国民皆保険を崩壊させる医療制度改革

──アメリカでもクリントン政権のときに国民皆保険制度を導入しようとした経緯があります。つまり,アメリカは日本の国民皆保険制度を見習おうとしているのに,日本のほうでは逆にそれを崩壊させようとしています。

自見 信じられないくらい愚かなことです。日本の今の医療制度改革を進める人々は,国民の健康や命を考えてやっているのではなく,ビジネスチャンスを作ろうと思ってやっているのです。かつて,知り合いの大蔵官僚が言っていました,「どうして医療の混合診療に賛成しないんですか? ものすごくビジネスチャンスが広がりますよ。今30兆の医療費がたちまち50兆くらいになりますよ」と。また,厚労省の局長たちに話を聞いたときは,「今30兆の公的医療を20兆に縮小して,あとの30兆は金持ちだけでどうぞやってくださいということ。そこにものすごい落とし穴がありますよ」と言っていました。混合診療とは要するに公的責任を放棄するということであり,その穴を民間保険がビジネスチャンスとして利用するということなのです。
そろばん勘定だけで医療を律しようとするから歪んでしまうんです。私は今も医者をしてますが,例えば交通事故などで子供が救急車で運ばれてきて,「10万円しかお金ありませんから,10万円まで治療してください。10万円を超えたら殺して結構です」──そんな親は一人もいませんよ。ところが,財務省や厚労省はそんな医療をしようとしている。


──混合診療的が拡大して患者負担が増えると,民間医療保険に頼らざるを得なくなりますね。


自見 そこがアメリカの狙いだから。94年に日米包括経済協議によって、外資系のみに保険の第三分野,すなわち医療保険や障害保険の販売が認められることになり,自国市場でありながら,2001年まで国内の保険会社は参入が認められていなかったのです。そして今,この医療保険が一番儲かるんです。
アメリカにとっては,自分たちが儲かるなら,日本人がのたれ死のうとどうでもいい。自分たちが儲けるには,公的医療保険を崩さないといけない。日本の公的医療保険があまりにもうまくいきすぎているから。それが,一連の医療制度改革の隠れた動機です。そのアメリカの意を受けて小泉以下,経済財政諮問会議や規制改革・民間開放推進会議が公的医療保険を崩壊させるべく厚労省に圧力をかけ,マスコミを誘導しているのです。


──医業への株式会社参入はどう思われますか。

自見 医療機関を株式会社化するためにも,公的医療を崩壊させないといけないんですよ。それをぶち壊さないと金儲けができないわけです。だから診療報酬は2年後にまた必ず下げますよ。より小さな政府にもなりますし,その一方で患者の自己負担は多くなります。そこに民間医療保険が入ってくると同時に,医療を株式会社化して,厚生年金病院グループとか労災病院グループとかをアメリカの巨大な病院株式会社が買っていくという話です。儲からないへき地医療は政府と日本人の医師に押しつける。それはもう目に見えているじゃないですか。日本人のために医療改革をするのではなく,アメリカの世界的な金融市場のために,さらにそれの盲従している日本の一部の大企業に奉仕する医療に変えていこうという話です。


──なぜ,そのような国と国民の命を売るような政策が実現してしまうのでしょうか。

自見 アメリカと日本では国力に差がありすぎるし,小泉と竹中がアメリカの提灯持ちをしているからですよ。それまでは,こんな愚かな政治家はいませんでしたよ。
 日本の内閣総理大臣の3つの条件を知っていますか? 1番目は議会の支持。2番目は国民の支持。そして実は3番目が一番大事で,アメリカの支持なのです。
だから,アメリカにとってこんなにいい総理大臣と大臣はいませんよ,小泉と竹中は。しかし,日本国民にとってみれば,こんなに不幸な総理大臣と大臣はいないですよ。民は痩せ細って金持ちは益々金持ちになって,貧乏な人は医者にもかかれなくなりますよ,今のこういう流れを止めないと。


──もの言えば唇寒しで,自民党内で異論を唱える人が少なくなってしまったように思われますが。

自見 それは小選挙区の弊害です。小選挙区になったらこうなるんですよ。だから私は小選挙区には反対しました。多様な意見が許されなくなる。中選挙区ならいろいろな考え方の政治家が共存できるんです。自民党はこの5年間で変貌したんですよ。本来自民党は幅の広い,強いけれども弱者にも地方にも優しい政党だったんです。今は経済活性化,国際競争力強化の口実のもとに金持ちだけの味方,大企業だけの味方,地方と弱者(患者・高齢者・中小企業)切り捨ての冷酷,狭量な政党に急速に変質したのです。これではポッキリ折れますよ。


