心事記
  • 05Dec
    • 心の一人語り 26

      一週間ほど、不思議な体調不良が続いている。仙骨から背骨の付け根にかけて謎の腰痛あばら骨の痺れるような痛みそして、吐き気お腹の調子が悪く、お腹が何度も鳴るここ数年で、一番酷い体調不良である。こんな症状は、初めてである。寝る度に、不思議な夢を何度も見るそれは、もう何年も会っていない人と知らない人が交互に出てきて、自分を何かのグループに誘う夢である。その誘い方は強引で、無理に自分の腕を掴んで、引っ張っていく。自分は、不快感を感じて、掴んでいる手を振りほどく。そして、先に進もうとするしかし、また誰かに腕を掴まれて、引っ張られる。また、掴んでいる手を振りほどく。永遠とこの繰り返しであるそうこうしているうちに目が覚める「痛い」目が覚めた瞬間から、謎の腰痛を自覚する。「寝ても覚めても、最悪」こんな気分で始まる日々。「何かイライラする。」「何かやる気が出ない。」「お前ら、俺にもっと気を使え」と周りにいる人達に叫びたくなる以前の自分なら、周りの誰かに当たり散らかして、周りに迷惑をかけていたそして、今は違う。痛みに目を向けてみるすると、答えは簡単に出てくる「自分は酷く弱っている。」「酷く弱っているのに、進もうとしている。」「だから、周りの人達に振り回されて、進めない。」「今は、ちゃんと休む必要がある」「夢は、それを自分に忠告してくれていた。」それからは、休むことを中心に過ごしてきた。そして、ようやくブログを書くまで回復することが出来た。とりあえず、一安心体は、何か異変が起これば、必ず合図を出してくれる。それを無視していると、ろくなことがない。自分は、過去に精神疾患を発症したが、そうなる前から体には異変が起きていた。お腹にガスが溜まり、張る。体や顔にニキビが沢山できる。眠れない頻繁に風邪をひく主には、こんな症状があった。更に、当時は自分のことを弱いと思っていた。「弱い自分が悪い、頑張らなきゃ」この考え方が、体の合図に目を向けることを遠ざけてしまった。結果、精神疾患を発症するに至る。まだ症状が軽い時点で、体の合図にちゃんと目を向けていたら、精神疾患を回避することも出来ただろう。『心身一如』心と体は一つである。体が弱れば、心も弱る体が健やかならば、心も健やかである

  • 13Nov
    • 心の一人語り 25

      👼『死』自分は、中学生の時から死を意識することが多かった。未来を生きている自分の姿を想像することが出来なかった。心の中では、繰り返しこんな言葉が出てくる「20歳まで生きられればいい。」「自分は、20歳で死ぬ。」「天国に行きたい。」そして、頭の中では、暗いイメージばかり出てくるなぜ、当時の自分がこのようになってしまったのか?それは、家庭でも学校でも苦しいことが連続していたからその連続の中で、心に重篤な問題を抱えてしまったそして、さらに問題だったのは、誰もこの状況に気づかなかったことである誰も気づかなかったことが、事態を悪化させ、死を意識するまでに至ってしまった。当時の自分の姿を思い返してみる。『幼い』いつも落ち着きがない。極度の人見知り。極度の緊張。極度の情緒不安定。「少年みたい。」「子どもみたい。」20歳を過ぎた自分に、こんなことを言う人もいたほどである。『生きた心地がしない』当時の自分には、この言葉がよく当てはまる。何をやっていても、いつもフワフワしていて、地に足がついていない感じがあった。そして、謎の息苦しさが自分に付き纏ってくる「この息苦しさは何?」それは、体と心の不一致である。『成長する体と成長を止めた心』『生きている体と死んでいる心』自分の体と心は、大きな矛盾を抱えていた。人間には、体と心がある。人間は、体も心も成長しなければ生きてはいけない。体はご飯を食べていれば成長するそして、心はそういうわけにはいかない。心が成長するためには、他者との交流、身を置く環境、教育、学習など多くの要因が関わってくるその中でも特に、他者との交流は大切である。自分は、家庭でも、学校でも、人間関係にとても苦しんでいたそんな中で育った自分の脳は、他人を敵だと認知するようになり、心には敵から護るための自分を作り出したのであるその結果、他人との交流を極力しなくなってしまった。そして、心は成長を止めてしまうこれは、生きる上で致命傷となり、死へと直結したのである=恐らく、当時の自分はこの状況がマズイという自覚はあった。だから、行きたくない学校に行き続けたし、何とか人とも頑張ってコミュニケーションを取ろうと試みていた。そして、上手くいかなかった。自分は、心の成長が止まったまま、社会人になってしまった。結果、学生時から患っていた精神疾患が悪化し、働けなくなってしまった。会社を休職し、2カ月ほど引き籠りになった。それでも、苦しさは無くならないから、自殺しようか考えながら、家の中で暴れ、近くの神社やお寺を巡っていた。もう訳の分からない状況だったそこから、あるお寺の住職さんに出会い、武道を勧められ、合氣道の道場に入門することにより、運命が大きく変わることになる。『師との出会い』師との初対面は、昨日のことのように今でも鮮明に覚えている道場に挨拶をして入り、師に注文した道着が届いてないかどうか確認した。これが、初めて師と言葉を交わした瞬間である。道着が届いていたので道着を受け取り、更衣室で着替える。帯の締め方が分からなくて困っていると、師が帯の締め方を教えてくれた全体稽古が始まるまで時間があったので、体を動かしていると、突然に師がこんな言葉を投げかけてきた。「俺がおるけん、大丈夫よ」「?」この言葉を聞いた自分は、一瞬固まるそして、何とも表現できない気持ちになる当時は、この気持ちが何なのか分からなかった。しかし、時間が経つにつれて明らかになる「自分に気づいてくれて、有難う」「自分の苦しみを解いてくれて、有難う」「どれだけ感謝しても、感謝しきれない。」その気持ちは、余りにも大きな感謝だった。今、当時を振り返ってみると、師の凄さに唯々驚くばかりであるたった一言で、他人を敵だと認知し、敵から護るための自分を作り、生きてきた苦しみを解いてしまったのである。出会って約10分の間に、自分すらも気づいていなかった自分に気づき、理解したのである。理解してないと、「俺がおるけん、大丈夫よ」なんて言葉は出てこない。『怯え、震え続けている自分』『死に瀕している自分』これが当時の本当の姿である。「今は護ってくれる人がいるから、もう怯える必要はないよ」「今は自分を育ててくれる人がいるから、もう死ぬことを考える必要はないよ」師の言葉は、自分を保護し、承認し、活かす言葉であった。「明日は何をしようか?」それまでは、死ぬことを考えていた自分が、自ずと生きることを考えるようになっていたそして、それまで止まっていた心が成長を再開する。それまで成長することが止まり続けた影響からか、爆発的な成長を遂げることになるそれは、自分でも明らかに成長しているという実感があるほどだったそこから、顔付き、体付きも明らかに良い方向に変わっていったやがて、精神疾患は改善し、将来のことを思い描くようになっていたそれからは、師を父親のように慕い、ヒーローのように憧れ、今に至る以前の自分は、生まれや育ちが人生を決めると思っていた。だから、家庭環境、毒親、イジメのせいにして生きてきた確かに、そのように生きてきた自分の気持ちも、今は分かる。そして、それは人生の全てではない。『選択によっては、生まれや育ちは覆せる』『何を選択するかによって、運命は決まる』自分は師と出会って、選択することの大切さを学んだ。当時の自分が引きこもることを選択し続ければ、師と出会うことはなかった。近くの神社や寺社を巡ることを選択したからこそ、武道を勧めてくれた住職さんと出会い、師と出会った。そして、師を父親に選択したからこそ、成長し、死の危機を乗り越えることが出来た。人間には選択する力がある。この選択する力こそが運命を開くのである。今は、心の成長が止まり、苦しみ、死に瀕していた時間も素晴らしいものだったと言えるなぜなら、数え切れないほどの教訓を得たから「死は自分にとって最高の教科書だったよ」

