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現代の釈迦・イエスと云われた


大覚者・知花敏彦先生の言葉です。


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みなさんはよく誰かを負け犬だと言いますが


自分が負け犬のようなものです。


他人のことではありません。



何に負けていたかというと


自分に負けていたのです。


自我に負けていたのです。



真の自己が


偽物の自分に


負けていたのです。



真の自己


普遍的な大霊です。



外側の自分は


偽物の我ではありませんか。



神我が偽我に


打ち勝つことを


勝利といいます。



今まで


あなたがたは


偽我の味方に


なっていました。



本物の方には


力を貸さないでいたのでは


ありませんか。



今からは


そうではなく


本物の自分を認めることによって


外なるものが


内なるものを


認めることによって


「外なるものが、内なるものとなる」となります。



小さなものが


大きなものを


認めたとき


小さなものは


大きなものとなります。



個人的なものが


普遍的なものを


認めたときに


個人は普遍となるという意味です。



個人は実在していません。



みなさんも


外側で見ると


個人ですが


内側には


個人はありません。



生命には


個人生命や


個人的霊や


個人的神は


ありません。



そこには全体者が


あるだけです。



全我なる


普遍我なる


宇宙我なる


我があるだけです。


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現代の釈迦・イエスと云われた

大覚者・知花敏彦先生の言葉です。

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これまでの人間は、

魂の成長について

何も知らないままに

生きて来ました。


だから

「この世の困難はなぜあるのだろうか」と、

「その困難が誰が何のためにつくったのだろうか」

ということを

知らないでいるのです。


この世の困難は、

私たちの成長のためにあるのです。


「地上界は修業の場である」

とよく言われていますが、

何故そう言われているのか

ということを、

追求しなければならないのです。


私たち一人びとりは、

みんな魂を持ち合わせています。


その魂の成長のために、

この世の悪があるのです。


悪がなければ、

魂は成長できないのです。


いろいろな悩み・

苦しみを体験させて、

強くさせるように、

わざわざ神は、

あなた方に

試練を与えて下さっているのです。


その神が

与えて下さった試練を、

あなた方がいろいろな悩み・

苦しみを体験して、

その試練を乗り越えた時、

あなた方の魂は成長するのです。


それが多いほど、

その人の魂の成長は

多くなるのですが、

試練もなく、

安楽な生き方をしている人ほど、

魂の成長は遅れてしまうのです。


神は私たち

一人びとりの魂に

「真我」を付けて、

この地上界に降ろして下さいました。


この真我こそが、

私たちの本質、

即ち『神』なのです。


そのとき、神は、

私たちの本来の自分に

気づかせないようと、

10パーセントという

表面意識のみを持たせて、

地上界に

降ろして下さっているのです。


その表面意識は、

自分の実体を

知らないがために、

この世の

善悪という苦しみの中で

生きるのです。


それに

「自分が何処から来たのか」

ということも

失わされているのです。


だから

自分の過去も未来も分かりません。


ただ形あるものだけを評価して、

生きられるように

降ろして下さっているのです。


そこに、

神はあなた方と共に、

神は常にあなた方を

守護しようとして、

あなた方に

過ちを起こさせないようにと、

神は90パーセントの意識として、

あなた方の中に

存在されているのです。


10パーセントの表面意識は

「自己意識」といって、

あなた方自身が

自分で使える意識です。


残りの90パーセントは

「潜在意識」といって、

神ご自身の意識、

即ち、

神の御意志が存在するのです。

これが私たちの実体なのです。



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知花敏彦先生の講話「魂と肉体の目的」は、

知花先生のお弟子さんである

重川風天さんの会社が

小冊子にして

税込み110円で販売されています。






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現代の釈迦・イエスと云われた

大覚者・知花敏彦先生の言葉です。

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自己解放というのは、

この個人を

無限に解放することを

いうのです。


皆さんは自己解放が

出来ているのでしょうか?


