今日の午前中、文化放送に加藤紘一さんが登場し、新しい公論を語ってましたが、こんな話でした。


・この間の国会で鳩山首相に質問したが、このとき鳩山さんも考えている新しい公について議論を深めたかったが、充分にできなかったので、またの機会にやりたいと思っている。


・何でも国家がやる時代ではない。国にはもうカネがないのだから。


・大阪の淀川に808橋があるが、このうち200は市民がつくった橋である。江戸の橋は全部幕府がつくった公儀の橋だが、大阪では市民が公益の仕事をやっていた。


・日本には昔からこんな伝統があったので、民間で公の事業をやるといっても不思議なことではなく出来ることである。


・父は山形で市長をやってたが、20人で草刈をやったあと酒を一本入れて慰労した。昔どの地域でも地主階級が市民の公益事業を支持しており、こういう人に支えられて市民活動が成り立っていた。


・自民党は今政権会議でどんな自民党にするか議論している。私も参加してるが、小泉さんの小さな政府は捨てた。代わって新しい旗を建てることにしている。(新聞は新しい旗は、不必要なことをやらないこと、と書いている)


・若手政治家がこんどの自民党の敗北を分析したが、オウンゴールで負けたと結論を出した。民主党の優れた政策で負けたのではないので自分をたてなおせばいい。


・民主党は社会主義の政党と連立を組んでおり、労組がバックにいるので社会主義的なばらまき政策を取る。子ども手当てなどがその例、これに対抗するのが自民党だ。自民党は昔、共産主義や社会主義の対抗勢力として保守政治をめざすことで結党したのだから。


・自民党の若手が今新しい旗を描いているが、市民が自分でやるという精神だ。

加藤さんがいっている新しい公とは社会起業のことである。鳩山首相が考えてるのも同じようなものだと思う。


こういう感性は日本の歴史の中にふんだんにある。2001年から03年ころ、地方でアメリカとイギリスの社会起業のことを話すとすぐに理解し、そんなことは新しいことではない、この地域にも昔からあったとしばしば言われた。


各地で同じことがあったので、日本の社会の遺伝子に社会起業の感覚があるのだ、それを思い出せばいいのじゃないかと考え、当時社会起業は日本人にあっていることをずいぶん話した。


誰もが社会起業を考える時代になった。