  • 26Oct
    • 心の一人語り 24

      『感情』感情には様々な種類がある。世の中では、よく感情が2種類に分けられている。ポジティブ(陽)とネガティブ(陰)である。ポジティブ(陽):喜び、楽しい、感動、嬉しい、愛、充実感、高揚感・・・・・ネガティブ(陰):怖い、悲しい、怒り、失望感、罪悪感、イライラ・・・・・・以前の自分は、自分のことをネガティブだと思い、自分を嫌悪していたネガティブがダメなことで、ポジティブが良いという考え方を持っていた。しかし、自分は感情と向き合ううちに、ポジティブとネガティブという言葉そのものに疑問を持つようになるそして、ある時からこんなことを考えるようになる「感情にネガティブ、ポジティブというレッテルを貼ったのは自分である」「感情にネガティブ、ポジティブというレッテルを貼るからこそ、感情はネガティブになり、ポジティブになる」「感情は感情だ」「感情にポジティブもネガティブもない」「ポジティブが良いわけでも、ネガティブが悪いわけでもない」「ポジティブ、ネガティブというレッテルを貼っても、何一つ良いことは無い」「だったら、ポジティブ、ネガティブというレッテルは剝いでしまおう」こうして自分は、ネガティブ、ポジティブという二極化した考え方を捨てることになる。世の中には、ポジティブ&ネガティブ、善&悪、美&醜、明&暗など、様々な二極化がある。そして、二極化はとても厄介であるなぜなら、差別や争いを生むからである感情を二極化させてしまえば、心は分裂していくそうなると、葛藤が増え続け、心は荒れ果ててしまうそれを、自分は嫌と言うほど味わってきた我家は、善悪という考え方がとても強い家である。特に祖母がそうである。悪ければ徹底的に非難し、良ければ褒めちぎる美しいものには表情を和らげ、醜いものには表情を険しくする。「汚い」「キレイ」が口癖である。祖母は、非常に二極化した考え方を持った人だ。その傾向は、母にも遺伝し、自分もそのように育った。その結果、何が起きたか?自分も母も精神疾患を発症したのである当然、二極化した考え方が精神疾患の原因の全てではない。ただ、自分の経験から言えば、二極化は心に重大なダメージを与えると言える二極化は心を分裂させ、その分裂した心は争いを始める争いの中では、差別が生まれる我家では、親族同士の争いが何度も起きてきたその真の原因は、分裂した心にあったのではないかと考えている二極化によって分裂した心は、争う相手を呼び、争いを激化させる。家族は、二極化によって分裂した心を持った、同じ穴のムジナであったと思う。自分は、小さい頃から我家は異常だと思っていた。我家をとても批判的に観ていた子供の頃の自分恐らく、家族のようになるまいと必死だったんだと思うそんな自分だったからこそ、今は二極化した考え方を捨て、新しい考え方を手に入れることが出来たんだと思う。「自分にはポジティブもネガティブもない」「だから、ネガティブを避けることも無い」「どんなネガティブだって歓迎するさ」「感情は、人体に備わっている機能の一つである」「目、鼻、口、耳、五臓六腑、脳、皮膚と同じ」「自分達が普段、目を使って相手を見るように、口を使って言葉を喋るように、胃腸を使って食物を消化するように、感情にも使い方がある」「せっかく備わっている一つの機能だから、ちゃんと使おう」

  • 10Oct
    • 心の一人語り 23

      『いま、ここ』最近、気になっている言葉。自分がこの言葉を知ったのは、ゲシュタルト療法のワークショップに参加した時である。ゲシュタルト療法は、フレデリック・パールズとその妻であるローラ・パールズに創られた『いま、ここ』中心の実践的心理療法である。(ゲシュタルト(Gestalt)とは、「全体性」「完結」「統合」などを意味するドイツ語です。)  〇「いま、ここ」の自分への気づきを重視。  〇感情は「筋肉の緊張」として現れる(現象学)。  〇精神と身体は一つ。  〇自分の選択に責任を持たせる(実存主義)。  〇「なぜ」(原因・分析)をやめて「どのように」(実践・解決)へ。以上のような特色のある心理療法である。自分は以前に、何度もゲシュタルト療法のワークショップに参加していた時期がある。その時の自分は、精神疾患を抱え、精神薬を御守りのように服用していた。そんな自分を変えたくて、変えられそうな手段があれば、手当たり次第に何でもやった。そんな中で耳にした言葉『いま、ここ』。初めて聞いた時は、「そんなこと当たり前のことじゃん」とか心の中で思っていた。しかし、いざ自分がワークを受けてみると、全く想像していなかった自分が出てきたそれは、ゲシュタルト療法の日本の第一人者である百武さんに、ワークを受けた時のことである。ワークが始まる前から、急に掌に力が入り、もの凄い力で握り締めていたそれを、百武さんに導かれるように、前にあった椅子に解き放った。「殺す」「殺す」「殺す」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・この言葉が繰り返し出てくるワークであった。その時は、ワークをすることに必死だったから全然気づかなかったが、紛れもなくその姿こそが、その時の『いま、ここ』であった。これを機に、自分は様々な心理的変化を経験することになる。『心のリフォーム』が始まった表現するなら、こんな言葉になるだろうか。辛く、面白い経験を沢山してきたその時から、もう10年以上の月日が経過した。そして、今再び『いま、ここ』という言葉が再浮上してきた『いま、ここ』の自分が語りかけてくる。「あなたは、過去を引きずり続けている」「あなたは、いまここを台無しにしている」この言葉を聴いた時、「その通りだ」と認めざるを得なかった。『過去を引きずり続ける人生』こんな人生を生きることが得意であった人物がいる。それは、両親と祖父母である。彼らは、何かに憑りつかれるように同じ過ちを繰り返し続けた過去の出来事を何度も引っ張り出しては、罵り合っていた。子どもの自分は、そんな姿を見るのが嫌だったそして、子どもの自分は未来ばかりを見るようになった。しかし、その未来は絵に描いた餅であった。実現できそうもない目標を立てては、実現できずにくじけていた『過去ばかりを見る親達と未来ばかりを見る子ども』誰も『いま、ここ』を見ていなかった誰も『いま、ここ』に気づいていなかったというか、誰も気づくことを知らなかったそんな家庭で育った子どもがゲシュタルト療法と出会い、『いま、ここ』に気づくことになったのであるゲシュタルト療法に出会ってからの日々は、『いま、ここ』に生きるためのリハビリだったように思う。それが実り、『過去ばかりを見る親達と未来ばかりを見る子ども』を乗り越える『いま、ここ』がやってきた。ただ、『いま、ここ』を生きられなかった日々も自分にとっては必要な時間であったように思う。なぜなら、その苦しみやもったいなさを知ることが出来たから。『いま、ここ』を生きられない人生は余りにも苦しいこんな生き方しても、人生は台無しになるだけ浮足立って、生きてる心地がしない余裕が無くて息苦しい魂の抜け殻であるそんな苦しみを知り続ける日々であった。「苦しみを知った分だけ人を理解できる」「だから、これでよかった」「今までは、理解力を培うための日々だった」「そして、力は十分についた」「だから、次のいま、ここへと旅立とう」「いま、ここを生きる」「人生は、この連続」「いま、ここの連続は、自分に生命力を与えてくれる」「それが溜まり切ると、次のいま、ここへと導いてくれる」「だから、いま、ここをひたすらに生きて行けばいい」『いま、ここ』のあなたは何を感じていますか?『いま、ここ』のあなたはどんな姿をしていますか?『いま、ここ』のあなたは何が得意ですか?『いま、ここ』のあなたは何をやりたいですか?『いま、ここ』のあなたは何をしている時が充実していますか?

