【2クール目直前】あり得ない看護師時代の回想録 | 「がん」と私の奇妙な共同生活

「がん」と私の奇妙な共同生活

看護師の筆者が突如「卵巣がん」を告知され、手術、および治療を受けていく過程についてをタイムリーに記録していきます。


テーマ:

─経緯─

2017年9月12日、「卵巣がん」の疑いを指摘され、翌日S大学病院を受診。卵巣は約9~10cm大。破裂の危険があるとのことで精査と安静を目的に緊急入院。(その後、9月25日付で看護師退職) 10月26日に両卵巣、子宮は膣上部までの切除術(膣上部が直腸・尿管と癒着しており、切除不可能だったため)、大網部切除。右卵巣は術中に自然破裂。病理診断の結果は卵巣がんの中の明細胞腺がん 大網部に播種転移見られたことからⅢa期。12月21日よりTC療法(パクリタキセル ・ カルボプラチン)開始。現在、1クール目(3週に1回投与=6クール予定)

 

【本日投与後23日目。自覚症状】
脱毛…ほとんど残り少ないぐらい。白血球数は4900まで回復。

 

昨日は急な腹痛で入院延期となった篠崎ですが、現在、無事病棟のベッドにいます。
これが…偶然にしては出来過ぎな、「緊急入院して一番最初に入ったベッド」でした。

うわぁぁぁ…。そうだ、緊急入院でここに来たんだよな、って思わず感慨深く思ってしまいました。

 

あれは──9月13日。約4か月前ですね。でも、来た時は半袖だったと思います。

前日の9月12日に婦人科クリニックを受診した際は、「まさか私が『がん』になっている」とは、(潜在意識では感じ取っていても、顕在意識は)まったく想像だにしていませんでした。

クリニックの若い女医さんは、エコーをかけながらこう言いました。

 

女医「…一番最近診察したのは、いつですか?」

私「えっと…もう1年半前、ぐらいかな」

女医「その時は、どのぐらいの大きさだって言われました?」

私「両卵巣とも、4~5cmと言われました」

 

でも、私は「明らかに右が大きくなっている」のは自覚していました。何故なら、右側臥位に寝返り打つだけで激痛が走り、飛び起きるぐらいでしたから。
そうしたら、女医さんは言葉を慎重に選びながら言いました。

女医「左はそのぐらいで変わりがないのですが…右側が…大体10cmぐらいになっていますね。しかも、これは悪性である可能性が高いです。膜がところどころ薄くなっているので、破れる危険もあります。紹介状を書くので大至急、大学病院を受診してください。今日はもうこの時間(夕方)なので、明日受診出来ますか?」

 

そう言われた篠崎。

想像だにしていなかったくせして、何故か「ああ、やっぱりな」って思ったんですよね。

だからこんなに体調が悪かったのか──と。

篠崎は紹介状をもらい、当時はまだ看護師だったので職場に電話をしました。

施設長に事情を話し、「急遽申し訳ないのですが、明日、休みをもらってもいいですか?」と尋ねたところ、施設長は二つ返事でOKしてくれました。
私は看護科に廻してもらおうかと思ったのですが…やめました。

理由は、「絶対に、休ませてくれないだろう」ということが分かっていたからです。
前にも、私が大学病院の精密検査で「この日、大学病院で検査があるのでお休み頂けませんか?」と言ったら、人手があるにも関わらず「じゃぁ、他の休みを削って」と主任に言われました。

意味不明です。

ちなみに、主任は人手が不足している時に「介護休暇」を1か月取りました。実はその時に体を酷使してから、篠崎の体調がいっきに悪化したのです。

だから私は「後で何を言われてもいい」と思い、看護科には廻してもらいませんでした。

施設長も「廻そうか?」と言わなかったから、「そのままにしよう」と思ったのです。

だって、もしそれで「次の休みに受診してちょうだい」と言われ、勤務中に破裂したらどうするのでしょう?

主任や先輩看護師は、私の人生の責任をとってくれるのでしょうか?