自分は無限だと

思った瞬間、

自己解放です。


自分を個人だと

思った瞬間、

自縛なのです。


正想念というのは、

「我無限なり」と思うことです。


本来のあなたは、

無限であって

個人ではないのです。


自らが、

無限大の自分を

個人にしたいのですから、

これを自縛というのです。


自らを縛る、

自分が自分を縛るのです。


では、

誰が解放するのでしょうか?


それは

自分でしか

出来ないのです。


他力本願では、

自己を解放することは

出来ないのです。


個人を無限に返すことを、

天に返すというのです。


無限のことを

天といい、

個人のことを

地といいます。


個人と無限は

一体であり、

不可分で、

この人間という形体は、

無限という形体から

離れることは

出来ないのです。


現に皆さんは、

無限の中に

今存在しているのです。


無限の外は

ないのです。


個人でもない、

肉体でもない、

人間でもなくて、

無限そのものではありませんか?


なぜ個人を見るかというと、

その形を見るからです。


本質を見れば、

即無限なのです。


個人的本質などないのです。


その本質は

区別することができませんから、

普遍原質であり、

普遍我、

宇宙我、

大我といいます。


「私は人間です。個人です」などと、

馬鹿げたことを

言わないでください。


また自分を個人だと

見ないことです。


あなたは、

正しくものを

見るということは、

個人を自分として見るべきか、

無限を自分として見るべきか、

どちらでしょうか?


今現在、

自分は正しくものを

見ているのか、

見ていないのか、

個人を見ている人は誤りで、

無限を見ている人が正しいのです。


開眼した人は、

自分を無限と見ます。


本物の自分を見るからです。


真我(神我)到達は、

無限への到達です。


個人意識は迷いで、

宇宙意識は悟りとなります。


悟った人は、

「我は個人」とはいいません、

「宇宙即我、我即宇宙」といいます。


悟るも、迷いも

誰次第かというと、

自分次第です。


あなたを

迷わせているのは、

あなた自身であって、

誰もあなたを

迷わせている人は

いないのです。


だから本来、

迷いというものはないのです。


悟りが絶対実在ですから。





ーーーーーーーーーーーーーーー

《ご参考》

知花敏彦先生とは〜

http://www.futen.info/chibana/index.html


わたし知花はかつて、イエスや釈迦を指導していたことがあります。


その時の名前はトートと呼ばれていました。


もう人間に生まれてくる必要がなかったのですが、


 地球が、人類が大きく変化しようとする時に


 あまりにも人類の意識が上がらない為に


地球、人類が大変なことになるので、


 天の世界からやむえず、地球を守る為に肉体をもってきたのです。








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現代の釈迦・イエスと云われた

大覚者・知花敏彦先生の言葉です。

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皆さんはよく

宇宙意識という言葉を

口にしますが、

宇宙意識とは何であるかは

よくわからないと思います。


宇宙とは、意識体です。


宇宙意識というのは神意識、

個人意識というのは自我意識。


宇宙を自分だと思っている人は

宇宙意識の人。


自分を個人だと思っている人は

個人意識の人です。


皆さん、個人というものは

本来、存在しないのです。


宇宙のみがあるのです。


皆さんはどなたも、自分は個人だという

制約を勝手につくっているだけです。


皆さんは、個人でしょうか?

無限宇宙なのでしょうか?