  • 26Sep
    • 心の一人語り 22

      悪自分の人生のテーマと言っても、過言ではない。自分の人生は、悪との戦いの連続である「悪を成敗する。」子どもの自分は、漠然とこんなことを考えていた。侍が大好きで、幼稚園の頃は新聞紙を丸めて棒状にし、それをズボンに差していた。小学生の頃は、夕方に再放送されていた『北斗の拳』が大好きで、テレビにかじりつくように観ていたテレビに映るケンシロウの姿に、毎日ワクワクしていた他にも『ドラゴンボール』『るろうに剣心』など、悪を倒すようなアニメが大好きだった。『るろうに剣心』に、斎藤一というキャラクターが出てくる。『悪・即・斬』これは、斎藤一の名台詞である。この言葉を初めて聞いた時は、鳥肌が立ったことを覚えている子どもの自分は、悪に対して激しい執念を燃やしていたそれを、アニメに登場するキャラクターに重ねて、執念を発散していたのだと思う。『ごうごうと燃える青い炎』執念を表現するなら、こんな言葉になるだろうか。これを思い浮かべていると、父を思い出すなぜなら、自分にとって父は悪の原点だから父は、ギャンブルにのめり込んで、借金を作るような人だった。その度に夫婦喧嘩が起こり、家庭の雰囲気は重くなる喧嘩になると激高し、暴力を振るう人だった喧嘩腰になって、人とよくトラブルを起こしていた。父は、トラブルメーカーである。いつもイライラして、機嫌が悪い自分もよく八つ当たりをされた。自分は、小さい頃から父が大嫌いだった「父は悪である。」子どもの自分は、父に対してこんな風に考えるようになっていった。そして、母も母方の祖父母も父の陰口をよく言っていた。このような環境が「父は悪である。」という考えに拍車をかけた。その結果、次から次へとネガティブな考えを生んでいった。ネガティブな考えを生むたびに、青い炎は強くなる。青い炎は叫んでいる。「父を許さない。」「父は敵だ。」「父をぶん殴る。」どんどん青い炎は強くなるそして、思わぬ方向へと飛び火する。「ギャンブルして借金するような奴は、悪だ。」「父のような奴は、みんな悪だ。」「父のような奴は、許さない。」父に似た人達までも、悪に見えるようになってしまったのである。こうなると、敵がどんどん増殖していく更に、青い炎は飛び火する。「世の中、悪い奴等ばかりだ。」「社会には悪い奴等が沢山いる。」「世の中は腐っている。」敵が増えていくと、世界までもが悪く見えてしまう🌎=青い炎は手の付けられない状態まで膨れ上がってしまったこうなると、ただ生き辛く、ただ苦しくなるだけだったにも関わらず、青い炎は消えようとしない。なぜなら、執念を燃やすことに快感を得てしまったからである悪との戦いは自分に無類の喜びを与えていたアニメをかじりつくように観ていた子供の自分を思い出すあの時の自分が、ちょうどそれに当てはまる。また、以前の自分は、生き辛さが悪のせいだとも考えていた。悪のせいにしていれば、自分の問題を見ずに済んだから楽だったしかし、今は自分の問題を認めざるを得ない。だって、こんなにも生き辛いから「生き辛くなったのは、自分の問題だ」ハッキリと自覚する「悪が問題ではない」「敵が問題ではない」「悪を生み出している自分の考えが問題だ」「青い炎を何とかしない限り、この生き辛さを解決することは出来ない」「解決するためには、悪の原点である父と向き合う必要がある」こうして父と向き合う日々が始まる。父は自分の中で完全無欠な悪者であった。というか、自分がそのように仕立て上げてしまった。なぜなら、父の悪い部分ばかりを見ていたからなぜなら、父の悪評ばかり聞いてきたから悪を生み出していた元凶は、自分の目と耳である。「一番の問題は、目と耳にある。」「父に対しての観方、聴き方を変える必要がある」こんなことを思っていると、父宛に手紙が残っていることを思い出すそれを改めて読み返してみると、父に営業を手取り足取り指導されたこと、大切に育てられたこと、営業で一番の成績を出したことなど、数々の感謝が綴られていた。父にこんな一面があったのかと驚愕するその他にも、父は会社の後輩に気前よく奢っていたという話を、母から聞いたことがあった。それが過ぎてお金が無くなり、ギャンブルにのめり込む原因の一つになってしまった。確かに、私利私欲でギャンブルにのめり込んだ部分もあっただろう。そして、私利私欲のためだけに、ギャンブルにのめり込んだわけではない。父は車の運転が上手であったし、話術が巧みであった。嘘をつくのが上手で、母は何度も泣かされてきたが、外では営業の話術として活躍していたのだろう。父の良い部分を振り返ると、父を許している自分がいることに気づくすると、青い炎はだんだんと小さくなっていく。更に父のことを思い返してみるすると、父の怒っている姿を思い出す子どもの頃は、この姿が恐怖でしかなかったしかし、今思い返してみると、父は様々な種類の怒りを持っていたことに気づく自分の思い通りにならず、癇癪を起している怒り自分の弱さを見せられず、強がっている怒り自分の言いたいことが伝わらず、もどかしい怒り差別と戦っている勇ましい怒り自分を護るために戦っている必死な怒り父は、様々な感情が怒りとなって表出する人だった「父は感情表現が非常に下手な人だ」「父の怒りの全てが悪ではない」「立派な怒りもあったし、無様な怒りもあった」「もう父の怒りを恐がる必要はない」今ようやく父を理解するその瞬間に、青い炎が消えていくことを感じる。炎が消えた後には、球体が静かに佇んでいる🌎球体は語り始める。「父には良い部分がある。そして、悪い部分がある。」「父には素晴らしい部分がある。そして、ダメな部分がある。」「自分は父を認めている。そして、否定している。」「自分は父を愛している。そして、憎んでいる。」「人は正しいことをする。そして、間違ったことをする。」「世の中には良い所がある。そして、悪い所がある。」「偏った観方をしてはいけない。」「偏った聴き方をしてはいけない。」「偏った目や耳は思わぬ敵を生み、人生を生き辛くする。」「中庸が大切」自分は長きに渡り悪と戦い続けてきた。そして、今ようやく終戦の時を迎える

  • 14Sep
    • 心の一人語り 21

      「自分は20歳で死ぬ。」これは、10代の自分の口癖。10代の頃は、全く将来に希望を抱いていなかったし、将来が全く見えなかった。「もう死んだ方が楽だなぁ~」「死ねば全てが解決する」こんなことをずっと思い込んでいた。当時の家庭状況は最悪だった父は中学生の時に身体障がい者となり、母は高校生の時にうつ病と強迫性障害を発症した。父は具合の悪さから、いつもイライラ元々暴力を振るうような人だったから、イライラに更に拍車がかかっていた。母は、気分の浮き沈みが激しく、何かあると直ぐに寝込んでしまう自分は、両親のこと、進路のことで、いつも余裕が無かった「こんな家なんて、もう終わった方がいい」「全員死んだほうが世の中のためになる」「自分なんて生まれてこない方が幸せだった」当時の自分から出てくるのは、ネガティブな言葉ばかり。当時の自分は、とてつもないネガティブの塊だった「生まれ変わりたい」「人生をやり直したい」「死ねば、人生をやり直せる」「死ぬことこそが自分の希望」その傾向は、どんどん強くなっていったそして、終には自殺未遂を起こすまでに至ってしまった「こんな状況から、よく生きてきたなぁ~」「この状況から、よく蘇ってこれたな~」10代の状況を、今の自分が振り返ると、こんな言葉が出てくる「20歳で死ぬ。」なんて言っていた10代の自分からしたら、今を生きているだなんて、到底信じられないだろう。「自分は生きるはずの無かった今を生きているんだーーーーーーーーーーー」とてつもないネガティブの塊だった自分が、今を生きていることは、余りにも感動的なことであるここまで生きてきたことを祝して、自分のためにパーティーを開いてあげたいよく生きてきたことを称え合える仲間と一緒に。「そんな仲間が欲しいなぁ~」こんなことを思っている今日この頃である

