さっき雅子妃のこと書いたからついでに書いちゃおう。


神社を学び始めてから、自然と興味は日本の歴史に向かっていき、そしてようやく私は皇室の偉大さに気が付くようになりました。


私たちの為に祈ってくださる君主のいる国に生まれたことを素直に嬉しく思い、感謝するようになりました。


私たちの生まれた日本という国は、立憲君主制や議会制民主主義なんかよりも、実はずっとずっと進んだ考え方の中で国を統治してきました。


竹田恒泰さんの言葉を借りれば、それは「君民一体」となります。


君主も民も互いが互いを思い反映していく様となります。



とはいえ、生まれてからこの方、他の統治制度の経験がないため、「君民一体」に対して私は実感が沸かずにいました。

歴史を振り返れば、天皇陛下や皇族方は民の為に尽くしてくださっていることは事実であると言えるでしょう。

確かに、歴史の中ではそうじゃないと言い切れる人もまぁまぁいますし(;^_^A、古事記を読めば常に皇室内(当時は朝廷内)は揉めてるってことは分かるのですが、日本の歴代の君主の中で、「君主の為に民がいる」と考え統治を行っていた人は皆無ではないかと思うのです。

もしそのような悪政をしている王の歴史があるのなら、京都御所のような簡素な作りの宮殿であるはずがそもそもないでしょうし、この造りであるなら、簡単に制圧されてもおかしくないのに、誰もこの場所を潰してこなかったんですよね……。


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こちらが京都御所♪(これはサイクリング中の写真)


日本人において、君主である天皇陛下や皇室方がお優しいことは疑問を持つことがないほど当たり前です。


だからこそ、私は「君民一体」の実感を掴めずにいました。



話が少しそれますが、私もつい先日(といいながら4ヶ月ほど前)、偶然天皇陛下と皇后陛下をお見かけしました。

その時の感動の記事→気分が乗らない果てに起きた奇跡

優しさと気品が満ちた両陛下のお姿にこの上ない感動を頂きました。


ただ、図々しいことにこういう有難い事が日本人にとっては当たり前でした。


そんな私でも雅子妃殿下の登場によって、君民一体とは何かがようやく分かるようになりました。


皇太子殿下や雅子妃殿下の君民一体を否定する行動によって、初めて「君民一体」が分かりました。そして天皇陛下の存在に心から感謝できるようになりました。

こちら同じ被災地訪問の写真です。




とても不自然ですよね。

選ばれた人が名札をつけて、両殿下を待っているのです。

今までの皇室の在り方ではなかったことです。

雅子妃殿下擁護派は、「たまたまだ」というでしょうが、今までこのような「たまたま」さえなかったのが歴史です。


彼女の考える皇室の在り方を見ていく内に、私も彼女に対して否定的になりました。

そして思いました。

「他国が王を嫌うという発想は、このような行動によってもたらされるのだな」

と。


そして、君民一体とは何なのかというのが、東宮家の行動と両陛下や秋篠宮家との対比によって心底理解できるようになりました。


君民一体を崩壊させている両殿下の行動に対しデヴィ夫人などは廃退子、廃退妃を訴えておられます。

気持ちはよく分かります。

ただ、私は敢えてそのような事を訴えようとは思いません。

民が訴え、そして皇室を変えるのは日本の歴史的に余分な事実を刻むことになると思うからです。


私は、きっと神風が吹くと思っています。

悠仁親王ご誕生の時のように。




君民一体とは何か?

それが心の底から分かった時、願うことはこれからも「君民一体であり続けれること」になるでしょう。

逆に、それを願い続けさえすれば、神は民の願いに叶う君主を授けてくれるはずだと私は信じています。



君民一体の統治は、多くの西洋哲学者の理想ですが、そんな理想など出来るはずがないと思われていました。

しかし、日本にはその理想が2000年以上前から続いています。


だからこそ、ユートピアと呼ばれたのでしょう。

ずっと桃源郷の日本であり続ける為に、君民一体の国家をただ望みます。