──今回アメリカの中間選挙で民主党が勝ちましたが,対日政策に変化はあるのでしょうか。

自見 変わらないでしょうね。それはアメリカでも超党派の「奥の院」のごく少数が作ったプログラムだから。このままだと日本はアメリカに騙され続けるだけですよ。

経済的規制緩和と社会的規制緩和

──規制緩和については,緩和すべき規制と緩和してはいけない規制があるように思われますが。

自見 経済的な規制緩和はしていいですよ。郵政大臣のときに携帯電話の料金の規制緩和をしたのは私ですよ。郵政大臣は許認可しません,料金は社長が決めればいい,その代わり経営責任はあなたにありますよと。明治以降,電話料金はすべて公共料金として郵政大臣が決めていたんですが,その規制緩和をした。そうしたら,競争が生まれて料金も下がり,サービスも多様化し,たちまち8000万台になりました。そういう規制緩和は必要なんです。当時私は「ミスター規制緩和」と呼ばれたんです。(笑)しかし,規制緩和をしていいことと悪いことがあるわけです。社会的規制,特に人命に直接かかわる医療は規制緩和をしてはいけないんです。その判断が大事なんです。
今は経済的規制緩和も社会的規制緩和も一緒くたになってしまっています。だから私は言うんですよ,それなら「株式会社警察庁」にしたらどうかと。10万円もってこないと護ってあげないと(笑)。10万円ないなら強盗に殺されてくれと。今アメリカの医療なんてそうですよ。病院へ行ってまず何と聞かれるか,「お金をもってますか」と聞かれますよ。お金がないと言うと,どうぞお帰りください。それが現実ですよ,アメリカの。

先祖帰りした資本主義

自見 政界だけでなく経済界もずいぶん変わってきましたよ。これはもうほとんどの人が言わないのですが,10年前は総医療費の25%を企業が負担していました。それが今は20%しか負担していない。その5%をどこが負担したかといえば,地方自治体と患者さんです。
厚労省のある局長の話では,最近は社会福祉政策などと言っても経済界には相手にされないそうです。そんなこと言ったら国際競争に負ける,帰れと蹴飛ばされかねないと。経団連と日経連が日本経団連に統合されましたが,かつて日経連にいた社会福祉政策と社会労働政策をする人がいなくなってしまい,事務局もなくなってしまったそうです。企業が不況下で会社が生き残るためにリストラと国際競争に打ち勝たなければならないという口実のもとに,社会的責任をどんどん放棄しているのです。
理由は簡単です。1991年にソ連共産党が崩壊して世界は変わったんです。これまで企業が社会保障制度や社会福祉制度を一定程度担ってきたのは,共産主義,社会主義を防ぐためだったのです。そのためには,労働者や国民に少し富を分けてあげないといけないと。それが本音にあったのです。かつて日本社会党が言ったことを3年後に自由民主党がやって,社会保障制度とか最低賃金制度だとか時短だとかやったのは,単に社会党が勝たないためにやったのです。
だから,ソ連共産党が崩壊して革命が起こる心配がなくなった今は,経済がグローバル化し,一方BRICsの経済の台頭もあり,儲けた金をもう貧乏な労働者に分けてあげる必要がなくなったのです。個人の労働分配率は下がりっぱなしです。いくら労働者や貧乏人を虐めまくってもかまわなくなった。だから私は,資本主義は「先祖帰り」したと思っています。グローバリゼーションという名の元に,18?19世紀の冷酷な金儲けの権化みたいな資本主義に戻ってきたと思っています。昔の帝国主義,人を殺しても物を取りさえすればいい,植民地にしてその国の富を奪ってくればいい,そういう本質がむき出しになってきたと私は思っています。
ですから,会社が儲けても,もう労働者には分配しませんよ。会社は景気がいいけれど給料は増えない。国民所得も増えない,だから消費も伸びない。「実感なき景気回復」です。その分が株式の配当に行ってしまうのです。株主配当は半期で2兆円を超えて史上最高になったそうです。これはもうアメリカ型ですよ。「会社は株主のもの」という思想です。この考えのもとでは,人は会社の付属品として人身売買される商品,部品になり下がったのです。
簡単に言えばこの10年間で国民は3兆1000億円の増税になり,企業は1兆1000億の減税になったのです。昔は企業に勤めている人も利益にあずかれたが,今は経営者や株主に利益が集中してしまっています。小泉政権下での労働法の規制緩和の結果,会社共同体が正社員を440万人もクビ切って,正社員の給与は450万円です。派遣労働者は平均200万円。パートの労働者に至っては110万円です。パートと非正規社員は660万人増えて,4人に1人は非正規社員です。──日本の社会は崩壊しつつありますよ。