  • 03Sep
    • 心の一人語り 20

      何となく生き辛い何となく息詰まる何となく体調が悪い自分は、何となく苦しい感覚に長年悩んできた。厄介なことに、原因が分からない原因が分からないから、どうやって治せば良いかも分からない自分は、相当に頭を悩ませていた何となく苦しい感覚は、だんだん力を奪っていくやがて、思うように動けなくなるし、思うように声を出せなくなるこれを感じていると、縛られているような感覚がある。そして、奇妙な音がずっと心に鳴り響いている。ズーンズーンズーン呪縛一言で表現するなら、こんな言葉になるだろうか。本当に縄で縛られているような感覚がある。小学校5年生ぐらいからあるだろうか。ずっと、この感覚を認識はしていた。そして、正体が分からない正体を暴こうにも暴けない。だから、何となく苦しいままで生きるしかなかった何となく苦しいまま、過ぎていく日常。楽しいことがあっても、心から楽しめない。やりたいことがあるのに、思うようにできない。そんな日々の繰り返しだったところが、唐突に呪縛の正体に気づく時がくるきっかけとなったのは、合氣道の稽古だった。相手の打ち下ろされる手に対して、対応しない自分がいる。対応しなければ、頭に当たってしまうのに、急に自分の体は動きを止めてしまった。相手が手を止めてくれたから、痛い思いをせずにすんだが、後味の悪い稽古となってしまった。その後、繰り返しその場面を思い返す。そして、次第に縛られるような感覚が強くなってくる。「自分は、血を憎んでいる。」「自分は、家系を憎んでいる。」「自分は、我家の歴史を憎んでいる。」突然に、こんな言葉が噴出してきた。本当に突然に出てきた言葉だったから、自分はとても驚いていたただ、この言葉には心当たりがあった。「自分なんて生まれてこなければ良かった」「こんな悪いことばかり起きる家は、無くなったほうがいい」「自分も親も、さっさと死んだ方が世の中のためになる」小学校5年生ぐらいから、自分はこんなことを思っていた。なぜ、子どもの自分はこんなことを思うようになったのか?それは、家庭でも学校でも、悪い出来事が起こり過ぎていたからだそして、それは両親の結婚前から立て続けに起こっていた。立て続けに、悪いことばかりを経験した子どもの自分は、自分の運命、両親、家系を憎むようになっていた。自分は、ずっとこの記憶を忘れていた。忘れていたというか、忘れるしかなかった。忘れてないと生きられなかったから。ところが、それを鮮明に思い出す時が来たのである思い出したときは、とてもしんどかったその時の苦しみが、一気に押し寄せてきたからそして、同時に安心していたなぜなら、ずっと正体の分からなかったことが明らかになってきたから。「正体が分かれば、解決することが出来る」自分は、呪縛に肯定的に向き合っていったすると、ハッキリと忘れていた記憶を思い出す部屋の隅で膝を抱えている子どもの自分「認めない、許さない。」こんな言葉を繰り返し発している。今の自分には、この状況を深く理解することが出来た。我家はいつも喧嘩が絶えない家庭だった夫婦間でも、親族間でもいつも争いが起こっていた争いが無い時でも、水面下では牽制しあっていた。だから、ギスギスとした雰囲気が家には漂っていたそれに加え、学校ではイジメられていた。だから、子どもの自分には居場所が無かった。それが、余りにも苦痛だったやがて、それを紛らわせるために、自分の運命、親、家系のせいにするようになっていった。それは、強い憎しみとなって、自分の中で渦巻くようになり、様々なことに影響を及ぼすことになった。この憎しみこそが、呪縛の本当の正体であるやっと正体が分かったしかし、解き方が分からなかった「今は、まだ解けない。」「だから、上手く付き合っていくしかないか。」こうして、呪縛と付き合う日々が始まる。その中で、合氣道を学び、心理カウンセリングを学び、本を読み漁り、情報をかき集め、家族の面倒を看て、本当に多くのことを経験した。そして、終に呪縛と決着をつける時が来る「血の繋がりは、余りにも強いね。」「それで、苦しい想いをすることも沢山あったね。」「だけど、人はそれを超える繋がりを、結ぶことが出来るんだよ」「広い世界には、それを超える繋がりを結んでくれる人がいる」「そんな人に出会った瞬間に、人は呪縛から解放される」『師弟』自分を呪縛から解放してくれた一つ目の力。「合氣道は武道である。」「武道とは、日本の歴史そのものである。」「武道は、世界に誇れる日本の伝統である。」「武道の歴史は余りにも長い。」「そして、素晴らしい」「我家の歴史がある以前から、この素晴らしい歴史は紡がれている。」「武道の歴史から観れば、我家の歴史など取るに足らない小さなものだ。」「今の自分は、こんなにも素晴らしい壮大な歴史を歩いている。」「なのに、いつまで憎しみを抱えて生きるんだい」「そんな気持ちを持って生きても、素晴らしい壮大な歴史が台無しになるだけ」「だから、もう憎むのはやめよう」「そして、この素晴らしい壮大な歴史を歩めることを、喜び、感謝して生きて行こう」『伝統』自分を呪縛から解放してくれた二つ目の力。『師弟』と『伝統』、二つの力に助けられ、自分は呪縛を解くことに成功する「ここまで本当に長かったなぁ~」「そして、良い人生だったな~」「呪縛のお蔭で、様々な教訓を得たし、素晴らしい人、素晴らしい歴史に巡り会えたから。」今は呪縛に悩み続けた日々さえも、素晴らしい日々であったと心から思う

  • 24Aug
    • 心の一人語り 19

      自分は精神疾患により、働けなくなった時があるあの時の自分は、どん底にいた毎日、部屋に引きこもり、一切外に出ない日々部屋の中で、叫び、暴れていた日々一日中、布団の上で過ごしていた日々近くの神社、寺社を巡り、神様、仏様にすがっていた日々様々な日々があった。そこから時間が経って、今は元気である元気になった自分は、様々なモノを手に入れ、余裕ができたすると、いつしか自分の中に、こんな声が生まれていた。「あの時の自分は、無様だった。」「あの時の自分は、ダメだった。」「あの時の自分は、何て恥ずかしい醜態をさらしていたんだ」「あの時の自分は、何て醜い生き方をしていたんだ」「あの時の自分は、何て愚かな奴だったんだ」気がつくと、自分はそれらに支配されて不安定になっていた「何か、嫌な感じがする。」「何か具合悪くなってきた」「・・・・・・・・・・・・」「・・・・・・・・・・・・」「・・・・・・・・・・・・」しばらく、これを感じていると、心の声が聴こえてくる「今の君は、あの時の自分を評価する偉そうな奴になってる。」「今の君は、あの時の自分を差別している。」「今の君は、あの時の自分を卑下している。」「今の君は、様々なモノを得て、それを失うことを恐れている。」「以前は、こんなこと無かったよね」「ハッキリ言って、今の君の方が無様だね」「あの時の君は、生きることに必死だった」「あの時の君は、懸命にもがいて生きようとしていた」「どん底にいて、失うモノが何も無かった」「だから、生きることに純粋であった」確かに、その通りだ。見た目は、確かに無様だったかもしれない。そして、どん底から這い上がろうとしていた不器用なりに、前進しようと必死だった自分の運命を開こうとしていただからこそ、合氣道と心理カウンセリングに出会った。思い返せば、その時から自分には沢山の変化が起きた。師と仰ぐ人に出会い、友達も沢山できた。沢山の人との出会いがあり、交流があった。新しいことを学ぶ意欲に満ちていた。新しいことに挑戦するやる気に満ちていた。そして、精神疾患は徐々に症状が治まっていった。当時の自分は、生きることに純粋であった。それが、時間が経つにつれ、薄れていったように思う。その原因は、自分がカッコ付けるようになってしまったからそして、カッコ悪い自分を認めなくなってしまったから結果、再び自分の具合を悪くしていたそして、急に言葉が飛び出してくる「自分は、一体何をやっているんだ」「自分は、一体何のために生きているんだ」どこかで聞いた言葉。この言葉には、聞き覚えがあった。この言葉をしばらく思い浮かべていると、なぜか両親の姿を思い出す。思い返すと、両親と自分には数々の共通点があったことに気づく病、暴れる姿、寝込んでいる姿、叫んでいる姿、依存している姿・・・・・・・・・次から次へと両親と自分の姿が繋がり、重なっていく。「あなた達は、一体何をやっているんだ」「あなた達は、一体何のために生きているんだ」これは、子どもの時に、両親に抱いていた疑問である。子どもの時は、理解できなかった両親。だけど、今は理解できる。両親は、どうにもならない心の問題を抱えていた。その影響から、暴れたり、叫んだり、依存したり、病になっていた。そして、今は両親の違う姿が観えてくるそれは、もがいて何とか生きようとする姿。苦しい現状を変えようと頑張っている姿。この姿も自分と同じである。そして、自分と違っているところがある。それは、その姿が報われなかったことである。結果、両親は生きることに投げやりになってしまった。もし、自分のように生きることに純粋になれる場所があったら、両親の人生もきっと開けただろう。もし、自分のように師や友達に恵まれていたら、生きることに投げやりになることはなかっただろう。結局、自分が差別したり、卑下していたあの時の自分とは、両親である。そして、それは自分でもある。なぜなら、自分は二人の子どもだから。二人の生き方は、自分に受け継がれている。両親の生き方を受け継いだ自分は、数々の苦難を経験し、どん底に落ちることになった。そのおかげで、どん底にいた自分に手を差し伸べてくれた師に出会った。どん底から這い上がることを支えてくれた友達に出会った。『どん底に落ちようと、師のような存在がたった一人いれば、人は蘇る。』『どん底に落ちようと、友達がいれば笑顔で生きられる。』これは、どん底に落ちたからこそ得られた教訓。そして、この教訓は志となり、自分の未来を創っている。どん底に落ちたからこそ、得たものが沢山ある。どん底に落ちたからこそ、生きることに純粋になれた。両親の生き方があったからこそ、自分の生き方がある。両親の存在があったからこそ、自分の存在がある。「あの時の自分を差別したり、卑下するようなことは止めよう」「そして、再び立ち返ろう。」「生きることに純粋だった自分に。」

