FACE DOWN 7 | 空中楼閣

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主にス キ ビ二次ブログです。
原作者様および、出版社様各所には一切関係はありません。
管理人は敦賀蓮至上主義の蓮キョのみの扱いになると思います。

FACE DOWN 7




「いい、キョーコちゃん。この中に今朝のお粥が入っているから、この音がなったら食べるんだよ?」
「ぅ・・・」


慣れない手つきながら朝食を作り始めてから数日、ようやく形になって来た蓮は残ったそれを魔法瓶に入れて事務所に持って来た。
相変わらず、蓮以外に怯えるキョーコは蓮がいない時に、セバスチャンが用意してくれた食事には手を付ける事はなかった。分刻みのスケジュールを熟す蓮は昼と夕方に1時間程度顔を出す以上の時間を捻出する事はかなり難しい。だが、一日の摂取量が通常の1食に満たないキョーコの体重は目に見えて減って行く現状を打破するために蓮はある事を試してみる事にした。
それが自分が作った物を持たせる事だった。


「ここをこう・・・回すと蓋が開くからね?やってみて」
「ぅ・・・」
「そうそう、上手だね~。中身は熱いから気を付けるんだよ?」
「ぅ」


丁寧に使い方を教えてやると、基本賢いキョーコはすぐに使い方を覚えた。頷くキョーコの髪を撫でてやり、時計のアラームを10時と15時になる様にセットして、ちゃんと出来るか心配しながら社に急かされるまま仕事へと向かったのだった。



「蓮!こっちこっち!!」


そして運命(?)の10時・・・生憎、撮影中だった蓮の代わりにキョーコの様子を遠隔操作で見ていた社が戻って来た蓮を満面の笑みで手招いた。


「社さん、どうでしか!?」
「見て見ろって」
「・・・・良かった・・・」


見せられたのはキョーコの様子を録画していた映像・・・そこには抱いていたぬいぐるみを脇に置き、教えられた通り魔法瓶から中のお粥を食べているキョーコの姿が映っていた。


「上手に食べているぞ」
「そうですね。これで少しは安心出来ますね」
「ああ、そうだな。それにしても、お前がこんなに面倒見のいい奴だったとは新発見だな」
「まあ・・・彼女の事ですからね」
「だろうな!」


いじられるのを覚悟で視線を反らしながらごにょごにょと言い訳する蓮に、社はにたぁ~と笑いながらもそれ以上何も言わず保父して奮闘している弟分を全力でサポートする事を決意を新たにするのだった。





「キョーコちゃん、お散歩に行こうね」
「ぁー」


仕事の合間に事務所に戻った蓮は、キョーコと一緒にお昼を取った後、これまた日課となりつつあった散歩へと出掛けた。散歩と言っても事務所内にある中庭を歩いたり、時間の無い時には屋上まで階段で登り降りするだけだった。だが、蓮のいない時には『箱庭』の中でじっとしているキョーコに少しでも運動させるための苦肉の策だった。とりあえず、出来るだけ歩かせるために蓮はこの日もキョーコを連れ出すのだった。


蓮に手を引かれながらポテポテと歩くキョーコからは、事故前姿勢も良く颯爽と歩いていたキョーコの面影は微塵も感じられない。
その事に胸を痛ませつつ、蓮はうさぎのぬいぐるみを片手で抱き蓮に付いて来るキョーコの手を握り締めた。そんな蓮を不思議そうに見上げるキョーコに微笑み掛け、蓮はキョーコの歩幅に合わせて歩いた。今日は生憎の雨模様だったため、目的地は屋上入口に設置されている自動販売機だ。エレベーターではなく、非常階段を使って目的地に着いた蓮はキョーコに飲みたい飲み物を購入すると元来た道を戻って行った。


「あ、いたいた。おーい、蓮―」
「社さん、事務は終わりましたか?」


蓮がキョーコを連れて階段から降りて来た時、ちょうど社が非常階段を覗き込んだ。そこに蓮の姿を見つけ、社は手を上げた。

蓮がキョーコの世話をしている間、たいてい社は溜りに溜まった事務作業をしている事が主だった。だが最近、蓮のスケジュールはそれまでとは違いかなりゆとりを持っているため社の事務作業もかなり片付いていた。


