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感情が薄くなっても「不安」残ります。エゴの思考で最後まで粘り強く居座り続けるのが「不安」です。ただ、この「不安」も地球攻略の実践を続けていると、ある日突然なくなります。


 ポイントは「ある日突然」です。

 不安の要石が完全に消える時は、もちろんダダって崩れる音が体内で感じられるので、無くなったことは自覚できます。


 ただ、無くなった後、なにかもの凄く困る感じがします(笑)

 「全くの不安がない」感覚を生まれてから今まで持ったことがないですから、私の場合は超気持ち悪い感覚でした。

 自分の日常は、収入も不安定で、40歳手前の未婚で、親は介護が必要な日常のはずなのに、そこに「不安」だけが存在しなくなります。


 これは結局、不安を指針に生きていたということなのだと思います。

 この指針たるものが完全に消滅してしまうと、一体何を頼りに生きていいのかが分からなくなり、ちょっとしたパニックに陥ります。

 突然現れたゴールによって、目標が見えなくなり、虚無感が自分自身を支配します。
 


 ようやくスタートに立てただけのはずなのに、この先の生き方が分からなくなってしまいます。

多くの書物はここに行くまでの過程は書いてあっても、この先のことについては大概触れていません。



 「全てを受け入れ、ただ生きる。」


 それだけなのだと気がつくのに、私はそこから数ヶ月の時間が必要でした。

 その過程の最中では、様々な失敗をしました。


まずは「何でも思い通りになる」という勘違いをしていたがために、様々な失敗を繰り返しました。 何度失敗を繰り返しても、「不安」が消えているので根本的な間違いは見落としてしまいます。

 しかし、「不安」はないのに、どんどん自分の生活は窮地に陥っていきます。変な感覚だからこそ、混乱が続きました。

 そんな日々を過ごしていたある日、図書館で偶然見つけた小林正観さんの本が私を救ってくださいました。


「淡々と生きる」の最初にはこう書かれています。




いつ死んでもいい、いつでも死ねる、生きることに執着はない
――というのは、ある程度勉強した人にとっては、そういう気持ちになれるものです。
私もその程度のことは言っていました。

正岡子規の言葉は、そういうタイミングで届けられてきたのです。
「悟りとは、平気で死ぬことではなく、平気で生きることである」
つべこべ言わないで平然と生きること。淡々と生きること。
それが悟りである。
それがドーンと響いてきたのです。



初めて手にとった小林正観さんの書籍をめくると、いきなりこんな言葉が目に飛び込んできました。

昨日までの私の悩みは全てソコに集約されており、この意識中でどう生きるべきなのかが、全く分からず、どこに向かえばいいのか分からなくなっていました。


真理を探求し、コツさえ掴んでしまえば、手放すことは非常に簡単になります。

そして手放すことに快感すら覚えるようになります。

しかし、問題は「手放すものはもうないよ(-"-;A」と言いたくなるよな、手放しきった後に起こるのです。
私は最後の要となる「不安」も消えてしまっていました。



どんなに手放しても、目の前に流れている世界というものは大きく変化しません。見えない部分ではきっと大きく変化している部分もあるのでしょう。しかし、自分の変化と比べると、その変化はあまりに遅くあまりに小さな変化です。

今私は自分の失敗と反省を踏まえた上でこのような事象を地球攻略という視点で体系化させていますが、もちろんその頃の私がこのようなメソッドを持ち合わせいた訳ではなく、全ては体当たりでした。


だから、全てを手放せれた後、「この先本当にどうやって生きてけばいいんだろう」と、悩むことになりました。

私の場合は、真理が分かったら、何でも引き寄せれるという勘違いをしていたし、全ては想像から生み出すのだと勘違いしていた部分があったから余計です。



確かに精神世界と向き合い始めると、もの凄い勢いでシンクロがおき始めます。それは今思えばビギナーズラックとも言えるもので、何でも引き寄せれる感覚が続きます。

(実際にはビギナーズラックでもなんでもなく、本来生きていたらそれくらいのものが引き寄せられて当然なのですが、あまりにも真理とかけ離れた道を歩んできた私たちは、そういうシンクロ現象というものに、もの凄く驚くし、またそういう真理をあてにし、どんどん使いこなそうとし始めてしまいます。)


だけど、もの凄く不思議なのですが、ある時から、引き寄せれなくなります。そして、何故かイメージを上手く使えなくなります。


それは想念と現実との壁が薄くなってしまったが故に、自分の想念がネガティブなイメージを創っているからだと、迷わず自分に言い聞かせて想念を使いこなそうとするのですが、目に見える現実の方は、何故かどんどんイケテナイ方向へ……。そういう所に陥ると、本当にどうやって生きていけばいいのかが分からなくなりますね。

そういう意味でその頃の私は、かなり彷徨ってました。


「学べた」の達成感の中で死ねたら本望なのですが、もちろん人生はそんな風になってないわけで、あの頃の私は毎晩「明日になったら死んでますように♪」って祈って寝るけど、死んでないわけで……。


 私がこの本で繰り返し、「自分の思い通りにはならない」と伝え続けたのは自分の失敗があったからです。



 不安が無くなったと実感した時期の指針とするのは、「平気で死ぬことではなく、平気で生きること」、「つべこべ言わないで平然と生きること」、「淡々と生きること」です。



 自分の意向や意思ではなく、与えられたものを淡々とこなす事が次に繋がります。そして一度手放したはずの世界に、新しい意識を持ち合わせた者として戻っていくことになります。