  • 16Aug
    • 心の一人語り 18

      『自分』世の中には、魅力的なものが沢山ある。それに、目を奪われていると、自分を見失ってしまう自分を見失った状態では、何も出来ない自分を見失った人は、孤立してしまうなぜなら、自分を見失っていて、自分が無いから。自分が無ければ、他者と繋がれないのは当然である。だから、まずは自分周りがどうであろうと、社会がどうであろうと、世界がどうであろうと、自分は自分である自分を認める、理解する、愛する、尊ぶ自分を否定する、誤解する、憎む、卑しむ何事も自分から始まる。自分すら理解しないのなら、他人も理解しない。自分すら愛せないのなら、他人を愛せない。自分を卑下するなら、他人を卑下する。自分を差別するなら、他人を差別する。だから、まずは自分「人生につまづき、悩んでいるのなら、まずは自分を見つめ直そう」今はこんな言葉を投げかけているが、以前は自分も自分を見失っていた。自分を差別していたし、自分を卑下していた。そして、そこから目を覚ましただからこそ、自分であることの必要性を熟知している。「自分を見失う生き方は、ただ苦しいだけ。」「自分を見失う生き方は、生きた心地がしない。」「そんな生き方を続けても、生きる屍になるだけ。」「だから、そんな生き方はやめよう」「まずは、自分を認めることから始めてみよう」「周りがどうであろうと、社会がどうであろうと、世界がどうであろうと、あなたはあなたである」

  • 09Aug
    • 心の一人語り 17

      『心』「心って何?」これは、心理カウンセリングを勉強し始めた頃に、抱いていた疑問そこから年月が経って、ようやく一つの答えが出てきた『心とは、感情や欲求の集合体である。』心の中には、様々な感情や欲求が存在している。感情や欲求に、良いも悪いも無い。感情や欲求に、明るいも暗いも無い。以前の自分は、自分のことを暗いと思い込んでいたそんな当時の自分に対して、言ってやりたい。「明るいとか、暗いとか無いから」「君は、感情や欲求を使えてないだけ」「使い方を知らないだけ」「感情や欲求は使うことが出来るんだよ」これは、心理カウンセリングを学び、己の心と向き合って得た教訓である。自分は、今まで多くの感情や欲求と向き合ってきた。感情や欲求には、個性がある。一つ一つ違う表情があり、しぐさがあり、色がある十人十色、千差万別。人それぞれ、持ち合わせている感情や欲求は違う。なぜなら、人は生まれも育ちも経験も、何もかもが違うから。更には、感情や欲求の表現も人それぞれ違う。もうこうなってくると、訳が分からなくなる。人なんて簡単に理解できるものではない。「心は奥が深いんだよね」「だから、面白いんだよね」人それぞれ、全く違う心。だから、使い道も人それぞれ。「感情や欲求には、使い道が必ずある」「もし、あなたが心のことで悩んでるなら、それは使い道が見つかってないだけ」「あなたに合った心の使い方が必ずある」「だから、悩むより、使い道を探す旅に出よう」

  • 31Jul
    • 心の一人語り 16

      体調不良自分には、悪い癖がある。それは、食べ過ぎて、お腹を壊してしまうこと度々、起こる。なぜ?それは、ストレスが溜まっているから実を言うと、自分は資格試験に向けて勉強中であるそのストレスから、食べ過ぎ、お腹を壊してしまった「またやってしまった」では、ストレスが溜まった原因は何それは、自分に合わない方法で勉強していたから。自分には、飽き性という短所があるだから、勉強を始めても、すぐに飽きてしまい、別のことが気になってしまう「こんなんじゃダメだ」「ちゃんと、やり切るんだ」学生時代は、こんな風に自分を奮い立たせて勉強をしていた。今、学生時代を振り返ると、色々と気づく当時の自分はいつも試験に対して、焦り、不安を感じ、イライラしていたなぜそれは、やっている時間の割に収穫が少なかったから。本当は、飽きているのに、疲れているのに、ダラダラと続けていた。当然、成果はあまり出ない当時の心境を思い出す「勉強してるのに、何で上手くいかないんだろう」「どうしたら、試験で点数とれるんだ」「疲れた一体いつまで勉強を続ければいいんだ」こんな疑問が残り続けたまま、勉強に取り組んでいた。結果、ストレスが溜まり、よく風邪を引いていたその延長線上で、今回も同じようにやっていた。「次の章までやり切ろう」「ここまでは、読み切ろう」結果、ストレスが溜まり、食べ過ぎ、お腹を壊す「あ~あ、また同じ繰り返しか」「こんなことは、もう繰り返したくない」「自分に合わないやり方ではダメだ」「自分に合ったやり方を見つけよう」こうして、自分を見つめ治す作業が始まる「自分は飽き性であるそして、やる気はある」「飽き性の自分に合ったやり方でやろう」「ここまでやろうとか決める必要はない。」「飽きたら、飽きたところでやめればいい」「そして、他の教材に移ればいい」「勉強する教材は沢山ある。」「今の気持ちに合ったところを勉強すればいい」「そうすれば、ストレスなく勉強を継続できる」では、なぜ無理な方法で続けてしまったのかそれは、飽き性である自分を短所だと捉えていたからだから、ダメだと思い、合わないやり方を続けてしまった。『飽き性は短所ではなく特性である。』『飽き性なのが自分の持ち味なんだ。』『だから、持ち味を活かした方法でやろう』こんな風に考えてたら、きっと無理なやり方を続けることはなかった。これらは、今勉強している教科書の言葉に、影響されてできた考えだ。その言葉は、『特性を考慮する』『自己一致』である。『自己一致』とは、来談者中心療法を確立したカール・ロジャーズの言葉。意味は、『偽りのない真実の姿を示し純粋であること。』自分は自己一致できていなかった。実を言うと、自分は心理カウンセラーをやっているから、この言葉は以前から知っていた。今になって、この言葉が身に沁みる当時は、ちゃんと理解できてなかった。「勉強し続けることって大切だね」心からそう思った。「今は、ちゃんと体を休めて、明日からの勉強に備えよう」

  • 24Jul
    • 心の一人語り 15

      最近、はまっていることがある。それは、毎朝コーヒーを飲むこと「な~んだ普通のことじゃん」きっと、そう思う人もいるだろう。だけど、自分にとっては、とても意外なことだ。「こんな苦いモノ飲めるか」以前の自分は、苦いものが余りにも苦手だった。「コーヒーを飲むなら、コーヒー牛乳」そんな自分から見れば、大きな味覚の変化である自分には、お気に入りの飲み方があるそれは、お気に入りの塩と蜂蜜を入れることだ。塩のほのかな塩味、蜂蜜のほのかな甘味、コーヒーの苦み。三位一体の味わいが、何とも心地良い塩は、蜂蜜の甘味と、コーヒーの苦みを引き立て、味わいに深みを出す「旨いな~」「あ~、何て至福の時なんだ~」「一杯のコーヒーの中にも至福はあるんだな~」『至福』「なんて、良い響きの言葉だ」至福を感じていると、心の中で面白い変化が起きる「今まで味わってきた苦しみは、このコーヒーの苦みと同じ」「苦しみが、味わいに変化する時も来るのだ」この言葉が、より一層コーヒーを美味しくする「これって、ただの自己陶酔じゃねぇ~」「でも、自己陶酔でもいいや~」「とても良い朝だな~」

