中東の外交官を日本の外務省が招聘した時の事です。ボランティアのリーダーから希望の国を聞かれて、ヨルダンを希望しました。
ヨルダンのM氏は、お土産に絵皿をくれました。国王の顔の絵で、王冠のマークがついていました。日本では、皇居や国会議事堂の土産に菊の紋があるようなものですね。
国王が外国へ行く時同行したり、外国からの国賓の世話をする仕事をしているとのことでした。「トップクラスですね。」と言うと、「いいえ、ハイクラスです。」と言われました。
ヨルダンといえば、死海があることしか知らなかった私達は、話を聞いたり写真を見たりして、ヨルダンが進んだ国であることに驚きました。早くから文明が開けたけど、今は日本の方が進んでいると思っていたのです。
「水道水は何で消毒していますか?」と聞かれて「塩素です。」と言うと、「私の国はオゾンです。」と言われました。それから数年後、娘達のスイミングスクールのプールがオゾン殺菌に変わりました。
M氏に和室を使って下さいと言うと、「ここがゲストルームですか?」と言われました。3DKのマンションなので、ゲストルームなんてありません。海外からのゲストのために、畳の部屋は、別注で障子を入れていましたが、マンション暮らしなので、普段は私達夫婦が使っているが、M氏がいる間は、私達は子どもの部屋で寝ると言うと、「申し訳ない。」と言われました。申し訳ないのは私達の方です。
私達は、庶民中の庶民ですが、相手がハイクラスでも怯むことなくマイペースでもてなしました。
2日目に、宮島を案内しましたが、ホームステイが続いていたので、財布がピンチだった私は、弁当を作って行きました。私はいつも、ゲストは家族扱いなので、重たい弁当を持って行ってもらいましたが、M氏は初めての経験のようでした。
3日目、M氏は私達と別れて東京へ向かいました。
1週間後、外務省から電話がありました。緊張した声で「外務省中東課です。」私は、何の用だろう
と緊張しました。「M氏が今日帰国の途に発ちました。広島では大変お世話になったので、電話をして、お礼を言ってくれと言って出発されました。」とのことでした。「ありがとうございます。私達は楽しく過ごすことができました。」と言うと、外務省の人は、急に緊張がほぐれたように、「そうでしょうね。M氏はとても楽しそうに話していました。」と言われました。「M氏は何を話したのだろう。」と???で電話切りました。
是非ヨルダンに来てくださいと言われたけど、もしヨルダンに行っても、とても私達が会えるような人ではなくなっているのでしょうね。