 

大学病院に受診したところ、やはり「がんの可能性が高い」と言われ、その上仕事が看護師であることが分かった途端、先生は「破裂の危険があるので、精査と安静を目的に入院しましょう」緊急入院になりました。
正直、すごくホッとしました。

 

実は施設で車椅子を押している最中、手が滑って車いすの握る部分が下腹部に食い込んだことが何度かあったのです。今回それをやったら、がんの右卵巣が間違いなく破裂するだろう…そう思いました。

それ以上に、あの過酷な走り回る日々を送っていたら、遅かれ早かれ破裂するだろうとも思いました。

 

その事情につき、私が施設長に話したところ、施設長は何故か私以上にショックを受けてくれて(笑)、けじめとして看護科に廻してもらいました。

主任以外の先輩看護師が電話に出たところ…ものすごい対応(苦笑)。

 

「精密検査もしてないのに、何でがんだって分かるわけ? どういう検査をしたの? どうして入院しなくちゃならないわけ?」

 

正直、私は腹が立ちました。

普通、同じ職場で働いていて、仮にも「看護師」であるなら、まずは相手の心配をするのが普通じゃないでしょうか?
体調を思いやるのが、看護師ではないのですか?
医療の知識だけあるのが看護師ではなく、看護の魂や使命を帯びられる人間こそが看護師ですよね?
あまりに腹が立ったので、私は途中で無言になってしまいました。
すると、私が怒っているのが伝わったのか、急に声色を変えて来て「じゃぁ、退職日までは出勤難しいよね?」と聞いてきたので、「はい。破裂の恐れがある故の緊急入院ですんで」と強調してしまいました。先輩看護師は「分かりました」とは言いましたが、「お大事に」という言葉さえありませんでした。

電話を切った時、「私はもう二度と、看護師に戻らない!」そう決意しました。
(もしこのブログを読んでいる看護師、或いは指導看護師、もしくは看護協会の方がいたら、ぜひ、「看護とは何か」の基本に戻ることをお薦めします。何故、今時の病院では「患者さんをお客様と同じように扱え」と言っているか、お分かりになりますか? 患者さんに対して、思いやりを持てない看護師が多かったからですよ。同僚が「がんの疑いがある」と言っているのに「お大事に」も言えない看護師がいるという事情を、重く受け止めた方が良いと思います。それこそが、看護師の離職数に繋がっている事実を自覚してください。)
 

結局、私は「卵巣がん 明細胞腺がん Ⅲa」でしたが、それを報告したら、主任は初めて「お大事に」と言ってくれました。その後に続くように他の看護師も「お大事に」と言ってくれましたので…おそらく、自分の言動や行動に反省はしてくれたのかな…とは思っています。

いえ、もう私も嫌な思いを引きずりたくないので「きっと反省してくれたに違いない」そう思うことにしました。そして、同じような体調不良の同僚看護師に向かって、今度は「思いやりをもった対応」をし、最後の最後に「お大事に」と言うのではなく、もっと前に「お大事に」と言えるようになっているだろう、そう信じています。

 

私は、どんなに体調不良の時も仕事を休まずに出勤していました。トイレで何度も嘔吐しながらも、仕事を続けていました。出来れば早退したい…そう思っても、人手不足の時はそれが出来ず、無理してでも働かなければならない状態でした。

 

何故、人手不足になるのでしょうか?

誰だって、「働きやすい職場」であれば辞めたりしません。仲の良い同僚や、優しい先輩看護師がいれば、辞めようなんて思いません。

厳しいことを言ったり、怒ってもいいのです。その後のフォローがあれば。

結局、私がいた職場のように理不尽に休みをくれなかったり(主任は1か月休んでいるのに)、がんの疑いがあると言われている時に優しい言葉もかけてくれないような職場は「二度と戻りたくない」そう思われても仕方ないでしょう。(いや、それ以前に執筆の仕事が軌道にのったので、看護師には戻る気ないですが。)

 

そんな出来事が、4か月ほど前、このベッドに入院した日に起きたのだなぁ…って、何だか感慨深い思いです。

この4か月で、エラく人生が変わったものです。今年刊行する本は2冊本決まりですし、その他にも数冊出したいと思っている本もありますし…いつか「何で看護師の離職者数が高いのか」って本でも出そうかなと思っています(笑)。

 

さて、明日からは抗がん剤2クール目スタート!

また詳細をレポートします。

 

★日々記事にしていく励みになりますので、よろしければクリックをお願いいたします。

人気ブログランキング


【SF長編小説:人類滅亡後に突如現れた先進文明と古来の地球人であるヒューマノイドの対立】
連載中★12月18日 第三部第三章「すべての始まり/前編」更新
ブログ用バナー
【ファンタジー小説:ソラと仲間達の神様を探す旅】

WE are EARTHバナー

 

篠崎由羅さんの読者になろう

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

SNSアカウント

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

    ブログをはじめる

    たくさんの芸能人・有名人が
    書いているAmebaブログを
    無料で簡単にはじめることができます。

    公式トップブロガーへ応募

    多くの方にご紹介したいブログを
    執筆する方を「公式トップブロガー」
    として認定しております。

    芸能人・有名人ブログを開設

    Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
    ご希望される著名人の方/事務所様を
    随時募集しております。