流水不濁

3月9日、34歳になりました。

 

こんなにも人生ってシンプルに生きられるんだなぁと、最近痛感する日々です。

本当に有難い。

 

良い意味で頑固さを貫いてきて良かったなぁ。

 

貫いたら、自分にしかできないことって、本当に見つかるんだなぁ。

 

 

 

 

 

確かに社会的にとか、世間的にとか、色々考えだしたら、「~すべきだ」というルールがたくさんあるこの世の中では、

自我を出してはいけない、我慢しなきゃ、親や先輩や上司の言うことを聞かなきゃと、なりがちだ。

 

でも、本当にそうか?

 

すごく狭い世界の中で、他人と比べて、自分自身を過少評価していないか?

 

自分の持つ才能は、そんな小さな世界に留まっていて、真の輝きを放っていけるのか?

 

 

 

その時その時で僕がいさせてもらったこれまでの環境は、確かに有難いものばかりでした。

本当に感謝している。

 

でも、何かが違う。

まだ最高の状態じゃない。

 

少しでも自分の感情に偽りがある状態で仕事をしていては、自分の才能を最高に発揮できているとは言えない。

 

 

まだ先があるはずだ。

 

また次のステージがあるはずだ。

 

じゃぁ、挑み続けるしかない。

 

現状の自分を越えていくしかない。

 

 

10年以上、そんな状態を続けてきました。

 

 

今ようやく実感できています。

 

 

誰かの言うことではなく、

違和感を抱いた自分の心の声を信じ続けてきて本当に良かった。

 

 

 

 

最近”呼ばれる”ことばかりです。

 

自分の役割を明確に見つけたからでしょうか、何かに導かれるように道が開けていく感じがしています。

 

 

 

”流水不濁”

 

 

導かれた場所や機会で、出会った方々の心を「透明」にしていきます。

僕らが地球と共に生きていける未来に向かって、人類の革新を促していけるよう、然るべき方向にまっすぐに進み続けていきます。

流れる水のごとく。

 

 

 

人はみんな心に透明なコップを持っていて、シンプルな状態でいられたら、そのコップの奥底から、常にキレイに透き通った水が湧き出てくるんです。

 

ひらめき、心遣い、バランス、情熱、好奇心、状況判断

 

この透き通った水は、人間にしかない最高のセンスを引き出してくれる、最高のパワーです。

 

 

けど、僕らはそのコップの中を、余計なものでいっぱいにしてしまっているから、

透き通った水が湧き出てこなくてしんどくなってしまうんだ。

 

妬み、不安、自己否定、不信、見栄、被害妄想

 

 

余計なものはいらない。

 

人のことを見るばかりじゃなくて、自分のことをしっかり見つめてあげれば、誰だってシンプルになっていける。

そして、余計なものを自分のコップの中から捨てることができる。

 

そして、そのコップを空にすることができれば、

何もない空の状態だからこそ、何でも生み出していけるんだ。どんな風にでも変化・成長していけるんだ。

 

 

 

 

人と人とが互いの違いを理解し合い、違うからこそ、互いに協力し合っていける、そんな社会を作っていく。

34歳、さらに研ぎ澄まして、ひたすらにシンプルに進み続けます。