時事ネタというには時間が経っていますが
『小室哲哉不倫報道』
に対し少し思うところがあったので今日の記事に。
一年にわたる週刊誌の不倫報道フィーバーが、この一件で少し風向きが変わりました。
引退発表があったことも原因の一つでしょうが、情報番組でも小室さんを責める空気は少なかったように思います。
「そもそも不倫は個人の問題じゃないのか」
(※これに関しては、「じゃあベッキーはどうなんだ」と言いたくなりますが)
「介護で苦労している人間を責めるのはおかしい」
といった論調だったと記憶しています。
たしかに介護問題は大事な要因です。
しかしこの件に関して考えなければならないのは、もっと手前の生々しい部分だと思うのです。
それが
「何らかの理由でパートナーとSEXできなくなったら、どうすればいいのか?」
です。
恋人という関係でであれば、おそらく別れることになるでしょう。
残酷なようですが、現実的には相手をつなぎとめておけません。
しかし、夫婦の場合は?
「病気や怪我でSEXできなくなったので離婚します」
は通りません。
夫婦には互いに対する介助義務があり、片方が離婚したいと言ってもそれは許されません。
心情的にも、そこまで薄情なのは人として駄目だと思います。
ただそれならば、性行為に対してはどう折り合いをつければいいのでしょう。
「どうすればいいのか?」 も、ごまかしの書き方ですね。
「自分はもう一生SEXしちゃいけないの?」
が、正直で切実な問題になります。
日本は制度的にも世間の話題としてもこの部分がすっぽりと抜け落ちており、話し合われることがほとんどありません。
小室さんの報道でもこの部分はまったく触れられませんでした。
とても残念に思います。
一般人が週刊誌に追いかけられて不倫を報道されることはありません。
しかし、パートナーとSEX出来なくなる事態は十分にありえます。
相手がSEXできなくなる側になることもありますし、その逆もあります。
その時どう考え、どう振舞うべきなのか。
そもそも 「べき論」 などで語ることなのか。
少し時間をかけて考えてみたいと思います。