──外資の支配率も相当上がってきましたね。

自見 今,日本の一部上場企業1600社の株の約25%は外資が所有しています。キヤノンは51%、ソニーは60%,NTTも24%の株は外資が所有しているのです。
NTTの社長になって最初の仕事は約3ヵ月かかって外国の大株主のところへのあいさつ回りだそうです。毎日売買される株のうち60%は外資によるものですから。それと,これは朝日新聞の記事ですが,いつの間にか,北九州の超一等地がゴールドマンサックスの支配下になっていたという話もあります。中央郵便局の跡地を再開発するのですが,日本のデベロッパーが,最初は日本の1社だけが関与していたのですが,最後になって,ゴールドマンサックスが筆頭株主の外資系のデベロッパーが割り込んで来,SPCというスキームを活用して支配してしまった。ゴールドマンサックスがなんで来たかわかりますか? 同じスキームで東京中央郵便局,大阪や名古屋の中央郵便局の跡地を取ってやろうということです。
これが郵政民営化の実態です。まだ完全に民営化にならないのに早くも尻尾を出しましたね。だから,早晩こういうことになるわけですよ。日本の優良資産が根こそぎ外資の手に落ちていく。だから私は反対したんですよ。

日本のマスメディアの問題

──本来そのような問題を提起すべきマスメディアがその役割を果たしていませんね。

自見 マスメディア,特にテレビは1%視聴率が上がれば100億円儲かる世界ですから,もう完全に商業主義で,どんどん愚劣になっています。また日本の新聞も官庁や業界団体に記者クラブを作って,役人の「かわら版」みたいなものですからね。だからほとんどの日本の大新聞は70%は同じ内容です。中身を検証する能力もなければ忙しくて時間も人手も不足しており,批判精神もない。フェアでさえない。政治信念に基づいて政治生命をかけて郵政民営化に反対した我々に「守旧派」とか「造反議員」というネガティブなレッテルを貼って,小泉に一方的に肩入れしていましたから。


──郵政民営化や医療制度改革でも,マスメディアは官邸寄りの偏った報道をしましたね。規制緩和はとにかく善,規制はすべて悪だという姿勢です。

自見 規制緩和は役人に対する反感を利用していますが,本当は規制緩和したら大企業が儲かるわけで,役人が生け贄なんです。そして世界一の大企業はほとんど米国、ヨーロッパにあるのです。日本医師会も同じです。大新聞はこぞって日本医師会が悪いと。ある厚労省の役人が言っていました,「医療改革をしなくても日本医師会を悪人にしておけば,医者の奥さんがミンクを買ってダイヤモンドを買ってけしからんと,その反感さえ煽っておけばいい。本当の医療改革をしなくていいから助かります」と。


──郵政民営化がアメリカの年次改革要望書に沿ったものだと指摘した論説も黙殺されています。

自見 新聞は,アメリカに都合の悪いことを書くと,アメリカのホワイトハウスと国務省の記者クラブから追放されるからアメリカの言うとおりに書くしかないのです。だから日本の朝日新聞がワシントンの記者クラブを追放されたじゃないですか。そういう構造があるから,私が郵政大臣のときにワシントンでやった日米電気通信交渉でも,日本の新聞はアメリカが言ったとおりに書きました。向こうの言ったとおりでこちらの言ったことは何も書かない。
日本の新聞を一番真面目に読んでいるのはどこか,それはアメリカ大使館ですよ。隅から隅まで読んでいますよ。そしていちいち文句をつけるんです。テレビも同様ですよ。


──マスメディアも政治も経済も,社会の隅々までアメリカの支配構造が行き渡っている感じですね。

自見 だんだんね,洗練された帝国主義がしみ渡ってきましたよ。

日本医師会と自民党の変質

──そのような社会の流れのなかで,日本医師会のスタンスも,あの05年の郵政解散・総選挙後,少し変わってきましたね。

自見 まったく変わりましたね。日本医師会も今の医師会長になった途端,医療制度改革に賛成したじゃないですか。こんなことは戦後初めてですよ。患者さんの負担が増えることに賛成するなんて。日本には患者の組合というものがないので,日本医師会は戦後50年,患者の代表としても発言していたんですよ。患者の負担増については,患者が減るという本音もあるかもしれませんが,基本的には患者さんの立場に立って反対してきた。
 それが今は自民党にしっぽを振っているばかりだから,足下を見られて,患者の負担は増えるし診療報酬もますます下げられるんですよ。こんなに財務省や厚労省にとっていい医師会はないですよ,抵抗しないんだから。


──今,中医協に医師会代表と病院団体代表が加わるようになりました。病院の医師のなかには混合診療解禁を歓迎している人もいて,医療者間で意見が割れるようになってきましたね。

