妊婦健診の後に駅で待ち合わせして、ベビー用品を一緒に選ぶ
大きくなったお腹で微笑む私の写真をメールで送ったら喜んでくれる
マタニティスイミングに通っていることを、うっかり話しても「あら、元気でやってるのね!順調なのね🎵」と喜んでくれる
ベビー用品をなんやかんやとくれる
…という空想。
…実家の親では実現していない。
そもそもマタニティ姿の写真を送っても返事がない。
でも、私は、仮想の理想の親を想像して、
「こんなことしてくれたらいいな、」
と空想にふける。
そして、私の空想は形を変えて現実に実り、
現実では、友人と同僚と義母がこういう願望を叶えてくれる。
幸いである…。
そういえば小さい時から、
学校行事の催し物を見に来てくれない親、
合唱で独唱パートをもらっても
リードに選ばれても
「あんたは音痴だから、行くのめんどくさい。その時間あったら家事するわ」
と言われて見に来ず、がっかりすることが多かった。
来てほしい、と言ったのに。
成人式も卒業式も来ていない。
学習して、「どうせ来ないんでしょ」とか「来なくていい」と言うようになった。
留学を希望したが「留学費用は用意できないから自分で借りて払って」
と言われ、私は、後輩たちの留学をなぜか応援するようなことをした。
私は自分の親に見守って喜んでくれることを期待しなくなった。
私の親は不在なのだ。
いつも忙しいのだ。仕事が多忙で余裕がない。
代わりに「すずちゃんの親御さんと会えると思ってたのに…?」
とキョトンとしてくれていた友人の親たちに
「誘ったんですけど、忙しいみたいで。会いたがってたと伝えておきます」
と謝りながら、
私は甘えさせてもらったりした。
友人の親に写真を撮ってもらって、後で友人経由で写真をもらったり、
ご馳走してもらったことも。
私は必ず親に報告し、親は、慌てて友人の親に贈り物をしていたっけ。
私の親は、時間がない。
仕事と自分たちの趣味である旅行をしたら、家事をする時間もない。
旅行中に集中して兄と私の話を聞き、勉強を見てくれた。勉強合宿みたいな旅行だった。
成人後も、旅行に付き合わされたけど(自腹)、旅行中に、就活の話とか、親子で話すような大事な議論ができた。
私の婚活の時はかなり時間を割いてくれた。
言ってること支離滅裂だったし、私より高望みだったけど、あの時は、いっぱいかまってもらえた。
仮想通りの完璧な親ではなく、私の希望は聞かれない。
親の知らない世界のことはわからないから、完全に頼れない。
彼氏・仮交際相手に1ヶ月放置されてもピンと来ない所とか、親も私も、放置に慣れきってしまっていた。
だから結婚相談所のカウンセラーの力が必須だったけど。
私は、いろいろな人たちの力を借りて生きている。
今は助産師さんと職場の経産婦さんたちのお節介がないとやっていけない。
自分を完全にわかってくれる、支えてくれる同一人物であったら、
それが自分の親であってくれたら、
と願ってきた。
実家に住んでいたときは、
特に就職後、
「この人たちは私を産んでくれた親だけど、精神的な親ではない。ここは仮住まいで、本当の安心できるホームは自分の空想の中にある」と唱えていた。
里帰りしないの?
とか言われたとき、
親とベビーグッズを見たいなあ
とか思ったとき、
本当は切ないけど、
私は、空想にひたって、まずは仮想の理想の親に満たしてもらうことを夢見て幸せな気分になってみるのだ。