かれこれこの10年で、スピリチュアルという言葉も随分浸透しましたね~。

江原さんのブレイクによってだと思いますが、ほんの10年以上前だったら、こんな言葉誰も知らなかったのに、幸せになる為の実用的な分野として確立されてきましたね~。


で、スピリチュアルとは、スピリチュアリティとはなんでしょうという事なのですが、


いつも通りwiki先生を引用させてもらうと、こういう事になります。

スピリチュアリティ(英: spirituality、霊性)とは、霊魂や神などの超自然的存在との見えないつながりを信じる、または感じることに基づく、思想や実践の総称である。必ずしも特定の宗教に根ざすものではなく、普遍性、共通性を志向する概念である。

超越的次元の存在の自覚によって生じる存在・経験様式の一つであり、それは、自己、他者、自然、生命、至高の存在と考える何かに関する一定の判別可能な価値観によって特徴づけられる。



ざっくり言うと、人の生きている世界は目に見えるだけの世界じゃないよ~って言う事なんだけど、スピリチュアルに没頭してしまう生き方は、これまた残念で。


結果のところ、人の生きている世界は、目に見えない世界だけじゃないよ~。っていう事になるわけです。(笑)。


所謂、スピ系と呼ばれ、スピリチュアルな世界に没頭されている方の多くに見受けられる傾向が、目に見える世界よりも、見えない世界の方に傾倒し、そして見えない世界に依存していくという事です。


それは、とてもとても本末転倒な事なわけで。


じゃぁ、なんで私たちは、制限された見える世界の中で生きているのか?

という、大きな課題をないがしろにした、逃避行動なわけで。




スピリチュアルに没頭している方の各所で見られるのが、実は現実世界(見える世界)をないがしろにしている事が多いのです。


見える世界を楽しめるように創造しようともせず、見えない世界の自分を崇高していく事で、自分のバランスを取ろうとする行為の理屈にスピリチュアルを利用しているように思える瞬間が多くあります。


ゲームやアメーバピグなどの仮想現実世界の中の自分こそが本物であるとしているグループと差異のない行動パターンなのですが、スピリチュアルという言葉は幻想的且崇高な響き故に、その落とし穴に気づかず、抜けられない自分探しに没頭している方は非常に多い訳です。




アセンションとは、スピリチュアリティに似ているようですし、同じように捉えられがちですが、明らかに一線を画します。


今まで隠されていた宇宙真理を自らの力で思い出し、それを言動によって定着させ、生きる事。
それに尽きます。


アセンション議論が好きな方は、「アセンションを知らない人はこの地球に残される事は出来ないのではないか?」など疑念による不安に苛まれていたりしますが、


アセンションとはその人の生き方の中にある心持ちですから、知っていようと知らないでいようと、本音の所あまり関係はなく、知らなくても、既に高い波動で生きていらっしゃる方は多数います。

正直な本音を言えば、知らない人の方が、実はアセンションという概念が促している言動をきっちりこなしている場合はとても多いです。


だって、アセンションとは、目の前にある日々を大切に生きる事から始まるのですから。


感謝の念、楽しむ心、受け止める心、優しい気持ち、そして、ワクワクしながら笑うこと。

目の前にある世界をそういう風になるように、自分自身が変わること(人を変える訳ではなく、環境を変えるのでもありません。)がアセンションする事とイコールとなってきます。


確かに私たちは、物質社会に依存し、目に見えるものだけに比重を置き、またその見えるものに依存した生き方をしてきましたが、

そうではなく、


目に見えるものと目に見えないものは並列にあり、それを理解し、双方に配慮を持ちながら、自身が変わり、自立していく事、すなわち、それがアセンションであると、私は考えます。


今日の一枚

燃えてるように見える富士山♪

$いつの日も神社、時々たこ焼き。

美しいね♪