「ああ、かなり片付いたよ。って・・・なぁ、キョーコちゃんの歩き方・・・・ちょっとおかしくないか?」
「え・・・?」
「ほら、なんだか歩きにくそうじゃないか?」
「・・・・・・!キョーコちゃん!ちょっとごめん!!」


社に指摘されて蓮はキョーコから少し離れてその歩き方を見た。確かに社の言う通り、キョーコは右足を少し歩きにくそうにしていた。いつもキョーコのテンポに合わせて歩いているのだが、コンパスの違いからどうしても蓮の方が半歩前に出てしまう。それゆえ、気が付かなかったのだ。
急いでキョーコを抱き上げ、廊下に置かれているソファーへキョーコを座らせると履いていた靴と靴下を脱がせた。


「・・・・・」
「うわっ、痛そう・・・」


どうやら今日の靴が合わなかったらしい。キョーコの右足の踵は肉刺が潰れて血が滲んでいた。


「キョーコちゃんっ!どうして言わなかった・・・」


驚いて声を上げる見上がる蓮にキョーコは無表情のままで見下ろしている。その顔を見て、蓮ははっとして唇を噛みしめてキョーコを抱きしめた。

キョーコは言わなかったのではない。分からなかったのだ。
キョーコが失ったのは、感情だけではなかった。キョーコは痛覚も失っていたのだった。

最初、蓮はその事に気が付かなかった。
毎日のお風呂や着替えの時には極力キョーコの身体を見ない様にしていたから気付かなかったのだ。
蓮がその事に気が付いたのは最近の事だった。記憶を失ってからキョーコは注意力が散漫しているのか、よく物に躓いたりしている事は知っていた。だから蓮はキョーコの足元に危険な物がないか注意していたのだが、先日マンションでキョーコが家具の角に足を強か打ち付けた。慌てて駆け寄った蓮はそこでキョーコの異変に気が付いたのだ。打ったのは足の脛と小指・・・どんなに鍛えられた人間でも悶絶する人間の急所と言われる場所だ。しかしキョーコは涙を見せる訳でもなく、痛がる素振りも見せず駆け寄った蓮を見上げただけだった。

その様子に不審に思った蓮がキョーコの手を少しだけ強めに握ってみた。次に手に平を抓って、みたりしたのだが、結果は同じ事。キョーコは痛がる素振りも見せずに蓮を見上げていただけだった。そこで蓮は慌ててキョーコの服を捲り、足や腕を確認した。するとそこには大小様々なぶつけて出来たであろう青痣が無数にあるのを発見した。その時になってようやくキョーコが痛覚さえも麻痺している事が判明したのだった。


「れん?」


ただぎゅっーっと抱き締めるだけの蓮を首を傾げるキョーコの声で蓮はようやくキョーコを抱く腕を解いた。


「ごめん、早く気付けば良かったね」
「う?」
「蓮、とりあえずキョーコちゃんの手当てを。その間に俺が代わりの靴を買って来るから」
「そうですね。すみませんが、柔らかそうな素材の物をお願い出来ますか?」
「分かっているよ。ああ、金ならいいって。俺からのプレゼントだって。それくらいはさせてくれよ。大事な妹なんからさ」


懐から財布を出そうとする蓮を押し止め、社は持って来た救急箱を蓮に手渡して新しいキョーコの靴を買いに事務所を後にした。


「キョーコちゃん、足の手当てしようね」
「ぁー」


キョーコを抱き上げると腕に乗せた。所謂子供抱きにしたのだが、当のキョーコはいつもより高い目線が嬉しいのかパタパタと足を振っている。


「痛かったね。ごめんね、気付いてあげられなくて・・・」


キョーコの足の手当てをしながら蓮の胸に後悔の念が募った。


「ぁー・・・れん」
「ん?」
「れん」
「なあに?キョーコちゃん」


俯いたままの蓮の髪を引っ張り、キョーコは何度も蓮の名前を呼んだ。ようやく顔を上げた蓮に両手を伸ばすキョーコを膝の上に抱き上げるとキョーコはぎゅーっと抱き付いて来た。
あやす様に身体を揺らしながら背中を叩いてやっているとキョーコから軽い寝息が聞こえ始めても蓮はキョーコを降ろす事なく、ゆっくりと背中を叩いてやった。