  • 16Jul
    • 心の一人語り 14

      『過去』「自分の過去は暗く、笑えない。」「あ~なんて不幸な人生だ」「暗黒時代。」自分は自分の過去に対して、こんなネガティブなレッテルを貼っていた。世の中に黒歴史という言葉がある。恐らく、それに当てはまる過去も沢山ある。「こんな人生、嫌だ・・・」「もう、どうでもいいや~」自分は過去を思い返すと、いつも体が重くなるズーンズーンパタッそして、全てを投げ捨てるように、ふて寝をするゴロゴロ・・・ゴロゴロ・・・ゴロゴロ・・・苦しみながら何度も寝返りを打っていると、心の声が聴こえてくる「自分は自分の過去を黒く塗りたくない」「過去を黒く塗ることは、それに繋がる今を黒く塗ることだから」声に反応し、自分は重たい体を起こす体を起こして、ぼ~っとしていると、また心の声が聴こえてくる「確かに、苦しいことは数え切れないほどあった。」「それを思い返すと、今でも気分が悪くなる。」「だから、君がそうなることも理解できる。」「そして、少ないけど楽しいこともあった。」「それを思い返すと、今でも心が暖かくなる。」その声を聴くと、過去の記憶が走馬灯のように蘇る「確かに、そうだね。」「自分の過去は苦しいことばかりでは無かったね。」「少ないけど、楽しいこともあった。」「自分の過去は、苦しいことが9割ぐらいで、楽しいことが1割ぐらいだなぁ。」こんなことを思っていると、また声が聴こえてくる「苦しいことも楽しいことも一緒に見てごらんよ」すると、心に面白いイメージが湧いてくる『大きな暗闇の中に光る灯火』灯火は、大きな暗闇に呑み込まれず、力強く光っている大きな暗闇が、灯火をより引き立てているこれをしばらく思い浮かべていると、言葉が出てくる「苦しいことが沢山あったから、楽しいことがより楽しくなった」「沢山の苦しみが、楽しさをより際立たせている。」「苦しみを感じる中で、得た教訓、得た知恵、得た想いがある」「それらがあるからこそ、今があるし、これからがある」「苦しみは生きる力になるんだよ」「苦しみは、今ここからを生きる命になるんだよ」「だから、苦しいことも、楽しいことも、そのまま許せばいい」言葉を出し切ると、心はスッキリしていた体は真っすぐ立ち上がり、動き出していたそして、最後に一言。「過去から紡ぎ出す今ここからの未来は、余りにも楽しいものだ」

  • 09Jul
    • 心の一人語り 13

      慈しみ今まで沢山の苦しみを経験してきたその度に育ってきた気持ちそれが、慈しみである寄り添う。包み込む。表現するなら、こんな言葉になる。仏教に『慈悲』という言葉がある。衆生に楽を与えること(与楽)を慈、苦を除くこと(抜苦)を悲と言う。与楽確かに、そうだ自分は苦しい経験をして、慈しみを持つ度に、楽になってきた慈しみを持つことで、苦しいことが、楽しいことに転換されてきたそういえば、最近もそんな出来事があった。自分は、最近までトラウマに苦しめられていたこいつは本当に厄介だった出てきた時は、気が気でなくなってしまう時として、貧血を起こし、倒れてしまうこともあるそれほどのトラウマだった。何が何でも避けたいトラウマ。だから、蓋をしていた。『臭い物には蓋をする』正に、この言葉の通りである。それまでは、懸命に蓋をして、見ないように、感じないようにしていたところが、今回は避ける気持ちよりも、慈しむ気持ちの方が勝っていた「余りにも苦しい経験だったなぁ。」「そりゃあ、こんな経験したら、トラウマにもなるよね。」「こんなトラウマ抱えたら、動けなくなっちゃうよね。」「分かる、分かる」「そうなって当然だから」しばらくトラウマに寄り添う時間を過ごす。すると、心に面白い変化が起きる「トラウマは栄養」「だから、吸収するんだ」「トラウマが夢に吸収されることで、夢は花を咲かせ、実を成らせる。」自分は、思わぬ言葉にビックリするそして、同時にワクワクしていた慈しみでトラウマを包み込んだ結果、トラウマは夢を実らせるための栄養に生まれ変わったのであるこれまで、トラウマには何度も頭を悩ませてきた恐らく、トラウマを抱えて25年は経過している。それが、慈しみを向けた瞬間に、余りにも大きな変化が起きた『自分は、向き合う気持ちを変えただけ。』それだけで、こんなにも大きな変化が起きる心って本当に面白いものだ

  • 29Jun
    • 心の一人語り 12

      ドロドロ「何か分からんけど苦しい」正体不明の不快感それは、余りにもしつこい。切り離しても、切り離しても、付いてくるネガティブの極みそう言っても、過言ではない。消し方が分からない。忘れ方が分からない。困り果てる途方に暮れる心底、疲れる自分は、いつもドロドロに呑み込まれていた以前は、存在に気づくことすらなかった。それが、いつしか自覚できるようになる自覚するようになってから、定期的に嫌なことが起きていることに気づく「君が動き始める時は、何か嫌なことが起きる」「だから、気を付けよう」気づいてからは、ドロドロをコントロールしながら生きてきた。調子の良い時は、上手くコントロールし、やり過ごしていたしかし、リズムが狂うことが起きると、たちまちコントロールを失うこうなると、外に出ることさえ苦しくなるそうなると、またドロドロに呑み込まれるそして、嫌気がさす「あーーーーーーーーーーー、もう嫌だ」「いい加減にしてくれーーーーーーーー」するとドロドロが返答する「この姿が自分だから仕方がない。」「変わらないものは変わらない。」こうして、心の中で戦いが勃発するしばらく戦いが続いた後、疲れて寝込んでしまう寝たら、ある程度はスッキリするしかし、完全にスッキリすることはない。自分は、いつもドロドロに苛まれながら生きてきたしかし、ある時を境に、ドロドロとの関係性が大きく変化するそれは、合氣道と心理カウンセリングに出会った時の話。それらに出会った自分に、新しい夢が出来る最初は、漠然とした夢だった。それが、自分の成長とともに具体的になっていくその課程を、例えるなら陶芸。最初は未熟だから、失敗して形に成らないこともあれば、成功しても奇妙な器しか完成しない。それが技術を身に付けることで、段々とキレイな形になり、人に披露できる器が完成するようになる。そして、会心の出来の器が完成するそれが完成した時、自分は自然とドロドロのことを思い出していたなぜなら、ドロドロを注げる器が出来たからそして、何だか言葉が湧き上がってくる「この器は、君を入れてこそ完成する」「自分は、君を活かせなかった。」「それは、自分に実力が無かったから。」「君も自分なんだよね。」「自分すら活かせない人間は、誰も活かすことは出来ない」「自分は人間を活かせる人間になりたかった」「だから、君を活かすことは至上命題」「それを達成できて、本当に良かった」「今の自分には、更なる夢がある」「夢を実現するためには、これからも君が必要なんだよ」この瞬間に、今まで自分を苦しめ続けていたドロドロは、夢を実現するためのエネルギーに転換した。「ネガティブをどう使うかは自分次第。」「上手く使うことが出来れば、ネガティブさえも輝き始める。」ドロドロは自分に最高の教訓を残してくれた。

