熊親父

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「親父が生きていたらなー」

 

と泣けてきた。

 

 

 

おれなんかよりよっぽど親父の方が農家向きだと思う。

 

百姓という言葉がぴったりの男だった。

 

 

 

機械工学的な大学を卒業したらしい。

 

電気、水道、ガスを扱えて家も建てられる。

 

 

「テレビを解体していたら感電した。電気が肘から抜けて危機一髪だった

 

抜けなかったら危なかった」

 

とかわけわかんない自慢をしていた。

 

 

ナタを持って山に入り、熊の如く木に登り渡り

(北海道は猿はいないので近いのが熊)

 

秋にはコクワ(サルナシ)、ヤマブドウを採る。

 

キノコを採ってきて数冊の本と照らし合わせても分からないキノコ

 

「とりあえずおれが食べてみる」

 

と食べて下痢をする。

 

「おれが下痢するくらいだからお前たちが食べたら大変な事になる」

 

と毒見チャレンジに勤しんでいた。

 

 

冬はスキーに連れていかれ

 

春には山菜採り

 

夏は海でキャンプ

 

庭では家庭菜園

 

登山にも連れていかれた。

 

 

独身の頃は蝶々を追いかけてあるいていたらしく

 

標本が残っていた。

 

とにかく自然を楽しんでいる男だった。

 

 

 

そんな父は、子ども私から見ればわけわかんないだけで

 

遊園地連れて行ってくれよ。

 

と他の子どもと同じ遊びを望んでいた。

 

他の家庭に憧れていた。

 

 

 

 

ただ、父はどんな質問をしても答えてくれたのでそれが大人だと思っていた。

 

 

段々成長して、他の大人と接していくと

 

知識の少ない大人もいるという事を知った。

 

 

 

 

 

そんな父を19歳で亡くし

 

 

20代になって自然に対して興味が湧くようになると

 

「色々聞きたいことあったなー、親父が生きていたらな」と初めて思った。

 

 

 

その後はたくさんの義理の父たちに恵まれ、育てていただき

 

しばらく親父の事を忘れていたけど

 

 

「親父は農業に縁がなかったのかなー。

 

おれなんかよりよっぽど向いていると思うけど。」

 

って思い出した。

 

 

今になって背中を思い出すと

 

親父も自分の居場所を必死に探していたように思えてきて。

 

 

 

 

 

おかんは遺品整理で大体の工具を捨ててしまったんだけど

 

残っていたのを譲りうけた。

 

 

 

 

 

 

親父が亡くなった歳まで約15年。

 

どこまで近づけるかな。