イメージ 1
 

作品について http://cinema.pia.co.jp/title/17543/

↑あらすじ・クレジットはこちらを参照してください。

あらすじです。http://cinema.pia.co.jp/title/17543/

 
(内容に触れて雑談です)
 
19歳の監督の、実体験による作品とのこと。

とある高校での、6人の男女生徒の一コマ一コマを
コラージュしたように見せるのだが
冒頭から、誰かが血を流している、というだけでない
ドラマティックな作品だった。
時に、彼らのインタビューを交え
個々の背景や本音を吐露させるのも、生生しい…。

切り取られた1シーン1シーンは
それぞれの “原因”や“経過”を映しているのだが
それが、1シーンにとどまらず、別の誰かへとつながっていくのが、面白い。

そのつながり方は、時間的な前後だったり
すぐ横で、同時に起こっていたりする。

その 時間的な距離は
その 立ち位置の距離は
彼らどうしの どんな距離だったのだろうか……と思えてくる。

たとえば、お互いに 理解可能な距離だったのか、とか
共感に近づきつつある距離だったのか、あるいは
もう 修復不可能で、離れていく途中の距離だったのか、とか………………

そんな彼ら1人1人の 悩める“経過”の流れのなかで
いったい、どんな“結果”に行きつくのだろう、と思いながら見ていると……

1人の女生徒が、ある1シーンから離れるように、
次のシーン、次のシーンと、すり抜けていく……………………
そして
その彼女の“原因”や“経過”が
実は、よくわからなかったかもしれない……
と思う間もなく
彼女は、いきなり、“結果”を見せる。
 
午後2時37分に…………(←原題です。この時間をタイトルにしたことが
作品をより鮮烈なものにしたと思う。)

今まで、とおり過ぎていったシーンの数々は
この時間の出来事に収束されていた,………と言いたいほどの 凝縮感があるのだけれど、
この若い監督は、
ラストに、すり抜けるように、画面から消えていった彼女を
もう一度、つかまえたい気持ちで、撮影したのではないかと思えて仕方がない。
今なら、こっちに戻せる!………のに……と。

その午後2時37分の“結果”に居合わせて 思うことはあった。
 
エンドロールに流れる歌は
♪私を 憶えていて 忘れないで ……………………と歌っていた。
 
そこに、わずかな希望を感じれば 救われるのかもしれないし
それが、同級生監督の願望なのだとも思う。
 
私も、心残した人のことは、絶対に忘れないでいようと思っています。
けれど……(ごめんなさい) 
私を忘れないで…という期待は、私自身は、しないことにしています。
 
たとえば、別れたときに、あるいは、関心が無くなったときに
その人の心には、もう 私は存在していません。
 
私が生きていても、死んでしまっても、その人には同じこと。
『あの時から、君(私)は、もういない』
そう思えば、哀しいあきらめも つきそうでしょう?…………………。
 
コトが起こったあと、この作品でもそうでしたが
「何か言ってくれれば」とか「もっと早く気づいてあげられたら」
と仰っる方は います。
心からの優しいお気遣いなのだとは 思います……。
 
でもね……
何を言っても 遅いんですよね。
それは、相手へのではなく、自分への言い訳にしかならない……
(すでに心から消えた私のことを、気づくも何もないと思うので
私のときにはそう思わないでほしいと思う)
 
遠い距離
たどり着けない接点
すぐそこに、居たのに…………………
 
ある人が 言った。
孤独から救われたくて 人に歩み寄っただけでは、孤独からは 救われない。
その人の孤独を理解するつもりがなければ
自分の孤独からも 救われないのだと。
 
わかってほしかったのに!
わかり合いたかったのに!
もどかしく、悔やまれる想いは 誰しも あること。
眼中に入らないことは 本当に 哀しい……………….
 
あの時、確かに存在した あなたを決して忘れない!と、思いながら
もう 思うことしか できないことが
あなたの孤独に近づけなかったことが 私も やはり 悔やまれてなりません………。
 
だから、
逝ってしまった人、遺された人……
きっと 悩める人たちすべてへの
監督の強い抱擁を この作品から感じるのだと思う。
 

 

TBはFCへどうぞ。

 

イメージ 1

 
 
.