高千穂町、五ヶ瀬町と回ってきて、宮崎未到達の地

椎葉村にやってまいりました。

 

五ヶ瀬から行くと、1度熊本県に入ってしまうのですね!

 

椎葉と言えば平家の落人。

源平合戦で敗れ、各地方に逃げ生き延びたという伝説が

椎葉にも残っています。

 

 

宮崎県東臼杵郡椎葉村

江戸期に著された「椎葉山由来記」によると、

下野国の住人・那須宗久(通称は大八郎、那須与一の弟とされる)は

、平氏残党追討のため日向に下り、向山に拠った残党を追討。

次いで椎葉に赴いたが、残党に戦意はなく追討をとりやめた。

宗久は現地で平清盛の末孫とされる鶴冨姫と恋仲になり娘が生まれた。

やがて、宗久は本領へ引き上げたが、

娘婿が那須姓を名乗り椎葉を治めたという。

椎葉の国人・那須氏は宗久の子孫とされる。

この一連の逸話を謡ったものが

宮崎県の代表的民謡ひえつき節である。

(Wikipediaより抜粋)

 

まずは椎葉民俗芸能博物館に伺いました。

鶴富屋敷との共通券がありますので、そちらを購入しました。

館内は椎葉村での暮らしや神楽、狩猟などに関する展示物があります。

16時半に入館したので、あまりじっくり見る事が出来ませんでした。

※開館時間9時~17時

4Fからは厳島神社に行く事が出来ます。

貴乃花部屋が訪れた土俵があります。

階段を登り切る前に振り返ってみると

右が椎葉村民俗芸能博物館

厳島神社というと広島の有名な神社ですが、なぜ???

 

「壇ノ浦の戦いで破れた平家一門討伐の命を受けた那須大八郎宗久が、

椎葉山中での平家残党の叛意なき姿を深く哀れみ、

平家尊々の安芸の宮島、厳島神社の守護神を

勧請し建立したものとされています。」(椎葉村観光協会HPより)

 

 

さて、続きまして鶴富屋敷

民家としては重要な物であるとし、

昭和31年に国の重要文化財に指定。

茅葺(かやぶき)でしたが、昭和38年から火災防止のため

銅板葺きに変更しました。

 

作りとしては非常に珍しく、横に部屋が連なっています。

ゆっくりとする時間がありませんでしたが、

宿泊して食事をすることも可能だとか・・・。

 

車で行くのも大変な地域ですが、平家の方々もよく椎葉まで

辿り着きましたね。

生き延びる為に夜中の山中を歩き回った事でしょう。

 

詳しくは↓↓↓

椎葉村観光協会HP

椎葉厳島神社(Wikipedia)

椎葉村HP