2人のコンビネーション…音夜と唯香
     ライバルからそして…⑥

 

 


「もし、心も全て幼くて甘えたい頃…その相手に撥ね付けるように拒まれたら、甘える事の幸せを感じられない幼少期を過ごしたなら、その心はどうやって幸せを感じる事が出来ると思いますか?」
 蓮が窓の外…目に映るビルよりも遠くを見ながら言った。
「それは虐待か?」

 

 蓮は話しすぎたと思いながら、この監督になら話しても何か答えを貰えるような気がして…再び話し出していた。
 監督の目も真剣になり、その幼い相手を予想した。
「其処まではいっていませんが…ネグレクトに近ければその範疇に入るでしょうか。撥ね付ける相手に自覚がなくとも、幼い心は泣きながら自分の心を抱き締める。そして誰かに必要とされることで、心の傷を癒やしたくて頑張ろうとする…」

 

 蓮の話し方に監督はそれがキョーコだと気付いて視線をやった。
「やった当人に自覚がなくとも、子供が不憫だな」
「ええ。でも幸いにも手を貸してくれた人もいました。心に傷を抱えながらも、子供から少女へと成長する事は出来ました。其処からは…少しばかり俺には嬉しくない経緯を経て、彼女を俺の近くまで導いた人物がいたと言えますが」
「君にとってその経緯がなければ、君達は出会う事はなかったというのか?」監督も興味深げに聞いた。
「悔しいかな彼女が1人で芸能界に入る切っ掛けは、皆無でした」
「つまり、君にとってライバルの様な存在か?」
「当たらずとも遠からずです」と蓮は苦笑した。
「君にしたらやっかいな存在だな。居て欲しくはないが、居なければ君達の再会はなかった事になる」
 監督は蓮への同情を禁じ得ない複雑さを感じた。
「そこは…割り切る気持ちを持つしかないですね。もしもと考えれば、彼が居たから彼女は故郷を離れた。彼の行動は許しがたい事ばかりですが、キョーコが芸能界に入るには少々歪んだ気持ちであっても、その切っ掛けが必要だった。俺の前に現れて険悪な時間もありましたが、俺を先輩として慕ってくれたからこそ、キョーコは俺を見つめてくれた。同じ役者としての時間の中で、頑なな心が蕾から開くように本当の彼女を見詰められた。彼女の心を待つことが出来たんだと思います」
「彼女も君も、互いを大切に思えるようになった訳だ」
「はい。でも、出会いが最悪でしたから、誤解が解けるのは難しいものだと思いました」
 それでもキョーコが持っていた、アイオライトが2人を結び付けた。

 

 蓮はその頃のキョーコとの遣り取りを思い出せば、苦笑せずにはいられない。誤解が解けてみればキョーコにとっては神々しいほどの先輩であり、蓮にとっては子供の頃の数少ない温かな思い出の少女が心の一部を変えてしまっていた。復讐という闇に流された心。だが自分の変化に比べれば可愛いものだと言えたが、一途であれば一点に込められる想いは直ぐには消せなかった。
 蓮にとってもたった一つの夢を汚される思いに、穏やかと言われる性格が彼女に対してだけは、何処か本音を晒して行動する自分。社にも「お前らしくない」と言われた事もあった。

 

「俺にとって、知らぬうちに彼女には素の自分を出させてしまう数少ない人となりました。だからこそ大切な女性です」
「つまりは…君の中の仮面や鎧を外させる事の出来る人物だと言う事だ。『敦賀蓮』と言うのが作られた君ならば、そんなモノも関係なく、心が呼吸できて寛げる…本当に安心出来る一握りの人だと言う事だ」
「惚気かね?」とジョークで苦笑した監督に、「そんなつもりは…」と言いかけて「かも知れません」と訂正出来なかった。
「彼女には、欠けてしまいそうになった…優しさ、愛おしさ…笑うことを思い出させてもくれました」
「彼女のホッとさせてくれる笑顔が、心までもチャーミングだね」
「そうですね。彼女の笑みは内から来る強さでもあります。俺も直ぐには開けませんでしたが、過去や真実の中に弱さを隠して、今の自分になる為には彼女が必要でした」
「自分の弱さを見せていいほど、そこまで惚れ込んだか?」
 ニヤリと…でも優しさを含んだ笑みで蓮を見た。
「そうですね。俺には彼女しかいませんから…」
「流石の君も嬉しい弱点だな」
「はい」
「過去のことは経験値だ。弱点があっても今を作った過去は、一つの財産だ。マイナスもプラスも、今の自分を作ってプラスが少しでも上を行けばいい」
「プラス…。俺にとって彼女という存在は大きなプラスで、掛け替えのないもっと上を目指す心の助けです。何かあっても、彼女が俺を奮い立たせるエネルギーになる」

 

 カインとセツカ。あの時、顔を出した久遠の闇を、御守りのセツが吹き飛ばしてくれた。
 村雨との遣り取りで、人でなくなるほどの闇から正気に戻してくれた。
 心の支えにも、俺が血で凍り付きそうな時にも、呼び戻してくれた。

 

「互いに助け合い、2倍、3倍と強くなれる人生の相棒であれば、人生は楽しくなる。ドラマの音夜と唯香のように、2人が1人になって強みになるからな」
 監督の言葉は、自らの経験もあるのか説得力があった。
「1人にはしません。もう1人にはなりません」
 2人が揃ってこそのこれからの人生だと蓮は思った。

 

「君は有言実行の男らしいからな」
 頼もしい言葉に監督も嬉しそうだ。
「勿論、その分努力も惜しみません。離したくない大事なモノなら尚のことです。俺の中の宝物です。欠けた宝物は俺を弱くするかも知れません。でも、取り返す為に強くなります。助けて強くなり、助けられて強くなる」
「1人では落ち着かないか? 2人が当たり前になるのか?」
 蓮の頭の中で幸せなキョーコが笑っていた。
「かも知れませんね。どちらにしてもお互いが強くなれるように努力するのは、音夜も俺も変わりないです。唯香も肩肘張って男の現場で頑張りますが、女だから必死になっている訳でもない。刑事という仕事に誇りを持っているからこそ、音夜も同じ思いを抱える仲間として見ている中で、唯香に心が動いた」
「どちらも仕事に誇りを持つくそ真面目で、そこが惚れたという処だな」
「ええ。気付いたら同じモノを見ていた似たもの同士だからこそ…その絆は強いのだと…」
 同じ光は、多分アイオライトが示してくれる指針だ。

 

* * *

 

 後日、本放送の時のメンバーの顔合わせで、監督とも馴染みの役者が、声を控えめに監督に聞いた。
「監督。今回のSPは、本物の最後なんでしょうね?」
「ああ、そうだ。どうした? 気になる事でもあるのか?」
「簡単ですよ。京子さんがキレイになり過ぎてきたからですよ。前は何処かぼっこい小娘で、スカート姿も見せないボーイッシュささえあったのに、今は音夜を見る目に色香が籠もる。激しいアクションシーンで音夜を見る目は心配して、素直に心を映して…本物の恋人だからだけではない恋を映してます。このSPは2人の幸せをラストとして楽しみますよ」
「頼むぞ。本当の最終回だ」

 

 キョーコ達には聞こえない…だが2人を応援する先輩俳優達が囁いていた。                          

 

 

 

≪つづく≫

 

 

 

web拍手 by FC2