ずっと子育てについて思っていることがあります。
それは、
子育てって地域で、社会全体でしていくもんじゃないのかな?
ということです。
核家族化が進んだせいでしょうか。
あるいは、昔ながらの共同体というものが消失したせいでしょうか。
いろいろな要因が絡んだ結果、そうなってしまったのでしょうが
個々の家族が孤立してしまっているように感じます。
孤立というと少し違うようにも感じますが適切な言葉が思い浮かばないのであえて、孤立と表現しておきます。
なかなか家庭内の子育てに関する悩みを表に出せない。
反抗期の年の子に、親とせいぜい学校の先生くらいしか、接する大人がいない。
そういう悩みを抱えている家庭は多いのでは?
そこに、外部のクッション材のような存在がいてもいいのでは?
いや、むしろ、そういう存在って必要なんじゃないかな?
と常々思っています。
習い事の先生とか、塾の先生ってそういう顔も持ち合わせているのでは?
そうあるべきなのでは?
と考えています。
もちろん、受験が専門なので、受験動向という話が本分なわけですが
もっといろいろな役割があるはずですし
受験って、思春期の子どもの成長と深く関わるわけで
我々のような存在こそ、そういうクッション材として機能すべきだろうと思います。
ナナメの存在というやつですね。
この関係、もっと広げていけないものかと私は思っています。
子どもらを地域全体で見守るような姿勢。
もっと地域の人たちと子どもたちが触れ合えるような社会。
隣が誰か知らない社会なんて、悲しいものです。
我々のような地域に根差していく塾はそういう社会の一翼を担うべきだろうと思うとともに
そういう社会構造の中心に位置できるように励みたいと思っています。
塾という縛りを越えたコミュニティーを作り上げることが、私の目標です。