47歳で小学校教師から医師になった先生からの手紙 一度話す機会を見つけたい | NPO法人 ゆずりは学園のブログ

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教師から自分の夢である医師に、人生の方向を変える記事を読んだのは、本当に偶然でした。

 2022年3月11日、中日新聞にゆずりは学園の卒業式の記事が掲載されました。

東日本大震災から11年目の特集ページでもあった面に、宮城県

石巻市にある鹿島記念病院の院長をして見える木村先生の記事が掲載されていました。

まだ、コロナ過で大変な時期であり、ゆずりは学園も室内で卒業式も出来ない時でした。

 記事には「心の交流 生き残った命」とあり、震災当日救えなかった患者24人、職員3人の数字の後に、「震災の傷は今も深く、コロナ過が心の危機に拍車をかけている」

教師時代、クラスに一言も話せなかった子が会話や心の交流、見守る人の存在で人が変わっていき、その子が全校生徒の前で話せる成長が書かれていました。

「あの震災で生き残ったからには、石巻の精神科医療を守っていくことが私の使命、身寄りもなく深い孤独の中にいる人、社会や学校になじめず苦しんでいる人たちを支えていきます」

 同じ教師からのもう一つの道を選んだ私はその記事に大きな共感を覚え、この5月、木村院長先生に手紙を出しました。

すると、

先生から手紙が届きました。

「スマホ脱却プロジェクト」「大人のフリースクール」など、次々と新しい企画を考えられて頭が下がります。残念ながら今の日本では夢が持てず、海外に行く子ども達やあるいは40歳、中には20歳までに死にたいという若者がいます。お忙しい毎日でしょうが、先生とはどこかで一度お目にかかって、いろいろな話ができたらと思いました」

私は52歳でこの道を選択、先生は47歳で医師へと人生の道を変換。同じ年齢の少し似ている先生と話す機会を見つけたいと思います。

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