自見 それがディバイド・アンド・ルール,分割統治ですよ。医者のなかの意見を分けたらもうシメシメですよ。それは伝統的なアングロサクソンのやり方であり,官僚のやり方です。わずかの違いの部分に塩を塗って大喧嘩させて,結局は全体を統治しやすくするというのはもう常套手段ですよ。
私が自民党の医・歯・薬・看出身の医系議員連盟のカトレア会にいたときは,私が会長代理としてまとめていましたが,それだけはさせなかったですよ。診療報酬をきちんと確保するまでは絶対に配分に関して喧嘩したらいけませんよと。配分は診療報酬をきちんと確保してからやってくださいと。だから,それこそ04年の診療報酬改定は小泉政権下でも一糸乱れずにやってちゃんとプラスマイナスゼロになったじゃないですか。それから分ければいいんですよ。先に分けることを考えていると,必ずそこに手を突っ込んでくるんです。沈みゆくタイタニック号の中でね,フランス料理がいいか中国料理がいいかで大喧嘩しているようなものですよ。その前にね,タイタニック号に空いた穴を小異を捨てて大同につき,各議員,医療団体と協力して皆で埋めなければいけないのです。目先の利害のことだけで喧嘩されるというのは為政者の常套手段なんですよ。


──自民党の医系議員のスタンスも,あの05年の総選挙後,変わってきたように思いますが。


自見 文句を言う奴は公認しないでクビだから,みんな官邸にすり寄りますよ。ネオコン政治一色ですよ。社会保障を削ることが改革で正義だと思っている。かつては私と木村義雄代議士らと歩調を揃えて官僚を相手に,国民の声を代弁して社会保障を充実しろと,22年間,ドンキホーテのようにやってきたんです。その私もいなくなって,今バランスを崩しているんです。
面白いことを教えてあげましょう。前々回の改定で2.7%の診療報酬の引き下げがありましたね。あのとき,大蔵省はA案B案C案ともっていて,まずは第一原案としてA案をもってきた。そのA案では,ある一定の条件下のお年寄りの自己負担が13倍に上がるところだったんですよ。それで木村さんと私とで午前中4時間午後4時間,官僚たちと大喧嘩したんです。そうしたら,第2案をもってきました。そして引き上げ幅は3割になった。負担総額は一緒なんです。面積と同じで,どこをどう積算するかで,数字はいくらでも変えられるのです。
 そして05年10月末に成立した障害者自立支援法では,負担が一番上がったのは13倍でした。A案がそのまま通っているんです。小泉・竹中独裁政治になって国民から選ばれた議員も政党も機能していないですよ。小泉チルドレンが83人もいて,医療・福祉にかんする知識も独自の政策もなくただ「改革,改革」と叫んでいるだけですからね。(笑)
あれは財務省が一番ビックリしていますよ。障害者自立支援法は私が落選してからできた法律ですが,13倍というのを見てこれはA案が通ったなと。厚生事務次官の経験がある人が「財務省がネオコン思想(小さな政府,自己責任,弱者切り捨て,社会保障の削減は正義である)に悪乗りしている。さらに,06年改定では与党のなかから医療費を上げようという声が全然聞こえてこなかった」と言ってました。主張すべきは主張していかないと,それこそ財務省や厚労省の一方的な切り刻みになってしまいますよ。


──今後もこの流れは変わりそうにありませんか。

自見 変わらないでしょうね。だから,私がいなくなって一番喜んでいるのは財務省じゃないですか。総額医療費管理制度というのは05年の6月に1泊2日でガンガン大喧嘩して,私が経済財政諮問会議の原案を削ったんですよ。それが,05年の9月11日の総選挙で私が落選して,9月15日の谷垣財務大臣の記者会見では,あの与党との合意は政府としてご破算にしますと。要するに,総額医療費管理制度を再度俎上に上げようということです。


──医療側としては総額医療費管理制度を導入されるのが最も嫌だから,それを避けるためにそのほかのことで妥協を重ねているような印象です。切り札を相手に握られた恰好です。

自見 そのとおりです。総額医療費にするぞするぞと脅かして診療報酬を下げるというやり口です。それと同じように使われているカードが「医師免許の更新制」です。そんな制度を導入したら法医学の先生がいなくなりますよ。法医学なんて、専門化の最たるもので,学生時代に習得した一般的な医学知識・技能とはかけ離れたものです。「免許更新」になじむはずがありません。だいたい厚労省にいる240名の医者,技官はみんな落第だろうと。それに医師に導入するのなら,官僚の国家公務員上級職試験も10年に1回試験をするのか,弁護士や裁判官も10年に1度更新試験をするのかってことです。そう脅かしたら諦めたようですね(笑)。それに医師の場合,悪いことをしたら医道審議会で医師免許の剥奪まであります。そういうシステムがあるのに,「医師免許の更新制」をもち出してきたというのは,医師への脅かし以外の何ものでもないですよ。