これは私個人のブログであり、声が届くかはわからない。
ボランティアたちからの要望書のように危機管理課に握りつぶされることもないかわり、知事に届くかどうかもわからない。
だが熊本県民は、自分たちの県の動物愛護がどんな状況なのか、知る権利がある。
だから書く。

熊本県知事 蒲島郁夫殿

私たち一般ボランティアは、熊本県動物愛護センターにおいて、日々、犬猫たちの命と真正面から向き合い、汗と涙を流す現場の職員さんのお手伝いをしています。

現場の職員(石原センター長率いる弘済会)さんたちを間近で日々見ていて、ここまで真剣に、丁寧に、これだけの数の命の世話をできる組織は、弘済会をおいてほかにないと断言できます。
なぜ断言できるのか。
私たちは現場で、間近で日々見ているからです。

次から次へと詰め込まれ、適正な医療も受けられずに現場ではどうすることもできない状況を見かねて、私たちボランティアは昨年、熊本県知事への要望書を提出しました。
数は少ないけれど、現場で身を削っているボランティアたちが、仕事や家事の合間を縫って駆けつけ署名してくれたものです。
県庁からしたら握りつぶすにはあまりにも簡単な薄い紙切れでしょう。が、そこには命と向き合う私たちの思いがたくさん詰まっていたのです。

現場で、動物たちの世話をしたこともない県職員にはその意味がきっとわからないのだろう。
県庁の建物の中から、犬たちを、あっちからこっちへ、そっちがだめならこっちへ、と机の上で駒を動かして、現場を翻弄する。

命と真正面から向き合ったことのない人間が、どんなに私たちから訴えを聞いても、心に響かないのでしょう。
それが、熊本県の動物行政の現状です。

私たちは、収容40頭が限界の施設で、130頭詰め込まれているセンターに、常駐の獣医師をおいて欲しいと訴えました。
だが、獣医師免許を持っている県庁の人間の言動を目の当たりにするにつけ、現場で涙を流す仲間たちを見るにつけ、獣医師にもいろいろなのだと思い知らされました。

血も涙も通わない獣医師(県職員)ならいない方がましです。

現場の人間を苦しめ、日々の努力を踏みにじるだけの行政に、なにが動物愛護だ。

熊本県動物愛護センターは、弘済会の職員とボランティアたちが命に向き合い、『愛』をもって犬猫たちを『護』っている現場です。
犬にも猫にも、1匹1匹に尊厳があり、個性があり、笑顔があり、その尊厳は生きる上でも、死にゆく上でも、変わりはありません。
そんなこともわからない県職員が、たまに来ては、私たちの心を踏みにじり、傷つけて帰っていく。

現場の思いを踏みにじるだけの行政なら、『動物愛護』を看板に掲げる資格はない。

蒲島知事、この声が届くでしょうか。
あなたの目指していた『動物愛護』とはなんですか?
県職員の言動は、知事の意向と同じなんですか?
看板だけ掛け替えて、評判が上がればそれで良かった?そんな方にはとても思えません。

熊本地震の復興や、くまモンの活躍など、蒲島知事の人柄は、県民誰もが信頼するところです。
私もつゆとも疑いません。
熊本県は、蒲島知事でもっていると。

そんな知事が、熊本県の動物行政の血も涙もないやり方には平気でおられるとは思えない。
きっと知らないだけなのでしょう。
現場の声を聞いてください。
県庁の担当課は『現場』ではありません。
まったくの別物です。
現場に来て、生の声をどうか、聞いて欲しいと願います。

熊本県動物愛護センター
いちボランティア
田代友紀
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