  • 25Jun
    • 心の一人語り 11

      邪な気持ちそんな気持ちを持って生きてる奴は嫌いだ悪意を持って、人を落とし入れる。悪意を持って、人を騙す悪意を持って、人を痛めつけるそんな奴は、絶対にダメだ絶対に許せない強い正義感幼い頃から、ずっと抱いている感情。正義感は叫んでいる。「そんな奴は懲らしめるんだ」「そんな奴は痛めつけるんだ」興奮している自分そんな時に、誰かが冷静に語りかけてくる「君のその気持ちは邪じゃないの?」その声に自分は返答する「は?」「何言ってるんだ」「奴らを許さないのは当然だろ」過剰な反応を示している自分に、誰かがまた語りかけてくる「だから、懲らしめるとか、痛めつけるって気持ちは邪じゃないの」「君は、それを正義と呼び、美化してないか」その言葉に自分は無言になる「・・・・・・・・・・・」「・・・・・・・・・・・」「・・・・・・・・・・・」そして、焦る「自分は・・・・当然のことを・・・」「・・・・・・・・・・・・・・・・」「た・た・確かにそうかもしれない。」その言葉は、核心を突いていたそして、気づく自分が理不尽な正義感を振りかざしていたことに。そして、その相手を恐れていたことに「自分は恐れを隠して、強がっていたんだ。」「そして、それを正義と呼んでいた。」「その気持ちは、磁石のように相手を引き寄せたんだな。」自分の邪な気持ちに、引き寄せられた邪な存在自分も相手も同じ穴のムジナ。到底、認めたくない事実そして、認めざるを得ない事実事実を認めると、言葉が自然に出てくる「そうだね。」「君の言う通りだよ。」「こんなこと続けてたら、自分は不幸になり続けるだけ」「こんなことは、もうやめた方がいい」すると、誰かがまた語りかけてくる「そう言ってくれて、安心したよ。」「ただ、君がそうなった理由も理解してる。」「そうなることが起こってきたよね。」「正義感は君を護ってたんだよ。」その言葉に自分は落ち着きを取り戻すそして、自分は正義感に語りかける。「今は、別の方法でちゃんと自分を護れる」「だから、自分はもう大丈夫」「今まで自分を護ってくれて有難う。」_(._.)_「今までお疲れ様。」_(._.)_自分は、気持ち良く正義感を手放した

  • 21Jun
    • 心の一人語り 10

      不安曇った心ず~と晴れない「失敗したらどうしよう」「間違ったらどうしよう」ネガティブな事を考え、不安になっている自分以前の自分は何に対してもネガティブで、失敗するイメージばかりあれこれと考えて、気分が悪くなるあれこれと考えて、パニックになる自分の不安は余りにも強かった「あ~、本当に嫌になる」だから、そんな自分を変えようと必死だった自分を変えようと奮闘する日々しかし、すぐ疲れて、ガス欠を起こす回復すれば、また自分を変えようとする日々を繰り返す。またガス欠を起こすガス欠を起こす度に、うつ状態が酷くなる『燃え尽き症候群』心の声が聞こえてくる「危ない」声を聴いて、自分は目を覚ます「そういえば、ず~と同じ繰り返しをしてるな~」「何でだろう」自分を顧みるすると、答えが出てくる「自分は、燃え尽きることに快感を得ている。」「だから、何度も繰り返す。」「自分は不安であることが、余りに苦しかった。」「だから、不安を無くそうと戦ってた。」「戦ってるうちに、戦いそのものが快感になってしまった。」「これは、危ない傾向だ。」「それに、このままでは何も解決しない。」「これを、やめる必要がある」「やめるためには、不安な時にどうしたら良いだろうか?」答えを求めて、試行錯誤を繰り返す。「大丈夫」「出来るから」「なんとかなる」「やれば出来る」しかし、腑に落ちないすると、不安が答える「そんな安い言葉で治まるわけないじゃん」自分は、その言葉に納得する。「まぁ、確かにそうだよな~」「こんな言葉も、沢山かけてきたしな~」「願掛けしたこともあったしな~」「単純過ぎたな。」そして、静かに内観を始める。「・・・・・・・・・・・・」「・・・・・・・・・・・・」「・・・・・・・・・・・・」「・・・・・・・・・・・・」「言葉を探してる。」「自分の言葉を必要としてる。」「生きるための言葉を必要としてる」「」そして、自分の言葉を紡ぎ出す「自分は天才じゃないから、沢山失敗する」「自分は凡人。」「凡人だからこそ、失敗を経験して成長する必要がある」「もし失敗しても、失敗に学べば、同じ失敗を繰り返すことはない」「もし失敗しても、失敗を逆転する未来を描くことだって出来る」「もし失敗しそうになったら、信頼できる人に相談して、失敗を回避する方法だってある」「だから、失敗に深刻になる必要はない」言葉って、本当に不思議なものだ『言霊』正にその通りだ。今まで何度も言葉に救われてきた言葉のお蔭で、今日も心に晴れ間が広がっている

  • 16Jun
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      心の一人語り 9

      静かな痛みそれは、鈍く、気持ちが悪い焦っている不安になる混乱する徐々に生命力を奪われていくこの痛みを感じていると、ネガティブな言葉が沢山出てくる怒りを爆発させる時もあるうつ症状に陥る時もある罪悪感に浸る時もある余りにも酷い情緒不安定滅茶苦茶である「こんなの嫌だーーーーーーーーーーーーーーーーーー」魂の叫び何かが叫び続けている。叫びながら、もがき苦しんでいる。すると、急に言葉が浮かび上がる『ネグレクト』(無視・無関心)思いがけない言葉に、ショックを受けるそして、子どもの頃の記憶を思い出すそれは、自分が学校でイジメられていた時の記憶母は、自分が学校から帰宅しても、寝ていた父は子育てに無関心。なので、自分がイジメを受けていたことを知らないし、話す気にもならなかった。だから、自分は一人で苦しんでいた当時の状況は、ネグレクトといっても過言ではない。「ネグレクトは、こんなにも苦しい状況を生むんだな~」こんなことを思っていると、当時の状況が鮮明に浮かび上がる母は他のことに意識が向いていて、余裕がない子育てに無関心な父は不在。子は母に対して、「理解して欲しい。」という気持ちを持っているそして、「どうせ分かってくれない。」と思い込むことで、それを我慢しているこれは、親子関係の遺伝だある時、母に子どもの頃の話を聞いたことがあった。母も同じく学校でイジメられていた。その時、祖母は仕事で忙しく、そのことを知らなかった祖父は酒乱で、いつも酔っ払って寝ている。母は助けて欲しくて、祖母に頼ろうとしたそんな時に、「どうしてあんたは、そんなに依頼心が強いの?」と冷たい態度を取られたそれから、母は「どうせ分かってくれない。」と思い込み、気持ちを出すことを我慢するようになったそういえば、「どうせ分かってくれない。」という言葉は母の口癖だ母もネグレクトを受けていた。「母も苦しい子ども時代を生きてきたんだな~」今だからこそ理解できる母の苦しみ当時のことを母は何度も口にしていた。「何度も口にしたくなるような苦しみを抱えていたんだな~」「母は可哀想な人だ」母を思いやるすると、急に疑問が湧いてくる「なぜ祖母は、そんな態度を取ったのだろうか」その理由も今の自分なら理解できる祖母に子どもの頃の話を聞いたことがある。曾祖母は病弱で、祖母は幼い頃から面倒を見ていた。祖母には姉と弟が2人いる。戦争が始まり、姉は従軍看護婦として戦地に赴き、曾祖母と弟2人の面倒を見らざるを得なかった。曽祖父は酒浸りで頼りにならなかった間も無くして曾祖母は病気により他界した恐らく、祖母は母親と交流する時間が無かったはず。となれば、祖母は母親を知らずに育ってきた。我が子に、どう接して良いかが分からなかったはず。『母親を知らない母親』「計り知れない苦労があっただろうな」「祖母も可哀想な人だ」今度は、祖母を思いやる祖母から始まった流れは、そのまま母へと遺伝した。そして、自分も母と似た経験をすることになる。親子関係の負の連鎖しかし、母の代と自分の代では大きな違いがある。それは母が最終的に、イジメられていた自分を助けたことである。イジメっ子から、頻繁にいたずら電話がかかってくるようになり、イジメが発覚する。そして、母は自分を助けるために学校と話をするなど、最終的には助けてくれたそこは、祖母とは違う部分だ。「母は、母なりに母親を頑張ってきた」今だからこそ理解できる母の頑張り。以前は、母に対しても、祖母に対しても、悪い部分ばかりを見て、全否定していた母も祖母も苦労し、頑張っていたのに、それを見なかったし、認めようとしなかったということは、自分もネグレクトをしていたことになる。「酷い態度を取って、ごめん」「自分は間違ってた」思わず謝罪の言葉が出てくる_(._.)_すると、言葉が返ってくる。「ごめんなさい」「私も酷い態度を取ってしまった」言葉を聞いた自分は驚くなぜなら、祖母はプライドが高く、失敗や間違いを認めない人だから。でも、最近は年老いて、言葉の端々や態度に、この言葉が表現されていたように思う。ここまで、親子関係を紐解いてきた。すると、祖母と母が築き上げてきた母親像が鮮明に見えてくる本音を出すことを恥じ、様々な苦しみを一人で抱え続けてきた。能力の限界を超えているのに、子育てを誰にも頼らず、やり遂げようとしてきた。これが、我家の母親像何だか悲しくなってくるすると、涙が喋り始める。「子どもは母親一人で育てるものじゃない」「重い責任を一人で抱えることはない」「一人で責任を抱えて苦しんでも、悪い方向にしか進まない」「子どもは多くの人と関わることで育っていくんだよ」「上手く育たなかったとしても、それは母親一人の責任じゃない」「母親を知らないあなたには、子どもを育てることに限界がある」「子どもをちゃんと育てられなくてもいいんだよ」「困った時は、人に頼っていいんだよ」「あなたは、無理してる」「これだけ働いて、子育てまでは無理だ」「無理は絶対しちゃいけない」必死で言葉を伝えきると、本当の自分に気づく「自分は二人の苦しみを取り除いて上げたかったんだよ。」

