いろいろ2020→2021
チャンチャカチャンチャンチャチャンチャチャンチャン久しぶりにブログでも書こうかなと思っていたら、いつしか2021年になってました。チクショー!(っていうほどではない。)でもまあ、2020年はひとつも書かずでした。特殊な時間はドキュメントすれば面白い記録になるのでしょうが、逆にそういうときはあまりそんな気にならないものなのだなあと振り返って感じます。疫病に社会がコントロールされる時代なんて、歴史の教科書で見た話。科学の発展を過信していたし、日常がいとも簡単に変わってしまうなんて、映画やドラマの中、空想の世界だと思っていました。自由に旅することができなくなるなんてね。———————近ごろ:湧き上がる好奇心をエネルギーやモチベーションにしてこれまで動いてきました。結果的に自分にとっての「自由」を問い続けるような道のりとなりました。自分の芯として音楽が存在しているから、道を誤ることなく進んで来られたように思います。僕にとっての自由とは、音楽を軸に、好きな時に、好きな場所へ行って、好きな人たちと、好きなことをする、ということだろうと思います。音楽を通してつながっていく喜び、広がっていく楽しさが原動力です。自由に身動きが取れなくなり、演奏活動が不自由になり、もうすぐ1年。でも今までと変わらず顔を上げ、少し先の未来のことを考えつつ、今日できることをコツコツ積み重ねていくしかないなあと思っています。コロナがいようがいまいが。目の前に世界地図があって、その中に小さな点として無数の人々が存在している。点が集まるところに社会があって、様々な文化が広がっている。そのなかの一点である自分はどう動くのか。2021年は、日本でリサイタルとコンチェルトを。ものすごく楽しみにしているコンサートがいくつも。あとはアメリカに、3度目の正直:夏のITF - International Trombone Festivalに呼ばれて行って、秋冬はリサイタルとマスタークラスのツアーを東と南を中心に計画中。それまでにワクチンで状況が良くなっていることを祈ります。あと新作CDのリリース!!これは、ほんとうに、すごいものになりそうです。豪華すぎて自分でもビビる。———————演奏:「素晴らしい音」のみが存在する「ピュアな空間」を目指し、追い求めています。良い音色を磨き続け、常にクオリティの高い演奏を目指しています。でも、クオリティだけでは音楽は満たされないと感じます。本当に素晴らしい演奏に遭遇したときには、心が奪われ、その空間には音楽だけが存在しているような感覚になります。楽器も人物も自我もあまり関係ない、響きと振動だけの空間。その境地に達するのは本当に難しいですが、「音楽をする」とは、そういう凝縮された時間に身を置くことだと思います。よく「緊張をどうにかしたい」と相談されますが、個人の一時的な緊張や心配など、音楽の前では本来どうでも良いことです。舞台でできることをやれば、それで良いです。うまくいっていない演奏は、音とはあまり関係のないことに支配されていることが多いように思います。クオリティが高いのに魅力的に感じない演奏というのも存在します。多くの場合、音よりも別のことが目立つからなのかなあと思います。音楽より自我が目立つ演奏は、エゴイスティックに映り、けばけばしい違和感を持ちます。でも強烈な個性が魅力的に映ることもあります。不思議な世界です。ともあれ、人間は大切で、誠実な仕事、凝縮された時間に触れるとき、感動するものなのだと思います。———————何を考えるのか:人間は考える生き物であり、常に何かを考えています。「自分が何を考えるのか」それが自分自身の思考や性格、自分自身の向かう道、視界、自分の周りの世界を支配しているように思えます。思考が思わぬ方向へ向かったり、考えても仕方がないことをグルグルと考えたりしてしまうことは、誰にでもあります。マインドフルネスとか瞑想とか、そういった言葉を日常的に目にするようになり少し経ちましたが、自我を客観的に観察するのは本当に難しいことです。ただ、人間は意味づけの世界で生きているので、「何を考えるのか」「どう感じるのか」についての多くは、自分自身で選択できると思います。がんじがらめに感じても、実はそうでもないことが多いです。ひとつひとつ足かせを外し、見るべき道を進むことができたら、また面白いところへ行けるのかなといつも思っています。どのような世界に身を置き、何をし、どこへ向かっていくのかは、平等に与えられた自分次第の自由なのだろうと思います。