引き続き、銀座シックスの観世能楽堂で拝見した同門別会の番組より、今日はご宗家が舞った「羽衣」について。

お能を見たことあるんだけど、もー苦痛で苦痛で…二度と見たくない😭という話をたまに耳にしてちょっと悲しくなったりします。

伝統芸能系はなんでもそうなのでしょうが、特にお能は何を見るか、かなり選択に工夫をしないとトラウマになりかねません。

お友達を誘ってみようなんて思う方はとくに番組(プログラム)をよーーく吟味しないと友人を失ったりして…。

というのは冗談ですが、「幽玄」な世界にいざなってあげようなどと考えると隣の席でずーーーっと寝てる友人を横目で見ることになりそうです。

いくつか、初めてお能を見るならこういうのがいいのでは?というお勧めがありますし、もちろん当のご本人たちの能楽師の方たちが一番よく知ってますから、入門講座などでは退屈させないようなものや「半能」と言われる、いわばダイジェスト版を用意したりするようです。

私が勧めるとしたら、まずはこの「羽衣」ですね!理由としては、

① ストーリーや舞台に馴染みがあり想像しやすい
② 中入(着替えのために一旦下がる)がないので上演時間が比較的コンパクト
③ 面や装束(衣装)が美しい
④見終わった後の気持ちが晴れやかになる

といったところです。

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富士の麓、三保の松原に住む男がたまたま見つけた天女の羽衣。うわぁ、いいものを見つけた!と、持って帰って宝物にしようとすると、それは私のものだから返してほしい、それがないと天に帰れないのですという声がかかる。

見れば美しい天女。多分半裸です。きゃっ💕はじめは俺が見つけたんだから俺のもんだと言い張る男でしたが、天女の嘆きを見て考えを変え、天女の舞ってヤツを見せてくれたら返してやってもいいと言います。

天女は喜んで舞いますともさ!と答えるのですが、その衣がないと舞えないので先に返してほしいと頼みます。

返したらオマエ、逃げるつもりなんじゃないの?と言う男に返す言葉、

「いや疑いは人間にあり 天に偽りなきものを」

という詞章がとても印象的です。

そっか、そーかもねと案外素直な男は衣を返し、天女はお礼に美しい舞を舞い、国家安穏まで願ってくれ、宝物をキラキラ降り注ぎながら、いつの間にか富士の嶺の向こうに見えなくなるのです。

私はあまり真面目な弟子ではありませんでしたが、若い頃に十年ほど仕舞と謡を習いました。この「羽衣」というのはどちらも比較的早い時期に習うものなのですね。

あまり難しくなく、でも言葉も舞も節付け(メロディー)も美しい。それになんだかんだ言って男もいい人ですし、心が美しくて嫌な部分が全くないお能なので大好きなのです。

後半の天女の舞は「序の舞」といって、もしかしたら眠くなってしまうかもしれないのですが、あの魔法のように眠りの国へ引き込まれる気持ちよさ、ふと目を開けると目の前では天女が同じような所作をしていてまた眠りに戻される、こんな気持ちよさは日常なかなかありませんので、「お能で寝てしまう」ことにあまりネガティヴな印象を持たずにその美しさに浸りきってもらいたいです。

さて、羽衣伝説というのは日本各地にいろんな形であり、外国にもあるのだそうです。

羽衣を返してもらえず、そのまま男の妻となり、子までもうけたあとに羽衣を見つけ、結局は帰って行ってしまうバージョンなどが有名ですね。

またSF的な解釈で、羽衣は何か宇宙空間で着るものではないかとか、面白いものを子供の頃に読んだ記憶もあります。

また、天に帰るということですぐに思いつくのが竹取物語などの「かぐや姫伝説」です。

シンプルで邪気のないお能の「羽衣」に比べると、筋立てもやや複雑な上、どこか生きることの無常観のようなものを惹起させられ、やや哀しみを覚えるストーリーですね。

こちらもいろんなバージョンのある古い話で、源氏物語のなかでも「日本で一番古いおはなし」と言ってるそうなので、きっと「羽衣」のお話もここから派生したのでしょうね。民俗学的な視点から一度じっくり調べてみたいような気もします。

竹取物語の中では、かぐや姫は月からのお迎えが来たとき「羽衣」を着せられると、地上で過ごしたあいだのさまざまな出来事や、育ての両親との思い出など全て忘れてしまいます。

その直前に書いた歌がこちら。

いまはとて 天の羽衣 着るときぞ 君をあはれと おもいいでぬる

帰りたいけど、地上の世界への未練も感じさせるものです。

哀しみもなにも感じなくなる、年も取らなくなるという天の国、月の世界というのは何を表すのが気になります。

いろんな解釈に通じる「羽衣」、そのなかでもお能のものは本当におめでたく華やかで、見たあとの心が済むようです。

美しい装束、煌びやかな天冠、やっぱりいいなーとウットリ、最後には後ろ向きのままお幕の中に下がるのが珍しい。

こういう、下界のみんなの方を向きながら、富士の嶺の上に見えなくなるまで祝福を与えてくれるような演出も見所だと思います。まったく悲しいものではないのに有難くて涙がこぼれそうになりました。

お能デビューは、是非「羽衣」で!