を提案していた。しかし、市議会はこの予算案を否決し続けた。何度か否決が続いたが、ある議会で「田んぼアート事業跡地への移転」という名目になった。
市政刷新ネットワークに所属する議員の顔色が変わった。
田んぼアート事業は、市政刷新ネットワークの代表となったXさんのための事業だったからである。
後期高齢者に達したXさんの夢は、地元に伝わる伝統農法を後世に残すことである。そのために映画製作を要望した。それを市の事業に拡大させて予算を引っ張り、利権構築したのはW議員と山川さんだ。ただ、田んぼアート事業は「用地獲得・整備」まで進んだところでS市長による見直しがかかってストップした。
市政刷新ネットワークとしては、まもなく任期を迎えるSを市長選で追放し、自らの息がかかった市長を当選させて田んぼアート事業を完成させるという計画がある。
もし…田んぼアート事業跡地への移転が決まると、このシナリオが崩壊する。
何より、Xさんの不機嫌は最大級になるだろう。田んぼアート事業跡地への保育所移転が議会を通ってしまったら、市政刷新ネットワーク所属議員はこの町で生きていくことが難しくなるはずだ。
そういう意味で、田んぼアート事業はタブーであった。
田んぼアートはストップしたままだが、映画製作の方は進んでいる。
映画はXさんを主演という形にして進めた。撮影では東京からプロと専門機材に来てもらって重要なシーンを撮った。Xさんが伝統農法を教える若者は、県庁所在地の劇団からエキストラに来てもらった。そうすることで「本格的映画を撮っている感じ」を演出した。企画・主演であるXさんのご機嫌は上々である。
少し前映画は完成した。Xさんが暮らす町の公民館で試写会も行った。市政刷新ネットワークの関係者・支援者に集まってもらって、その前でXさんにご挨拶もしてもらった。
その姿は「裸の王様」と言える。
試写会はあっても上映の見込みはない。DVDにして市の図書館や公民館に寄付したり、YouTubeにアップしたりしているが、誰も見ていない。
だが、Xさんは大満足である。ご機嫌なXさんの様子を見て、W議員も山川さんもホッとしている。
このまま田んぼアート事業が忘れ去られてしまうのが一番よかっただろう。そのためには、田んぼアート事業という単語を口にしないことだ。
こうして、この事業はタブーとなった。同時に市政刷新ネットワーク代表のXさんという存在もタブーとなっていったのだ。