【高学歴ニート】強みを見つけるという呪い? | 0歳からの早期教育 2021年2025年中学受験

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あらゆる早期教育、教育法を試して子どもにぴったりの接し方や、育て方を日々考えています。また、教育について思うことなどを語っています。


今日の林先生の初耳学で、乙武くんが高学歴ニートたちに授業をされていましたね。


乙武くんといえば、参院選出馬目前にして不倫騒動で出馬断念、そのまま謹慎をされていましたが、海外に永住するという選択肢を捨て、なぜ日本に戻って来たのかという理由についてのお話は胸に迫るものがありました。


死ぬ瞬間に後悔をしたくない。
社会のために自分の命を使い果たしたい。
乙武プロジェクトを通じて、社会における選択肢を提示していきたい。


このように自分の言葉で語れる人には、やはり政治家となって社会のためにその才能を役立てて欲しいし、それが社会全体としても受け入れられる世の中であって欲しいなと感じました。


星


高学歴ニートの方に、

自分の強みを見つけるという言葉は呪いのように感じられる。言わない方がいいと思う」などと、(私にはその言葉そのものが、強烈な怨念入りの呪いの言葉に感じましたガーン)話されていた方がいました。


それに対し、
言葉というのは万能薬はないと思っている」と返された乙武くん。


まさにそうなんですよね。
そういう人の言葉に噛みつく人は、自分自身でこじらせてしまっていて、もう誰にもどうにもできないと思うのです。
後は自分で気づくしかない。
自分で間口を狭めてしまっているのです。


また、高学歴ニートの方たちの多くが、働きたくない理由について「上司から仕事のことで怒られたくない」と語っていたのには驚きました。
たしかに中途半端に賢いと、学歴に変にこだわってよく分からないプライドを持つ人は少なくない印象があります。


高学歴だからとまわりがチヤホヤしてしまったのか、本人が勘違いしてしまったのか、、
どちらにせよ、これは親にも責任の一端があるように思えてしまいます。


そして、翻訳家を目指しているという高学歴ニートの方に、社会の空気を読んで、翻訳家になるという目標をエクスキューズ(言い訳)として使っているだけではないか。たとえ引きこもってゲームばかりの毎日でもそこに幸せを感じているなら堂々とそれをしていたらいい


というようなことを語られていたんですね。

本人も無意識だったようですが、人は誰しも社会的な生産性に照らし合わせて自分自身を取り繕おうとするために、こうした言い訳をしてしまうものだなと感じます。


大切なのは、社会的に見てどうか、まわりの人が自分をどう思うかということでなく、自分自身がどうありたいかなのに、すぐに見失ってしまうんですよね。


星


でもまわりを見ていると、自分も含め、そういうことをねちねちと悩んだり考えたりするのはやっぱり思考がどこかネガティブなんだろうなと思います。ポジティブな人はそんな悩みが世の中に存在することさえ気づかないものですから。


本当にうらやましくなります。


長男は私に似てどちらかというとネガティブで斜に構えているタイプですが、次男はとにかく無邪気かつ、スーパーポジティブ。
そうなるとすべてがシンプルになり、人からも応援されやすく、毎日を楽しめるということを、そばで見ていると感じます。



先日は、クラスに海外からの転入生が来たらしく、

次男が「僕はお友だちの面倒を見るのが好きだし上手なので、ぜひ僕の隣にして下さい!」と、先生にアピールしたそうですびっくり


そんなふうに手を挙げたのは次男一人だったと。
(そりゃいないでしょアセアセ


二学期はクイズ係だった次男。

毎日、色んな生物のクイズを考えては給食の時間にクイズを出してクラスのみんなを楽しませていたらしい次男ですが、三学期は週に一度のクラスの遊びを企画する遊び係になったといって、


それはそれはそれは、、もう張り切っています笑い泣き
勉強そっちのけでどんな遊びをしたらみんなが楽しめるかの企画をえんえんと考え続けていて、もう脱帽もの。その情熱に負けました。



自分の強みを見つけろというのは呪いだと、高学歴ニートの方は言われてましたが、でも、そこにしかきっと答えはない。


きっと小さいころは誰しもが無邪気に夢を語り、得意なことや好きなことを語れたのに、大人になるに従ってそれができなくなってしまう。


だからこそ親が出来るのは、どんな「好き」も心から応援してあげることしかないのかもしれませんね。


次男の創作おりがみ。
ネズミ。足がちょこんと出ているのがポイント。
最近はあれやこれや工夫しつつ、創作おりがみを作って楽しんでいるようです。