その後、社が買って来てくれたのは暖かいムートンブーツだった。靴屋で散々悩んだ末、これからもっと寒くなる事と、キョーコの傷に障らない物を選んだ末の結果だった。




「れん」
「どうしたの?キョーコちゃん」


キッチンで洗い物と明日の朝食の下ごしらえをしていた蓮は呼ばれて振り返ると、キッチンの入り口にうさぎのぬいぐるみを抱いたキョーコが立っていた。


「ビデオを見ていたんじゃないの・・・危ないっ!!」


濡れた手を拭いている蓮の元に近づこうとしたキョーコが転びそうになった。間一髪で蓮が支えて事なきを得たが、キョーコが部屋の中で転ぶのは珍しい事ではなかった。
このマンションは全部屋床暖房が入っているが、それだけでは心もとないのでキョーコには暖かいモコモコとした靴下を履かせていた。だがそれフローリングでは良く滑るのだ。足元の覚束ないキョーコはパタパタとするスリッパが苦手だった。どうしてもすぐに脱げてしまい、ちょっとした段差に足を取られてしまうのだ。


「ふぅ・・・ああ、そうだ。忘れていたよ。ちょっと待っててね?」
「れん・・・」


間一髪でキョーコを抱き上げた蓮はダイニングの椅子にキョーコを座らせると思い出した様に玄関に向かった。付いて来ようとするキョーコを制してすぐに目的のものを手に戻って来た。


「お待たせ、キョーコちゃん。ここに座って?」


制されたものの、やはり付いて来てしまったキョーコの手を引きダイニングの椅子に座らせると持って来た袋を開けてその中身を出した。


「ぁー」
「うん、可愛いでしょ?」
「う!」


蓮が買って来たのは足首まですっぽりと覆うルームシューズ。だが、ただのルームシューズではなく、つま先にはうさぎの顔が掛かれており、長い耳まで付いていた。その耳が動く度にぴょこぴょこと動くものだった。それをキョーコに履かせると、キョーコは抱いていたウサギのぬいぐるみとシューズを交互に見て足をぴこぴこと動かしてした。それに合わせて動くウサギの耳にキョーコは立ち上がって歩いてみた。やはりキョーコに合せて動く耳に嬉しくなったのかキョーコはぴょんぴょんと飛び跳ねた。
あの日以来、キョーコがここまで激しい動きをしたのは初めての事だった。久しぶりに見た活発的なキョーコに暫く見守ってた蓮だったが、やがて・・・


「ストップ。キョーコちゃん、ここじゃあ危ないからね?遊ぶのなら、広い所で遊んで。俺はもう少しここで用事があるから」
「・・・ぅ」


ぴょんぴょんと跳ねているキョーコを抱き上げて、目線を合わせた。元気なキョーコが見られるのは嬉しい事だったが、いかせん場所が悪かった。この部屋のキッチンは通常の家のキッチンよりは広々としているが、包丁やコンロなどの危険な物が多かった。シューズの底には滑り止めが付いているが、それも万能ではない。万が一キョーコが転んだりしてそれらに当たったりなどしたら大変な事になってしまう。
キョーコは蓮から離れる事を渋る様に暫く蓮を見上げていたが、言われた通りとぼとぼとリビングへ戻って行った。




たしっ! ぴこ


「ぁー」


たしっ! ぴこ


「ぅー」


残っている洗い物と明日の下ごしらえを手早く終えた蓮がリビングに戻るとキョーコは一人、リビングの中を歩き回っていた。
一歩一歩確かめる様に足を踏んでは、足元の耳が揺れる様が楽しくて仕方ないのか何度も繰り返しては小さく声を上げていた。


蓮と暮らし始めてキョーコは、表情こそ無表情のままだが少しずつだ恐怖以外の感情が戻ってきているようだった。


「ご機嫌だね、キョーコちゃん」
「れん」


蓮に気付いたキョーコがぴこぴことウサギの耳を揺らしながら駆け寄り、抱き付いて来た。


「ぁー」
「クスクス、そんなに気に入ったの?」
「う!」
「そっか、良かったよ」
「あー」


抱き上げられたことで宙に浮く形になった足をぶらぶらさせるキョーコに蓮は微笑みながらつるつるしたキョーコの丸みの残るキョーコの頬に口づけを落としたのだった。




続く



やっぱりウサギなのは、部屋のウサギが可愛いせいw
可愛いチビキョを目指しているんですが・・・中々描写がうまく行かきません・・・そこは皆様の想像力をフルに使って変換して下さい<m(__)m>