これまでの人生の中で、言葉にうまくできない、深い感慨を覚えたというのか、心の深いところへつながっていった三つの曼荼羅があります。
三つ、という言い方をしたのは、ひとつめが夢に現れた群青色の曼荼羅で、空に浮かんでいたのです。絵とは言いがたく。その曼荼羅の夢を見たことが結婚を決めるきっかけとなり、今も自分の中に深く深く刻まれています。
ふたつめは、京都の青蓮院を訪れたとき、たまたま三百年ぶりのご開張となった「熾盛光如来曼荼羅」を見たとき、(夢で見た曼荼羅)とその場から離れられなくなりました。もちろん、すべてが同じであったわけではないのですが、そのエネルギーというのか、とにかく(同じ)と直感があったのです。
そして三つめは平山郁夫画伯の「摩耶夫人受胎霊夢」です。
曼荼羅ではないですが、私の心に映る曼荼羅でした。
そしてこの絵も、私が夢で見た原点の曼荼羅と同じ、という直感があったのです。
この写真はポストカード。仕事場の机の前に。
今日からLIFE ARTIST ACADEMYの新しいコースが始まります。
見えないものを大切にして、磨いて、それを自分の人生で形にしていこうという気概のある受講生の皆さんです。
そして、午後からは去年からのクラスの最終回。
認定証をお渡しします。
さらに一生のおつきあいがはじまります。
はじまりがあり、おわりがある。
おわりは、はじまり。
そうしてスパイラルを描きながら、
私たちはそれぞれの生き方で曼荼羅を描いているのかもしれません。
三つ、という言い方をしたのは、ひとつめが夢に現れた群青色の曼荼羅で、空に浮かんでいたのです。絵とは言いがたく。その曼荼羅の夢を見たことが結婚を決めるきっかけとなり、今も自分の中に深く深く刻まれています。
ふたつめは、京都の青蓮院を訪れたとき、たまたま三百年ぶりのご開張となった「熾盛光如来曼荼羅」を見たとき、(夢で見た曼荼羅)とその場から離れられなくなりました。もちろん、すべてが同じであったわけではないのですが、そのエネルギーというのか、とにかく(同じ)と直感があったのです。
そして三つめは平山郁夫画伯の「摩耶夫人受胎霊夢」です。
曼荼羅ではないですが、私の心に映る曼荼羅でした。
そしてこの絵も、私が夢で見た原点の曼荼羅と同じ、という直感があったのです。
この写真はポストカード。仕事場の机の前に。
今日からLIFE ARTIST ACADEMYの新しいコースが始まります。
見えないものを大切にして、磨いて、それを自分の人生で形にしていこうという気概のある受講生の皆さんです。
そして、午後からは去年からのクラスの最終回。
認定証をお渡しします。
さらに一生のおつきあいがはじまります。
はじまりがあり、おわりがある。
おわりは、はじまり。
そうしてスパイラルを描きながら、
私たちはそれぞれの生き方で曼荼羅を描いているのかもしれません。