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 長々といきなり古事記の時代について説明をしてきましたが……ごめんなさい、話はもっと古代にここから飛んでいきます(汗)。


 なぜ、大和族や出雲族の始祖である、天照大神や須佐之男の祖先がわざわざ日本から中東の方まで旅をして、そしてまた、日本に戻ってきたのか。私の解釈をここで述べたいと思います。



 私が産まれた愛知県では、西暦2005年に国際万博である愛・地球博が開催されました。その万博の目玉の一つに、冷凍マンモスを展示するパビリオンがあったことを覚えてらっしゃる方はいらっしゃるでしょうか。





 この冷凍マンモスは、ある日突然起こった地球の気候変動によって冷凍保存されることになってしまったと言われています。




しかし、冷凍マンモスが何体も見つかったシベリアは、当時温暖だったと言われています。マンモスのお腹の中にあった植物が温暖な地域でなければ育たないものばかりだったことから、そう言われています。



(1万五千年前のシベリアはどうやら温暖)


 しかも、お腹の中にあったものが腐らず、そのままマンモスが冷凍されてしまったことから、この変化はあまりにも急激に起こったと言われています。
 その年代がおおよそ、一万五千年から六千年前と言われ、縄文時代が始まったと言われる時代とほぼ同時代です。


 一体、この時代に地球には何があったのでしょう。

 私はこのカストロフィーは、地球に彗星が当たったと考えています。映画ディープインパクトのように。




ただし、彗星とは月です。月は、現在衛星として地球の周りにいるので、正式に言えばぶつかりはしませんでした。

 しかし、全く傍になかった星が突如、地球の傍にやってきたら何が起こるでしょう。マンモスが突然凍ってしまうような気象変動が起きてもおかしくはありません。

 この説は、自身の臨死体験中にタイムトリップができる事に気がついた木内鶴彦さんが見てきた事実を採用しています。


 彼が見てきた事実を要約すると、ある日地球に月が接近し、月にあった水と土砂が一気に月から落ちてきた。それは嵐と言えるような生易しいものなのではなく、地球全体が大洪水の大惨事で多くの土地が水没していったとのこと。

 さらに、その衝撃によって一気に地軸の変動も起きたのか、シベリアなどの温暖な地域が一気に寒冷地域に変わってしまったと。


 天空の城とも言われるマチュピチュがなぜあんな高地にあるかと言えば、当時月の衝突に備えた避難所であったとの事。


 世界のあちらこちらの神話の中には、必ずといっていい程、大洪水のくだりがありますよね。一番有名なのはノアの方舟でしょう。このようなくだりは決してフィクションではなく、当時の史実を基にして形成されたのではないかと考えています。





 この世の中には、世にも奇妙な不思議な体験をする人がいるものですよね。まさにSFの作り話とも言えるそんなタイムトリップ話を突如真に受けるというのも突飛だとも思われるかもしれませんが、木内さんが断定した年代に起こった気象変動と縄文時代の在り方、それに世界各地に残る洪水神話は妙に連動するのです。

 だから、私はダーウィンの進化論は無視し、ただの妄言かもしれない木内さんの証言を信用しています。



 私は、地球に気象変動が起きる一万五千年前は、現在のテクノロジーを超えた文明があったと考えています。今も都市伝説的に語られているムーやアトランティスなどの文明はあった、と考えています。どんな文明だったのか、いろんな本を読んでもはっきりしませんが、きっと、映画「天空の城ラピュタ」で描かれたラピュタ文明と同等かそれ以上のテクノロジーが、当時の文明にはきっとあったのだろうと私は思っています。


 そんな高度な文明がどうして滅んだのか。西洋中心の書籍の中では、アトランティスとムーが戦争したからなどと、色々と言われていますが、私は、当時彗星であった月が、突如地球に向かってきてしまったからだと思っています。


 現代のテクノロジーを凌駕した文明を築き上げていた地球でも、月の衝突を回避する方法は見当たらなかったのだと思います。だからこそ、衝突後生き延びる場所を当時の人は模索したのではないかと思います。
 
 当時のテクノロジーは、月に水があることを知っていたし、また月が地球への全面衝突を避ける方法を考え抜いていたのではないかと思います。衝突はギリギリ逃れたとしても、月から土砂や水が降ってくることが避けられない事は知っており、更にその量が、果てしない量である事も知っていたのだと思います。


 だからこそ、マチュピチュという高地の避難所を建設したのではないかと思います。また月との衝突によって、氷河期が訪れる事も多くの人が知っていたのではないかと思います。だからこそ、火山地帯の高地な場所に、人を移動させたのだと思います。


 日本も高地な場所の一つだったのだと思います。更に、火山地帯であったからこそ、この場所を避難所に選んだのではないかと思います。なぜなら、一万五千年前の氷河期にもかかわらず、日本が豊かな文明を築けたのは、ここが火山地帯であったからです。山があるから水がある。その水も火山地帯の水だからこそ、凍らない。

 火山地帯だからこそ、草木も育つ。気象変動を察知した人たちの一部が敢えてこの火山地帯に移り住んだのではないかと私は考えます。


 与那国島など、日本の南の島々の周辺には、海底遺跡が発見されています。


(ちなみに私も潜ってきました@与那国海底遺跡)


 海底遺跡になった理由は、水没以外考えられないでしょう。本来あった文明の場所を捨てて、未開の地とも言える現日本国土に多くの人が月との衝突前に、移動したのではないかと私は考えています。さらに日本は避難地として特別な恩恵を受け、被害がほとんどなかったからこそ、神話に洪水の話が記載されていないのではないかとも考えています。


 古代文明に生きた人たちは、月の衝突によって、地球の水位が一気に上がる事も、一気に寒冷化がされることも知っていた上で、現日本国土に移動したのではないかと思います。



 さぁ、このカストロフィーは、日本温存の種とどう結びつくのでしょうか。次の項目で話をもう少し深めていきましょう。