  • 12Jun
    • 心の一人語り 8

      憤怒行き過ぎた感情何度も出てくる感情止めたいのに、止められない。一瞬のうちに、凄い勢いで爆発する「何で、そこまで怒るの」「そこまで怒ることなの」原因が分からないただ、これが出てくる時は、いつも針で刺すような痛みがあるチクチク、チクチク・・・・・・・・・・・痛みは、徐々に蓄積していく。そして、いつしか大きな傷となり、自分を苦しめる。時間が経てば傷は癒え、元通りになる。そして、またチクチク、チクチク・・・・・・・・・・・同じことを繰り返す痛みを感じていると、なぜか父を思い出す。子どもの頃、些細なことで父に激怒されたそして、些細なことで他人に激怒する姿を見てきた「何で、そこまで怒るの」「そこまで怒ることなの」子どもの頃に、父に対して抱いていた疑問を、今は自分に抱いている。元は父に対しての疑問だ「これは、父からの遺伝だ」「とても嫌なものが遺伝してしまったな~」「はぁ~(溜息)」「でも、こんなこと思っていても、何も解決しない」「この疑問の答えを出すんだ」こうして、憤怒と向き合う日々が始まる。それは、例えるなら爆弾周りを粉々にする凄い破壊力がある子どもの頃は、これが恐怖だったとても震え、怯えていたしかし、今はそれよりも、針で刺すような痛みの方が気になる。「この痛みは何だ」「とても違和感を感じる。」違和感を感じていると、思いがけないイメージが出てくる。それは、父が自らの体に針を刺しているイメージ。そして、気づく「これは、自傷行為だ」「行き過ぎた怒りは、自分自身をも傷つける。」「自分を傷つけることが真の目的だったんだ。」途端に悲しみが迫ってくるすると、涙が喋り始める。「苦しい・・・・・」「苦しい・・・・・」「苦しい・・・・・」父の本音が出てくる父は苦しさのあまり、徐々に自分自身を弱らせ、消す選択をした人だった。『緩慢な自殺』この行為に名前を付けるなら、こんな名前になる。「父は悲しい人だ・・・」こう思った瞬間、次々に言葉が出てくる。「やめようこんなこと」「こんな苦しくなることやめようよ」「何でこんなことするんだよ」「苦しみを解決する方法は他にもあるよ」「一人でやめられないなら、やめられるよう協力するから」「もうやめてくれ」子どもの自分の本音が出てくる子どもの自分は、父を必死に止めようとしていた。だから、恐がりながらも、父を見ていた自分の本当の姿を観る自分の本音を聴くすると、何度も繰り返す嫌なことが終わりを迎える。「こういうことを浄化と言うんだろうな~」「人間って不思議だな~」

  • 08Jun
    • 心の一人語り 7

      「何でお前はいつもそうなんだ。」「もっと外で友達と遊んでこい。」子どもの自分は引きこもって、一人で行動することが多かった。父にはそれを、よく咎められた。集団の中にいても、一人でいることが多かったし、一人になりたかった。集団の中でも孤立している自分「引きこもってるだけじゃないよ。」「一人でいることの何が悪い?」「一人の時間は、大事な時間だよ」これは、子どもの自分が一番に言いたかったこと。自分は一人で、よく考え事をしていた。「生きるって何かな~?」こんな答えの出ない質問に対して、答えを出そうとしていた。そして、子どもの頃にハマっていたことは、迷路を描くこと。ノートにひたすら迷路を描き続けることを、毎日繰り返していた「何か奇妙な子どもだなぁ~」きっと、周りからこんな風に思われていただろうな。しかし、心理カウンセリングと合氣道を学び始めて、この特性が大いに役に立つ。それらについて、一人で考えることで、多くの気づきを得てきたそれが、技術となり、知恵となり、自分を成長させてきた大人になったと深く実感している「ほらね、やっぱり重要だったでしょ」「一人の時間は面白いんだよ」その姿を見た、子どもの自分が話しかけてくる。「確かに、そうだね。」「君は、正しかったよ。」「自分にとって一人の時間は、多くの気づきを得られる贅沢な時間である。」「とても実感したよ」言葉を聞いた子供の自分は、得意気な顔を見せるそれを見た今の自分は、笑みを浮かべるしかし、同時に何かモヤモヤした違和感を感じていたやがて、それは姿を現す。それは、煙のような姿をしているそして、自分に語りかけてくる。「君は、一人に固執している。」「君は一人にこだわり過ぎている。」「君は一人に逃げている。」「何か、心当たりない」その言葉を聞いた自分はビックリするなぜなら、その言葉は的を射ていたから「・・・・・・・・・・・・・・・・・」一瞬、言葉を失う。そして、様々な記憶を思い出す同級生とのやり取り。クラスで一人になりたい自分。そんな自分の周りには、困っている同級生、イジメてくる同級生、バカにする同級生、心配する同級生、陰口をたたく同級生。自分は一人になり、煙幕を張っていた。だから、それは煙のような姿をしているそうすることで、周りと繋がることから逃げた周りを見ないようにしていた。周りの声を聞かないようにしていた「どうせ、周りは自分のことなんか分かってくれない」「だから、自分は一人でいる」この時、一人の自分に二面性があることに気づく一人の時間の中で、成長しているポジティブな自分一人の時間に逃げ込み、繋がることを拒絶しているネガティブな自分子どもの時は、これで良かったそして、今は違う。だから、今の自分は違和感を感じた「過去のやり方をそのまま続けていたらダメだ」そう思った瞬間に、違和感が問いかけてくる。「じゃあ、今の君ならどうする?」「・・・・・・・・・・・・・・」辺りに静寂が広がる。自分は、この状況に身を委ねてみる。すると、静寂を破る言葉が出てくる。「ごめんね。」_(._.)_「自分は未熟だったよ。」「皆に弱い部分、ダメな部分を知られたくなかった。」「だから、煙幕を張っていた。」「自分は独り善がりだったよ。」「ごめんね。」_(._.)_「自分は心に問題を抱えてた。」「だから、皆の相手をする余裕が無かった。」「正直に話せば良かった。」「分かってくれないと勝手に思い込み、心を閉ざした。」「今は皆の姿をちゃんと観るから。」「今は皆の声をちゃんと聴くから。」「これからは、皆と繋がるから」「皆で協力して生きて行こう」「そして、ありがとう。」_(._.)_「今までこんな気難しい自分に付き合ってくれて。」言葉を出し切ると、煙幕はいつの間にか消えていた。今は、周りが良く観える