二十四、

 

 

 一人の男が、街道を歩いている。京への道を目指し、黙々と歩いている。

 

 京都の大店の奉公人であるこの男は、本店での代替わりに伴って江戸店から呼び戻されたのだった。

 

 本店では、支配役への昇進が決まっている。

 

 だが、本来なら横に付き添って歩いているはずの妻の姿はない。

 

 一人黙々と歩を進める、男の顔は少し寂しげだ。

 

 それは、必ずしも街道を吹き抜ける北風のせいだけではあるまい。

 

 

 

 日はとうに西に傾いて、師走の冷たい風が時折り裏店の薄い戸口を揺らす。

 

 今もはずさずに軒下に掛けてある季節外れの風鈴の音に、心のひだも軽やかに揺れる。

 

 隣家の子供たちはもう寝てしまったのか。

 

 先ほどまで聞こえていた騒々しい声も止んで、今はすっかり静かになっていた。

 

「じき帰ってくる時分だろう」

 

 お由布は刻んでおいた青菜を小鉢に盛り付けると、ふと顔を上げた。

 

 夕闇が迫りつつある部屋の隅には、古びた柳行李と風呂敷包み。

 

 お由布の髪には、浅草寺で買い求めた赤い玉簪。

 

 昨夜、風呂敷包みを抱えてこの長屋にやってきたお由布の髪に、幸吉が挿したのだ。それが、二人の祝言だった。

 

 風の音に交じって足音が聞こえる。

 

 遠くからかすかに聞こえていた足音がだんだん近づいてきて、そして家の前で止まった。

 

 鍋の蓋を開けると中から湯気が立ち上り、お由布の頬が上気した。

 

 

 

 

 

おわり

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。