無限宇宙なのに、

勝手に個人という制約を

つくってしましたのです。


実在しているのは、

宇宙のみなのです。


しかし、皆さんは

「自分が個人である」という制約を

自らつくって、

自縛しているのです。


残念ながら、

「自分は個人であります」という

人がほとんどです。


個人は無限の現れにしか過ぎない、

個人は無限の仮の姿、

個人は仮相、

無限は実相なのです。


皆さんは、

この仮相の個人を見て、

無限という宇宙を

観てないのです。


自分を宇宙だと思っている人の意識を

宇宙意識といい、

自分を個人だと思っている人の意識を

個人意識というのです。


それは、正しく思っていないから

なのです。


宇宙だと思うべきなのです。

個人だと思ってはならないのです。


勝手に皆さんは、

個人だという制約をつくり、

束縛、自縛、

自分で束縛してしまったわけです。


なぜ皆さんが無限なのかというと、

個人は無限の現れにしか過ぎないからです。


この人生は、

海の上に浮いてる

泡のようなものです。


泡は大海から生まれ、

また消えると

大海に戻ります。


大海に戻ると

一個という泡の区分は無くなり、

大海という無限大になります。


人間は泡のようなもので、

「自分は一個の泡のようなものである」と考え、

「泡が消えると自分も死ぬ」と考えているのです。


決して「自分は大海から出て、大海へ帰る」ものだとは、

考えていないのです。


人間がどう考えようが、

泡が大海から生まれ

大海へ帰る事実は

変わりようがないのです。


その泡の本質は即、大海であり、

無限界なのであり、

泡は大海の仮の姿なのです。


個人は仮相で、

無限は実相なのです。


実際にあるのは、

泡でなく、

大海のみなのです。


どうして個人という制約を

つくるのでしょうか?


皆さんはいつまでも、

この個人という制約を

捨て切れないのです。


あなたは、

無限の大海であって、

個人や泡ではないのです。


なぜかというと、

この宇宙には

無限大のエネルギーと質料が

遍満しており、

その無限大のエネルギーと質料で

成り立っているのですから、

個人は無限の仮の姿となるのです。



ーーーーーーーーーーーーーーー

ご参考

知花敏彦先生とは〜

http://www.futen.info/chibana/index.html


わたし知花はかつて、イエスや釈迦を指導していたことがあります。


その時の名前はトートと呼ばれていました。


もう人間に生まれてくる必要がなかったのですが、


 地球が、人類が大きく変化しようとする時に


 あまりにも人類の意識が上がらない為に


地球、人類が大変なことになるので、


 天の世界からやむえず、地球を守る為に肉体をもってきたのです。








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現代の釈迦・イエスと云われた

大覚者・知花敏彦先生の言葉です。


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まず、人間の本質は何かというと

愛であるのです。


霊と水は無かったとすると

人間という影は

存在できません。


これが愛なのです。


物はすべて、

霊と水のバランスで

存在しています。


愛は何かというと、

光なのです。


愛光といい、

愛という光がなくては

この世という影は

存在できず、

ゆえに

肉体というものは

影の自分であるのです。


物質の世界は

影の世界であり、

物質のことを陰といい、

陰というのは影の意味なのです。


物質性は陰性といい、

影の性です。


霊は

陽であり、

陽は

光という意味なのです。


これは、陽性ですから

光なのです。


陽という光がなくては、

この世という影は

存在できません。


それでは、

始めに影ありきなのでしょうが?

光ありきでしょうか?


光ありきですね。


肉体は

何の自分でしょうか?


影の自分ですね。


愛は光です。


我は愛なりであり、

影なりではないのです。


だから、

この世の

鉱物

植物

動物

人間と

いうものは皆

影なのです。


その影は、

実在するものでしょうか?

しないものでしょうか?


実在しないものですね。


だから、

影の世界は

非実在界なのです。


光が我なのです。


我は光なのです。


あなた方は、

影の世界で

ものを見ているのです。

影の世界で。


物質は陰性であり、

愛は陽性です。


陽という

光がなくては

この世という影は

存在できません。


影は光の

仮の姿、

影は仮相世界、

光は実相世界です。


光のことを

天といい、

影のことを

地といいます。


天地一体というのは、

光と影は一体という意味なのです。


生きているということは、

光のみが生きているのであり

影が生きているのでは

ありません。


光がなければ

影を写し出すことは

できません。


影は光の

仮の姿です。


だから、

影の本質は

即、光なのです。


愛という光がなくては、

この世という影は

存在できません。


ですから、

我は光なのです。
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