この間、名古屋の高島屋にある書店に行ったら、これみよがしに松下幸之助さんの著書「道をひらく」がてんこ盛りの平積みになっていました。




昭和43年に発売された本が、発売から45年以上経った今でも、その言葉色あせず、今を生き抜く人の灯火となっていることが、売上部数500万部の実績とてんこ盛りの平積みの事実から伺えました。


本屋に置かれたPOPには。

この時代を生きる女性にこそ読んでほしいと。

特に「道」を読んでほしいと。

書かれていました。


一瞬買って帰ろうかな~と、思ったけど、「図書館に行ったら置いてありそう。」と思ったので、一旦そこで買うのを辞めて、後日図書館に出向いてみました。


さすが、図書館。



43年当時の状態で、この貴重な本を保管し続けてくれていました。

ヴィンテージに宿る質感を味わいながら、改めて松下幸之助氏の言葉を噛み締めています。


図書館には他にも昭和の時代から残されている沢山の松下幸之助氏の本があったので、それも片っ端から借りてきて、今、彼の思いに触れているのですが、、、。


彼の思いを味わいながら、気づいた事があるのです。


「松下幸之助氏のように、みんながなれたら、こんな煩わしい世の中ではないはずなんだよなぁ」と。


彼の言葉は、すべて「然り」と言える、真理が散りばめられているのですが。

そして、その真理に背く生き方によって得てしまう不幸についての言及が散りばめられているのですが。

悲しいかな、、、時代は、松下幸之助氏が危機感を抱いた側の方へと流れていると思います。


松下幸之助氏の本を読んでいたら、昔読んだ手塚治虫が書いたこの本の事も思い出しました。

21世紀の君たちへ ガラスの地球を救え


この本も同じく、未来を危惧する言葉が沢山書かれており、その言葉はある種の予言通りに近い動きを見せているのですが。。。。


松下幸之助氏も手塚治虫氏も俯瞰した状態から世の中を見ており、それ故に、その行動パターンにおける未来の方向性が手に取るように分かったからこそ、沢山のイマジネーションと言葉を書き残してくれたのだと思います。


ただ、結局のところ、私たちはその大師とも言える方々の言葉が分かっていながらも、、実行できないというもどかしさの中に生きているのではないかと、思うのです。


先の記事にも書いたのですが、この世の中には、「幸せになる」ことを目的とした本は山ほど出版されているのです。


しかしながら、その本が出版されなくなる日が来そうな気配は感じられません。


それは、私たちの中にある何かが、恒常的に感じられるはずの幸せを阻害するが故、日進月歩にもほど遠いような、幸せと不幸のイタチごっこみたいな事が個人の中で起きているのでしょう。


その何かを追求していった結果、私は個人の中にあるエゴという存在がその方向性を阻害しているのだと認識しました。だから、その阻害の要因となっているエゴのメカニズム(作動反応)が分かれば、理解の後に生じる行動が阻害されなくなるだろうと。。。。


そして、時代の変化によって、昔の方のが得やすかった「エゴ解除」の方法が、世の中の変化によって、しづらくなっていると。



ちょっと、長くなってきたので、次の話題にふって、その部分に触れてみたいと思います。