週末は

H.I.S福島スタディツアー福島の今を知り私たちの未来を考える2日間

 
ツアーグランプリ受賞でサンクスツアーを開催しました。
2日間の特別プログラムに参加していただいた方々、本当にありがとうございました。
参加者のみなさんは首都圏から
リピーター率8割
 
 
特別な学びの深い時間となりました。参加者が口々に「百聞は一見に如かず」という思いでこのツアーに◯年前に参加しました。と、多い方は7回目という大記録です^^
 
そんな中で今回は福島県のお米の全量全袋検査場の見学をまずははじめに。今年は長雨&台風の影響でお米の収量や収穫時期が遅れているのでまだ継続中でした。
最近ニュース等でも全量全袋検査の次年度の方向性を検討する会議など行われておりますが、今後お米の検査を見る機会もなくなるかもしれません。ですが、まだまだ理解が深まらない福島産米の安全性をどう消費者に伝えるかを一生産者としても今後吟味検討したいところです。
 
 
1日目は特別プログラムということで
高校生、大学生、地元のお母さんのお話を聴く交流会を企画しました。
 
私の出身校でもある安達高校の自然科学部放射線班&生徒会の3名に来て頂き、高校生ならではの想いをお話していただきました。
 
彼らは放射線のことをどう県外に伝えるか、県外の高校生に福島をどう感じてもらうかなど愛知県との高校交流プログラムがキッカケであの日から目をそらさず、高校生だからこそできることを発信しています。
 
 
 

 
福島県中通りの空間放射線量と原発近隣の線量を比較することをしてみたり
福島県から愛知県までの道のりはどのくらい放射線量が変化しているのか、
他人ごとを自分ごととして、どう理解してもらえるか写真や地図などを利用し数値的な科学的根拠と自分たちの思いを合わせながら発表してくれました。
 
 
最後に、会場のみなさんに「復興とは」という問いかけがありました。
 
それぞれの体験、知識や考えなど100人いたら100通りの復興がある。
それをひとつに絞るのではなく、いろんなアイディアを掛け合わせていく。
 
参加者から鋭い質問もありましたが、受け答えもしっかりして立派な姿でした。
高校生3人は当時小学校3年生。
当時のことは小学生ながらも心の奥にしっかりと刻まれて今の活動に繋がっているのだと想いを語ってくれたときに涙がでそうでした。
 
何の責任もこの子どもたちにはなかったはずなのに、こうして福島のこと、復興に向けて考えること、様々な活動が今の私たちの学びを深めてくれました。このツアー本質的なの問いかけや学びを高校生たちに教えてもらったような気がします。
 
 
大学生のお話しは福島大学4年生で現在農村女性を卒論の研究テーマで東和にも来てくれました。
彼女は宮城県の沿岸部出身で卒業式のあの日、津波の影響を受けた地域で友だちと高台に登ったそうです。
進学で福島に来ることに対する不安や大学生活で村での販売活動でPRなどをしたことなど。
 
普通の大学生だけど、今ではニュースも少なくなっているけれどきっと福島県での生活や経験は胸に刻まれていくことでしょう。
 
 
 
最後に東和に住む浪江町(請戸)出身の2児のお母さんに来て頂きました。
《彼女の手記から》
2011年3月18日 東和にある防災無線ではじめて放射線量が発表されました。
当時10μSvという数値を聴いて、生きた心地がしなかった。と
 
4歳の長女とお腹にいる次女のお子さんを抱えながらも頭がおかしくなるような日々だったこと。
そして出身が避難地域となった浪江町請戸地区ということで自分の家族だけではなく、両親や親戚など他の心配などもしなければならなかったこと、想像を絶する体験だったと想います。
 
 
避難したくてもできなかった理由。
それについても、聴かなければわからなかったこと。
 
 
東和に残り、ここで生きるということをし、自治体からの情報をできるだけ入手し、不安と隣り合わせの生活をしてきたこと。
 
 
避難解除となった今年、帰りたい人にとっては長かった日々だったかもしれませんが
ここで帰る・帰らないという選択がまたやってくる。
 
あの原発事故から月日は経っても、こうした想いが続いていること。
 
この映像を参加者と一緒に観ました。
英語《日本語字幕》で海外に発信する貴重な情報に感謝です。

 

 

 
1日目は深い学び、それぞれの思いを共有できる時間となりました。
 
 
 
 
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